蛇婿様 3


まず、場所であるが

これは 人里が良い となった。


奥方に何かの時は、すぐに

人の医師に任せることが出来る故。


「ならば、ここで良かろう。

客間や座敷を使うと良い」


「蒼玉殿の奥方は、不安にならぬであろうか?

このような中古住宅で... 」


「病院である と、幻惑で見せかけると良い。

必要な物も揃える。

後は、産婆であるが

良い者がおる。産女明神うぶめみょうじんだ」


何?


うぶめ、と言えば

姑獲鳥ウブメではないか?


桃太は、儂の眉間のシワを見て


「鳥の方ではない」と言う。


ならば、産女うぶめ

亡くなった妊婦が、子が恋しと

化けいでたものでは なかったか?


産女となるのを防ぐには

死した妊婦の腹を裂き、子を出して

胸に抱かせる。

人形と共に埋葬する など。


産女となって出た者は

腰より下を、赤く染めており

赤子を人に抱かせるという。


“もう良い” と、産女が引き取るまで

赤子を抱いておれば

その後は、幸運に見舞われる場合もあり、

抱いた赤子が 段々と重みを増していっても

抱ききっておれば、怪力を授かる場合もある。


また、女の形ではなく

青き光となって出現することもあるようじゃ。


「人に祭られ、安産の守護神となった産女がおるのだ。

明神と祭られたことを、大変に喜んでおり

幾度も人に化けては、出産に立ち合うておる」


なんと。それは良い。


明子あかご 明神様ですね」


葉桜も知っておるようじゃ。

産女の明子明神には、葉桜が頼みに行くという。


「皆さん、心強いです。

ありがとうございます」


蒼玉が ふわりと言うて

儂の隣では、目を覚ました露さんが座り

ぐうっと身体を伸ばして 大きな欠伸をした。


産室の準備もせねばならぬが

必要なものなどの調査は、桃太に任せ

儂と浅黄は、奥方の様子を見に行くこととなった。




********




蒼玉が、奥方を見初めたのは

自らが守護を務める 菫青川のほとりであったという。


この河は、明け方の ほんの短い時間だけ

川底が 青みを帯びたすみれの色に見える。

おそらくは それが、河の名の由来であろう。


奥方は、齢は まだ二十四であるという。


「優しく美しい娘です」


ふわふわと蒼玉が言う。


まだ日差しの暖かな昼間、蒼玉が人化けし

河原で、日向ぼっこに転んでおると

通り掛かった、散歩中の娘が

「大丈夫ですか?」と

話しかけてきたようじゃ。


蒼玉が転んでおったのは

芝生の明るい場所ではなく

そこそこに高い丈の草が生えた

河岸であったという。


娘は、人が倒れておるのでは と

心配したようじゃ。


『昼寝をしていたのです』


のんびり返した蒼玉に、娘は少し笑い

翌日の夕方も、やはり

草むらに転んでいた蒼玉に、娘が話し掛け

毎日 話すようになったという。


「娘には、両親がおらず

祖父母と暮らしております」


幼き頃に、事故で両親を亡くしたようじゃ。

祖父母の元で育ったが

蒼玉と出会うた時は、ひとりで暮らしており

花屋で働いておった。


河のほとりのマンションであったので

娘に、食事はどうかと誘われ

部屋に通うようになった、と。


そのうちに孕み、花屋を辞め

祖父母の家に戻っておるということじゃ。


祖父母の家も 河原近くの住宅街。

それは、最近建てたという。


「一応、蛇神でありますので... 」


宝くじなるものを当選させたようじゃ。

ふむ。経済的には安泰であるの。


蒼玉も、娘や祖父母を心配させぬよう

毎夜 その家に帰っておるが

話は当然、人の社会での婚姻の話になる。


また、蒼玉の両親は、家は... と

なかなか、返答に困る問いもあり

両親は海外におる とし

『直に顔を見に来る』と誤魔化し

家は、空き家に幻術をかけ

『ここで暮らしておる』と、やはり誤魔化した。


「戸籍などは、幻惑で何とかなろう。

役所にデータを紛れ込ませば良い」


浅黄が言うが、戸籍というものを

儂は、よう知らなんだ。

家系や個人の証明のようであるのう。


「蒼玉殿の御両親については

その年頃に人化けした我等が、御両親として

会うた方が良いのではないか?」


「おお!」と、蒼玉は顔を輝かせたが

その表情は、すぐにしおれた。


「これ以上、嘘を重ねますのも... 」


ふむ。

蒼玉は、娘を大切に思うておるものとみえる。


「どの道 私は、受け入れられねば

子と共に消え

娘や祖父母の記憶からも 消えますので... 」


突然に消えるのではなく

最初から おらぬ者 となるつもりでおったか。


一層いっそ、記憶からも消える気なのならば

今、奥方の祖父母を安心させるためにも

やはり我等が 両親として会うた方が良かろう。

孕ませ 挨拶にも来ぬのは、如何なものか。

ここまでは、必要な嘘だと思う」


浅黄の言うことに、儂も頷く。


「消えることばかりを、念頭に置かず

まずは、子が誕生するのを 喜ぶのが良い。

蒼玉殿と子が、奥方に受け入れられれば

共にれるのじゃ。

そのように、哀しいことばかり考えぬ事よ」


まだ迷いながらも、蒼玉が頷く。

儂と浅黄は、夕刻より

蒼玉の奥方と祖父母に会うこととした。




********




「年の頃は、幾つくらいが良かろう?」


「人化けした蒼玉は、二十代後半だのう。

五十代、六十代が良かろう。

その辺りの肌質にし、落ち着きを出さねば」


「衣類については、どうであろう?」


「榊、これを見よ」


浅黄は、スマホンの写真を儂に見せる。


「おお、これは良い!」


そこには、人の夫婦が載っておる。

我等が目指す年頃の夫婦であり

よそ行きの、少しめかした洋装をしておった。

御主人は背広で、シャツの首元にスカーフを巻き

奥方は品の良いワンピースじゃ。


儂と浅黄は、靴や鞄にいたるまで

そっくり真似をした。

浅黄は髪を束ね、頭の狐耳は 儂が術で隠す。

儂は、目蓋に焦げ茶の化粧を施し

髪の毛先は巻いてみた。

唇には、薄く自然なだいだいの紅を引く。


「ふむ、良い」


「そろそろ孫が見たい年頃の夫婦に見える」


「だが、浅黄はシワがあれど

多少若く見えるが... 」


「髪の色だ。グレーを混ぜる」


おまけに眼鏡も掛けると、大変に良うなった。


次は 口調であるが、これもスマホンの動画で

しっかりと学ぶ。


「榊は、話し過ぎぬ方が良い」


「浅黄は、そこそこに話した方が良いが

話は 蒼玉に合わせねば... 」


蒼玉は確か、姓は “川原かわはら” と名乗ったと

言うておった。


「海外の仕事とは、何であろう?」


「下手なことは言えぬ。

食品工場で、長期出張などで良かろう。

そのまま余生を向こうで過ごす など言えば... 」


ふむ。作りすぎても、話しすぎてもボロが出る。


「榊は、俺を “お父さん” と呼ぶのだ。

俺は “母さん” か “おまえ” と呼ぶ」


おお、これは大切なことじゃ。

人の夫婦では、奥方は御主人の名を 人前にては

そうそう呼ばぬ。


「そろそろ時間じゃ」


儂らは、背筋を伸ばし

木の葉の銭を、鞄の財布に仕舞うと

蒼玉と待ち合わせの河原のカフェなどに行った。

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