23


ミキさん家にも、母屋と離れの間に魔法円を描き終えると

オレは、一度 民宿に戻って食事を取り

また集落へ戻って来た。


まだ 19時過ぎたところだが、外は暗くなってきた。

集落の人達は また家に籠り

灯りのない中で過ごすことになる。


ジェイドが魔法円に守護精霊を降ろしている間に

榊が里から戻って来た。


クリーム色の体毛の首に、紅い線をぐるりと巻き、二つ尾の狐の姿だ。


「ちぃと遅そうなったが、助っ人を連れて参った」


榊は 一人ではなく、黒毛に銀毛が混ざった銀狐と

大型犬くらいある でかい狐を連れて来た。

どちらも背に、薙刀を背負っている。


「おっ、浅黄あさぎじゃん」


銀狐の方は、浅黄というヤツで

榊と同じように、昨年の秋の山神の件で知り合った。


今は、オレや朋樹と仲が良い。

里に置いてきたスマホにメールすると

返信を返してくるのは浅黄だ。

それで、ちょくちょく話をする。


榊が人化けすると、二人も同じように人化けした。


「久しぶりだな」と、浅黄が言う。


浅黄は、長い髪の上に狐耳が出たままだ。

あまり術は得意ではなく、見た目は やんわりとした雰囲気だが、武に長けている。

洋装の時は、センスが良く 垢抜けているが

今日は 着物に袴という、里での人化けの格好だ。


「これは、慶空けいくうじゃ」と

榊が、もう 一人を指して言う。


もう一人の でかい狐は、人化けしても 2メートルはありそうな でかいヤツだった。

僧のような格好で、頭に頭巾を被り

首には長い数珠をかけている。


普段は里で、他の狐に武の稽古をつけているが

オレらは まだ慶空と、ちゃんと話したことがなかった。


浅黄と慶空は、普段は狐の隠れ里で

里の長... 狐の山の山神、玄翁の警護をしているので、普段は あまり里から出ない。


「二人が里を出て、大丈夫なのか?」


朋樹が聞くと、榊が

「里には、蓬や羊歯もおるし

他の者も なかなかに武や術も上達してきておる。

里は平和であるしのう」と答えた。


「集落の祟りのことを、玄翁に話したのじゃ。

玄翁は 儂に、二人を連れて行くように言うた」


術に長けたヤツじゃなくて、武のヤツをか...


「朋樹の父上殿は 何処じゃ?」


榊は、緋地に桜の模様の着物の腕を組む。


「ああ。まだミキさんて人の家にいるぜ」


「むう... あの娘の家か... 」


ケーキは おかわりした割りに、ミキさんの家に行くのは気が進まないようなので

朋樹が おじさんに電話して呼び出している。


ジェイドが、初対面の慶空に

「ジェイド・ヴィタリーニです」と

握手を求めると、慶空は伴天連のジェイドの手を

ちょっと緊張しながら握り返した。


ルカが ちょっと遠慮がちに

「あの... 慶空さんてさぁ

なんか、弁慶さんっぽくない?」と聞く。

遠慮がちな雰囲気にしては、見た目の感想を率直に言ってる気はするが。


「ワシは、鬼若の屍肉を食したからのう」


慶空は、ルカに視線を下ろして笑う。


鬼若って

牛若丸... 源義経に仕えた っていわれている

武蔵坊弁慶の幼名じゃないか?


「えっ? マジで?」


オレが聞き、朋樹も慶空を見上げる。


「幼き鬼若が、比叡山に預けられた時

ワシも まだ名も無い幼狐であった。

鬼若が諸国を巡り、牛若様に仕え

立ち往生のその時まで、付いて回っておったのだ」


鬼若... 弁慶は

慶空が いつも近くにいるのは知っていたが

目の中にはいれず、言葉を交わしたのも

たった 一度だけだという。


「ワシは、必死に修行しながら鬼若を追い

物影から いつも見ておった。

耳や尾を出しながらも、人化けが出来るようになると、薙刀に模した棒を振り回し

鬼若の戦いぶりを よう真似たものだ」


ある澄んだ月の晩。

弁慶は『狐』と、自分に付いて回る狐を呼んだ。


源平合戦の後、京を落ち延び

森の中で、狐に広い背を向けたまま

月を見上げている。


『ワシが死したら、肉をめ。

お前の善行となろう。

その日より、慶空と名乗るが良い』


「無数の矢に射られ、立ち往生した弁慶が

ついに背を地に着くと

ワシは泣きながら肉をんだ。

慶空を名乗り、山から山へと さ迷うておる時に

玄翁に出会うたのだ」


マジか...  なんか すげぇ...


「待て... 僕は最近 “勧進帳” という演目の歌舞伎を見た。彼が共にいたのは、その弁慶なのか?」


ジェイドが朋樹に聞くと、朋樹は

「そう! その弁慶だよ!」と

めずらしく興奮気味に答えた。


「なに。ワシは見ての通りの畜生よ」と

慶空は言うが、オレらは眼を輝かせてしまう。


「慶空は、俺の武の師だ」と、浅黄が言う。


「ふむ。慶空は、齡八百程。

儂や浅黄のことも、幼少の頃より知っておる。

敏捷さならば 浅黄であるが

慶空は、里 一番の 剛腕狐じゃ」


榊も言うと


おお...  と、またオレらが感心している間に

朋樹んとこの おじさんが近くまで来た。


「朋樹、この方は... ?」


おじさんの眼は、慶空に向いているので

今の説明をし、紹介すると

がしっ と、慶空の手を掴む。

おじさんの眼は、輝くどころか潤んで見えた。


「父上殿。六部の異形のことで、話があるのじゃ」


榊は、おじさんに言って

オレらには、なんと「外しておれ」などと言う。


「なっ... 」

「えー?! 榊さん、オレらは?」


「特にないのう。邪魔にならぬことじゃ」


うわっ、使えねぇ扱いだぜ。


「おい 榊、オレは?」


朋樹も言うが

「夜が更ければ、返りが痛み出すであろ。

大人しくしておるが良い」と、榊は微笑み

おじさんと慶空と自身に神隠しをかけた。

くそ...  これじゃ、マジで話が聞けん...


残った浅黄に「なんだよこれ?」と

ふてくされた ルカが聞くと

浅黄は「榊には、玄翁と練った策があるのだ」と

薙刀を片手に肩を竦める。


「俺等は霊獣だ。榊が見たところ

異形の者に、俺等であれば 触れることが出来る」


えっ そうなのか...


「浅黄は 何かすんのか?」


オレのムッとした問いに

「俺は、慶空のめいを聞くだけだ」と答えた。


「それぞれに役割というものがある。

仕方なかろう」と、浅黄は言うが

オレら、役割とかねぇじゃねぇか。


ふてくされ気味のオレらを放っておいたまま

浅黄は、ジェイドに

「伴天連から 天津甕星の化身になった と聞いた。

さぞ複雑であろう?」と聞く。


「そうだね。

ここでは 僕は、ただ在るのが役割だ」


浅黄は頷き

「見たところ、何かの守護を敷いているようだ。

集落の道には、それも含め

誰も出さないようにしてくれ」と言うが

誰も って、やっぱり オレらだろうか?


「オレも式鬼 仕掛けたぜ」と言った 朋樹に

浅黄は不思議そうに

「異形が出れば、仕掛けがなくとも判ろうよ。

法華経が響くのであろう?」と返し

朋樹を絶句させている。


榊が神隠しを解き、難しい顔をした おじさんと

慶空も顕れた。


「さて、ジェイドは香香背男として

集落に残るのが望ましいが

泰河らは、民宿に戻っておいても構わぬ」


榊ぃ...


「いやだ! もやもやするじゃん!」

「ここまできて何だよ、最後まで見せろよ!」


ルカとオレが わぁわぁ言って

朋樹も「おう、帰らんぜ」と口を出す。


「祓う気はないけどな」


朋樹が 一言添えると、榊は「ふむ」と頷き

「何かを護る際にのみ、術を使うと良い」と

ルカの方にも切れ長の眼を流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る