蛇婿様 榊 (ヨロズ相談所)

蛇婿様 1


「そろそろ 依頼人が参る」


人里の外れ、六山の麓の座敷で 桃太が言う。


儂は、浅黄あさぎつゆさんと並んで座り

茶などを飲んでいたが

桃太は 落ち着かず、飯台テーブルの向こうを

うろうろと 行ったり来たりを繰り返す。


桃太は、六の山に棲む 齢三百程の狸であり

化け術に於いては、儂の好摘手とも言える。


このところの三十年程は

人化けして、人の社会に紛れ込み

サラリイマンをしておったという。


コツコツと貯めた銭で、人里の中古住宅を買い

此度、人里で暮らす妖しのための

ヨロズ 相談所” などを開業した。


「桃太殿、座っては如何でしょう?」


台所から 葉桜はざくらが姿を見せた。


葉桜も 六山の狸であり、六山 狸山のおさ

真白ましらの末孫である。


人里での修行のために、桃太の助手として

この相談所員となったようじゃ。


「うむ... 」


桃太は 立ち止まるが、なかなか座らぬ。


「所長が落ちつかぬことでは、所員ばかりか

これから いらっしゃる依頼人の方も

落ち着かれぬことでしょう」


葉桜は「依頼人が いらっしゃいましたら

酒を お出ししますので」と

儂等の湯呑みを片付け、飯台を拭いた。


「しかし、少し暑くはないか?」


黒き毛糸のシャツに、格子柄の膝下ボトムスを

穿いた浅黄が

頭に被っておった キャスケットなる帽子を手に取り、はたはたと自らを扇ぐ。


儂と同じように、背まである黒髪の上には

黒き狐耳が出ておる。


浅黄は、儂と同じ 三の山の銀狐。

齢は 五百に届く頃であり、武に於いては

狐山 一、二の腕前であるが

術は そこそこ。

人化けしても、このように未だに耳が隠せぬ。


「うむ、依頼人は寒さと乾燥が堪える方でな... 」


背広にネクタイ姿の桃太が

銀縁眼鏡を、指で くいと上げる。


季節は 冬に入る頃であり、刻は深夜。


外は肌寒くはあるが、座敷には

残暑のような ねっとりとした空気が漂う。


エアコンからは 熱風が吹き出し

加湿器とやらも 二台稼働しておった。


「だが、ちいとぬくすぎではないかのう?」


儂も 浅黄に同調する。


今は人化けし、儂も洋装でおるが

元の狐の姿の時は、身も冬毛の支度が整っており

温室のような座敷には、多少の息苦しさを感じる程じゃ。


露さんなどは、猫らしく

儂の隣の座布団の上で 四肢と二つ尾を投げ出し

横向きに だれて転んでおったが

そのまま ぐーっと背を伸ばすと

くあっと大きな欠伸あくびをした。


小振りの三毛猫 露さんは、巫女の猫又であり

自らは 人語は話せぬが

人神様すらをも、その小さな身に降ろす。


儂とは、大変に懇意にしており

我等の狐の里でも

若き狐に、招きと踊りの講師をしておる。


人里では、露さんに知らぬことはなく

周囲を囲む 六つの山に於いても

露さんの存在は 知れ渡っておるのじゃ。


また最近は、儂等 狐と共に

人の祓い屋の者とも知り合うた。


小さな露さんは、いわば

周辺の山を含む 辺り 一帯の顔である。


「むっ?」


玄関で、呼鈴が鳴った。


「おおっ、依頼人が参られた!

葉桜、酒の仕度を!」


所長の桃太 自らが、バタバタと玄関に出向き

「よう参られた!」と

大変に歓迎して、座敷に迎える。


桃太の背後から現れたのは、人化けしておるが

二山、蛇山の蛇である。


「ささ... 」と、座布団を敷く桃太に促され

浅黄と儂を 警戒しながら、飯台を前に座った。

儂等は 時折、蛇を狩ることもあるからのう...


しかし、里では食に困らぬよう

様々な作物を作り、釣りに興じる故

狩りをすることは稀なのじゃ。

化け狐でない内は、毎日のように狩っておったものだが。


まして蛇は、そうそう狩らぬ。

皆、肉ならば ねずみの方が好みであるし

時々は、化けの術を磨くため

木の葉を人里の銭に変え

人化けの出来る若狐が、人里にて肉を買う。


銭は後に、木の葉に戻る故

桃太のように 家などは買えぬが...


「これなる狐は、我が相談所の所員である。

何も心配なさらぬよう... 」


二山の蛇は、白き顔に

蛇には似つかわしゅうない 優しげな眼をして

我等に会釈した。


名は、蒼玉そうぎょくというようじゃ。


しかし、人里におる妖しの相談所では

なかったのであろうか?

山の者ならば、山神を含む 山の者等で

解決出来るような相談事などでは... ?


儂が、その辺りを聞いてみると

「蒼玉殿は、二山の出身ではあるが

人里にて暮らしておるのじゃ」と、桃太が言う。


菫青川きんせいがわの守護をしております」


菫青川とは、人里に流れる

なかなか大きく、緩やかな流れの河である。


河原には、芝生が敷かれており

人が散歩をするなどの 憩いの場ではあるが

我等 狐は、あまり河原には近寄らぬ。

犬のための良い散歩場所でもあるようで

時には、持ち綱を外され

尾を振り駆け回る犬も見る故。


犬らは、大抵の場合

我等の心境などには目もくれず

無遠慮に、尻を嗅ごうと接近を試みる。

中には “うほっ!” と ばかりに

突然に飛び掛かって来る者もおる始末。


いや 儂は、犬など 怖いことなどはないが

ただ、そう。まったくに困ったものじゃ...

人と近しき者等は、我等と礼儀が違う故。

ふむ...


「それは、すごい。

河の守護などを任されるのであれば

神の位であろうよ。のう、榊」


浅黄は、ニコニコと蒼玉に言い

儂にも顔を向けた。


これは、浅黄の言う通り。

川や湖などは、そこに棲まうぬし

そのまま守護を承る場合もあるが

あのような、大きな河であれば

そういう訳にもいかぬ。


天候を操る程の術力がなければ

守護の神は務まらぬ。


「いえ、そのような... 」と、蒼玉は謙遜し

「榊様は、空狐の位を賜ったと... 」と

言い掛けると

「ふん、榊など名ばかりよ」と、桃太が遮った。


「むっ?」


聞き捨てならぬ。

儂が口を挟もうとすると、葉桜が酒を出し

儂の前に、一夜干しのアジの開きを置く。


「どうぞ」と、蒼玉には

酒とは別に、5つの生卵入りグラスを出した。

何やら妙な見た目であるが

「これはこれは... 」と、蒼玉はグラスを取ると

嬉しそうに喉を鳴らして、グラスを干す。


「それで、蒼玉様の相談と おっしゃいますのは

どのような事でしょう?」


葉桜が話を進める。


ふむ。葉桜は

なかなかに、気が利く狸のようじゃ。


「はい... 私の相談と申しますのは... 」


蒼玉は、そう言うたまま

少しの間、黙っておる。

何じゃ、焦れったい者よのう。


「人の娘の事で ございまして... 」


むっ これは、もしや...


「心惹かれる娘が おるのです」


おお、やはり そのような内容であったか...


儂がアジの開きから、蒼玉に視線を移すと

蒼玉は、紅に染まった頬の顔を

ふい と 上に向けた。


「ううむ、それは また... 」


桃太は、あいの手を入れると

グラスの酒に口をつけ

暫し、蒼玉の話の続きを待ったが

これが なかなか始まらぬ。


「想いを告げたいと?」


アジを食した儂が言うと

「いえ、もう告げてはおります」などと言う。


「河原で、見初めた日より

夜毎に通い、想いは遂げておりまして」


葉桜も 頬を染めた。


むう... 手の早いことよ。


蒼玉は、さらりとし、優しげな眼をしておるが

人で言えば、なかなかに魅力があろう。

見かけの雰囲気は、朋樹に 多少 似ておるが

朋樹より人間味があるような...

ふむ。おかしな表現ではあるが。


「ならば、相談と申すのは?」


浅黄が変わらぬ調子で問うと

蒼玉は、ふわふわと夢でも見ておるように

「娘が、懐妊したのでございます」と言うた。







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