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翌日


冬の晴天の下

教会の中から、芝生の上に長く敷かれた

赤い布の道の両脇を 縁取るように

白い花々が飾られている。


スーツを着るのは、父さんの会社の

営業のバイトに行く時くらいで

普段は着なれないけど

今日は、身が締まり 清々しい気分だ。


「ルカ」


白くシンプルなウェディングドレスを着た

眩しいアリエルが、軽く瞼を臥せ

美しい姿勢のまま、ドレスの中の膝を少し折り

ベールを下ろしやすくする。


「あなたたちには、感謝しても しきれないわ」


薄く透ける白いベールを、両方の指で取り

アリエルの黒いまつげを見ながら下ろすときに

なんとも言えない気分になる。


「いや オレらは何もしてないし

あの日にさ、アリエルが生まれたのが嬉しいよ」


なんだよ、これ

やばいぜ なんか泣きそうだ。


白いベールの中で、アリエルが眼を上げる。


覚悟がいるよな。しあわせになるのってさ。

だけど


「しあわせにな」


それだけ言うと、アリエルは

「ありがとう」と花のように微笑んだ。



芝生の上の赤い布の端で待つ、泰河のとこまで

ベールに包まれたアリエルと 一緒に歩く。


アリエルが、緊張している泰河の腕に

白いグローブの手をかける。


赤い布のアイル... ヴァージンロードの上を

泰河と歩き出した。


ああ 行っちまう...

いつかリンも、こうやって歩くのかと思うと...


教会の祭壇の前には、神父服スータンの肩にストラを掛けたジェイドが立ち

シェムハザは通路の中頃でアリエルを待っている。


長椅子の座席を立って、笑顔で拍手をしている

人たちの間を、泰河の腕を アリエルが離し

白い礼服を着たシェムハザと二人で

ジェイドの前へ向かって行った。


二人の その背中を見送る。


「... アリエル渡すの、すげぇイヤだったぜ。

けど “まかせるからな” って気分にもなった。

なんなんだよ、これ」


「わかるぜ、泰河... 」


「静かにしろよ」と 朋樹にたしなめられ

人々の聖歌を聞き

ジェイドが 聖書や詩編を朗読するのを聞く。


「聖パウロ、コリントの教会への手紙を。

... “たとえ、人間の不思議な言葉、天使の不思議な言葉を話しても

愛がなければ、私は鳴る銅鑼、響くシンバル。

たとえ、預言の賜物があり

たとえ、山を動かすほどの完全な信仰があっても

愛がなければ、わたしは何ものでもない。

たとえ全財産を貧しい人に分け与え

たとえ、称賛を受けるために自分の身を引き渡しても

愛がなければ、わたしには なんの益にもならない。

愛は寛容なもの、慈悲深いものは愛。

愛は、ねたまず、高ぶらず、誇らない。

見苦しい ふるまいをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人の悪事を数え立てない。

不正を喜ばないが、人と共に真理を喜ぶ。

すべてをこらえ、すべてを信じ、すべてを堪え忍ぶ。

愛は決して滅び去ることはない”... 」


教会は穏やかに静まり

「それでは、神と 私達 一同の前に 結婚の誓約を」と、ジェイドがふたりの手を結ばせる。


「シェムハザ、あなたは

アリエルを妻としますか?」

「はい、いたします」


「アリエル、あなたは

シェムハザを夫としますか?」

「はい、いたします」


「それでは、誓いを」という ジェイドの前で

シェムハザとアリエルが

「私たちは、順境にあるときも逆境にあるときも

病のときも健やかなるときも

生涯互いに、愛を尽くし忠実であることを誓います」と、誓いの言葉を述べた。


二人の手の上に、ジェイドが ストラと手を乗せ

祝福の祈りを告げると、そっと手を離す。


シェムハザが アリエルのベールを上げ

軽くキスすると、お互いの指に指輪をつける。


二人が、結婚証書に署名すると

シェムハザの証人として、ディルが

アリエルの証人として、泰河が署名し

最後に、ジェイドが署名した。


共同祈願の後

ジェイドが、二人の手に また手を乗せ

祈りで 二人を祝福する。



聖歌が歌われ、通路を 二人が歩いていく。


後に続いて教会を出ると

教会の前で待機する 二人以外は

皆でアイルの両脇に立ち

フラワーシャワーと

子供たちが吹くシャボン玉の中を

また 二人が歩く。


風を呼ぶと、シャボン玉が幾らかの花びらと共に緩やかに空に舞い上がる。

アリエルのベールの端がなびいた。


「ああ、いい日だよな」


泰河が、ベールを見ながら言う。


アリエルが白いバラと青い小花のブーケを投げると、楽しそうな明るい声が上がり

27歳のオレらと、同じ歳くらいの女の人たちが

空に手を伸ばす。


城の前庭のガーデンテーブルの椅子に座らせた

アリエルのドレスの裾を、シェムハザがたくし上げ、アリエルの白く細い片脚が 太腿まで見えた。


「何してんだよ?!」


ぎょっとして言う泰河に

「ガータートスだろ」と教える。


ブーケトスなら、ブーケを取った女性が次に

ガータートスなら、ガーターを取った男が次に

結婚出来る っていう。


本当なら、口でガーターを抜き取るらしいが

シェムハザは青いガーターを、紳士然として

指で抜き取った。


「オレも狙うかな」と、朋樹が

人が集まり出したガーデンテーブルの方に歩いて行く。

「じゃあオレも」と、なぜか泰河も向かうけど

ガーターなんか たいして上がらねーだろうな。

軽いしさ。


シェムハザが、ガーターを投げ

朋樹の近くにガーターが落ちそうなのを見て

「ルカ、風を」と ジェイドが言う。


風が また、青いガーターを巻き上げる。

朋樹がめずらしく「ああっ!」と

でかい声出した。


ガーターは、広間の披露宴の準備に

城へ向かうディルの手に落ちると

ああー...  という、低い声が響く中で

アリエルが笑う。


「広間で 食事にしましょう」


ディルが 壁のマダムにガーターを渡すのを見ながら、オレらも城に向かう。


「いい式だったよな」という泰河に

「うん、マジで感動したし」と同意すると

「当然だ。僕が執り行ったんだから」と

ジェイドが得意気に言う。


「オレの時も頼むぜ」という朋樹に

「相手が親族でなければね」とジェイドが笑った。


城の入り口では、マダムが困った顔を

オレに向ける。


「もらっときなよ」


オレが言うと、ムッとした顔で

『私は男性じゃないわ』と答えるが

すぐに顔がほころぶ。


『これって、どういう意味かしら?』


「さあ...  後でさ、テラスでディルに聞いてみなよ。悪い意味じゃないと思うぜ」


マダムは壁に貼り付いたまま、ため息をつき

よく晴れた空を見上げる。


『いい日ね。アリエル様は素敵だったわ』


「うん、そうだね」


オレも空を見上げる。


日本では、もう梅が咲く頃だな...

城の庭の隅、白い花びらに中心がピンク色をしたアーモンドの花に まだ浅い春を思う。


さっき舞い上げた花びらが 一枚、恋するマダムのブラウンの髪に落ちた。







********   死神のピストル 了

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