罪の女 ジェイド

罪の女 1


「なんだよ、あの円錐の屋根はよ!」


「なっ、すげー かわいいよな!

日本にさ、合掌造りの家のとこあるじゃん。

あそこと姉妹都市らしいぜ」


「だが、そろそろ移動する時間だ」


僕が ルカと泰河に言うと

二人とも子供のように うなだれるが


「泰河、ルカ。写真撮ってやるよ」と

朋樹がスマホを取り出し

円錐の屋根の家屋たち... トゥルッリをバックに

二人を撮ってやると

二人は満足したようで、難なく移動することになった。


「よし、じゃあ ジェイドん家行こうぜー」

「ナポリだよな?」


僕の実家があるのは

ナポリ近郊のノーラという町だ。


これから電車で移動するので

二人からパスポートや財布を預かろうか と思っていると、朋樹が

「そう。おまえら、これ持っておけ」と

二人に霊符を渡した。


「霊符?」

「なんで?」


「移動中のスリ防止だ。

オレら、見るからに日本人だからな」


朋樹は 一度、僕の双子の妹の

ヒスイに 会いに行っているからか

なかなか わかっている。


「もう、直接ジェイドん家だよな?

ちょっとナポリも、見てみたいとこあるんだけど... 」


「それは、明日の朝からだ。

着いたら すぐに暗くなるからな」


また子供のようになる 二人を、朋樹がまとめる。


移動中も相変わらず騒々しくはあったけど

トラブルもなく、僕が大して気を回すこともなく

すんなりと実家に到着した。




********




「朋樹!」


「よう」


妹のヒスイが出迎え、朋樹に笑顔を見せる。

僕にしてみると、二人の こういう表情を見るのは

新鮮なことだ。


「おーい、ヒスイー」

「一応 オレらもいるんだぜ」


「あ... 」と、ヒスイが

ついでのような笑顔を向けていると

父と母が出て来て、皆を出迎えた。


「ようこそ。ジェイドが お世話になっているね。

ルカ、すっかり大人になったなぁ」


朋樹は、もう多少 うちに馴染んでいたが

泰河が両親と挨拶をし

ルカは「久しぶりー!」と ハグし合い

リビングでコーヒーを飲みながら 話をする。


僕の日本での暮らし、ルカの家族のこと。

まだ僕も会ったことはないが

兄と姉がいるという、泰河の家族のこと。


そして多分、朋樹の滞在中にも たくさん聞いたであろう、朋樹の実家や神社のことも

また両親は幾つも質問し

朋樹が丁寧に それに答えている。

僕が見たところ、両親は朋樹を気に入っているが

娘の恋人のことは やはり気になるらしい。


そのうちに食事の時間になり

のんびりとワインと食事を取った後は

両親に おやすみの挨拶をして

二階の僕の部屋へ上がった。



「なあ、ジェイド

おまえの父ちゃんさぁ... 」


泰河が 聞きづらそうな雰囲気で聞くことに

僕は「ああ... 」と、答える。

日本的な聞き方をするなら “カタギか?” と

聞きたいのだろう。


「一応、貿易商社に勤めているよ。

今はネットで何でも手に入るけど

父は未だに、しょっちゅう世界に飛び

現地の人しか知らないような、マイナーなものを仕入れて来るんだ」


父は若い頃、アメリカにいた。


父の叔父... つまり祖父の兄が

今もアメリカにいるのだが、彼は現地で

イタリアン・マフィアと呼ばれる人達の 一人だ。

父は彼に、とても気に入られている。


そういった関係もあり、父は仕事上でも

たくさんの人脈を持っているので

その人たちが、互いに利益になるように

仕事と仕事を結ぶ パイプ役もやっているようだ。


なので、自然と どこかしらに

泰河が聞くような雰囲気が出ていた。


「で、おまえさぁ

これって、昔の彼女?」


ルカがアルバムの写真を指差して言うと

朋樹が乗り出して見ている。


「そうだよ。マリアだ」


「へぇ、マリアさんか」


「違うわ。イルマよ」


ヒスイが 小さな声で、彼女の名を言った。




********




僕が マリアに出会ったのは、まだ 17の頃だった。


その頃の僕は

大抵の同じような年頃の人が そうであるように

いつも自分を持て余していた。


単位を落とさない程度に学校には通っていたけど

週の半分は、自宅にも帰らず

帰る時も、深夜か明け方が ほとんどだった。


夕方になると、決まって

ユーリの車で ナポリまで出て

スリや恐喝で金を稼ぐと、ビールを買い

売人のブルーノからドラッグを買う。


それからは、溜まり場へ行き

テーブルのランタンを点けると

ビールを飲みながら スプーンを炙る。


この溜まり場は

長く使われていない倉庫の鍵を壊したもので

その辺りに棄ててあるマットレスやソファー

テーブルを運び込んで作ったものだった。


ソファーに座り、寛ごうとパーカーを脱ぐ。


「右腕の方、完成したんだな」


吸引が済んだユーリが 僕に言う。


僕は、16になった時から

自分にアートを始めた。


とは言え、16の悪ガキが考えることで

単に、白い肌に 黒いタトゥを足しただけだ。

肌が物足りない。タトゥはクールだ。

そう思って。


タトゥスタジオを始めたばかりのチロと知り合い

練習がてらに 安くで彫ってもらっていた。


左肩のクロスから始め

祈る手、炎に巻かれる牙の生えた髑髏。


右腕は どうするか と考え、僕はチロに

『中の骨を彫ってくれ』と言うと、チロは

『おまえの骨か』と

腕の骨に 鱗の身体を巻き付かせ

右肩の下から、僕に牙を剥く コブラを彫った。


「鱗の色が まだだけどね。

筋の瘡蓋かさぶたが取れたら、また行かないと」


ユーリに答えながら、自分の右腕を見る。

なかなかだ。左もこうすれば良かった と思う程

17の僕は気に入っていた。


回ってきたスプーンを炙りながら

アロルドに答えていると

「でも、鱗の色も黒なんだろ?」と

ビールを飲みながら アロルドが言う。


「そう。その方が うるさくないだろ?」


煙を吸い込みながら僕が答えると

アロルドは「十分 うるせぇよ」と

僕から スプーンを受け取って笑う。


「痛そうだ... 」


フリオが、ケガを見るような目付きで

僕の右腕を見る。


「痛くないよ。

ミシンで軽く縫われている感じだ」


そう答えると、フリオは喉を鳴らし

アロルドとユーリが笑った。


フリオは、何故僕らと 一緒にいるのだろう と

時々 ふと考えることがあった。


ユーリには多少、ギャングと呼ばれる人達の

知り合いがいたが

僕もアロルドもユーリも 一般的な家庭に属していて、半端な火遊びをしていた。

大なれ小なれ、この年頃に 誰もが通るであろう

単なる退屈しのぎ。


フリオは、有名でこそないが

元貴族の家系の家だ。


幼い頃からバイオリンを習い、マナーを仕込まれ

学校も僕らと違う。


僕らとフリオが出会ったのは

ナポリの夜の路地だった。



『金を貸してくれないか?』

そう言って僕らが近づくと、フリオは

『残念。今貸したばかりなんだ。財布ごとね』と

両手を上げて見せた。


もう、別のヤツにやられた後だったってことだ。


『バイオリンまで取られてさ。ツイてない』


よく見れば、身なりも良かった。

こんなところで バイオリンなんて持って

一人でいるなんて、バカがすることだ。


呆れながら、帰ろうとしていると

『君たち、ノーラの人だよね?』と

フリオが引き止めた。


『ぼくもなんだ。

一緒に連れて帰ってくれないか?』


何を言ってるんだ?

何故、ノーラに住んでることを知ってる?


気味が悪いので 無視しようとしたが

『今日は無理でも、明日、お礼をするよ』という

フリオの言葉に、ユーリが『いいぜ』と答えた。


ユーリの車で、フリオを送ったが

着いたのは豪邸だった。


『... あんなところで、何してたんだ?』


アロルドが聞くと、フリオは

『バイオリンを弾いてた』と

また よくわからない返答をし、豪邸に入っていった。



翌日フリオは、1000ユーロを 僕らに手渡した。

この時で、日本円なら 13万くらい。


『あの、今日もナポリの路地へ行くの?』


僕らは、無視して車を出した。



だが、この翌日の夜

フリオは、また あの路地にいた。

殴られでもしたのか

唇を切り、服も汚れていた。


少し おかしいのかもしれない。


僕らは顔を見合わせ

アロルドは “放って行こうぜ” という合図に

顎で車の方を指し、踵を返したが

ユーリは立ち止まる。


『送ってやろうか?』


フリオは嬉しそうに、僕らに近づいてきた。


この時に僕は、フリオに

『もう ここには来るな』と言った。


銃を持ったヤツだっているんだ。

僕らだって、ユーリがいなければ

夜のナポリになんか来ない。


『だいたい、なんで

俺らのことを知ってるんだ?』


フリオは、ノーラで僕らを見かけていて

バイオリンのコンクールの時に泊まった

ナポリのホテルの窓からも、僕らを見かけ

二週間かけ、“ようやくナポリで会えた” と言う。


『仲間に、入れてくれないか?』


僕らは、車内で大笑いした。

気味が悪いやら 呆れるやらで。


『また 1000ユーロか?』


ユーリが聞く。


『... 今日の お礼は、明日するよ。

まだ仲間じゃないから。

でも仲間になったら、もう お金は渡さない』


僕らが黙ると、フリオの喉が鳴る音がした。


『いいぜ』


ユーリが答え

それからフリオは、僕らと 一緒にいる。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る