22


外が 朝日で明るくなると

朋樹の肩や脚の付け根の痛みが治まりだした。

ただこれは 一時的なもので

六部... あの異形の念をなんとかするまでは

暗くなると また痛み出すようだ。


集落で痛みが出ている人は、六部の犠牲者になった人を 先祖に持つ人たちらしい。


川本のおっさんの家を出て、ばあちゃんの家に寄り、布団を敷いて ばあちゃんを休ませると

オレらは 一度、歩いて民宿へ戻った。


民宿の おばさんは、オレらを見ると

「無事だったんね! よかった よかった!」と

首にかけていたタオルで、赤くなった目の顔を

ごしごし擦り

「本当によかった。お嬢ちゃんも」と

榊の頭に ぽんぽんと手を置いた。


食堂で 軽い朝食をもらい

二階の客間で昼くらいまで寝る。


起きてから、おばさんに

「オレら、今日で帰る予定だったんだけどさ

もう少し長引きそうなんだよな」と話すと

「他に予約なんか入ってないし、ゆっくりしていき」と、昼食を出してくれた。


再び昼過ぎに集落へ戻ると

昼間のうちに出来ることをしておく。

つまり、魔法円を描いたり

朋樹が式鬼の仕掛けを張ったりする といったことだ。


朋樹が集落の周囲、結界石の内側に

式鬼を仕掛けに行く間

オレとルカは、集落内に魔法円を描いている。


榊は「一度 里へ参る」と、狐の姿で里へ駆け

ジェイドは集落の人たちの気持ちを落ち着けようと、透樹くんと 一緒に

一戸一戸の家に挨拶に回っている。


「意外と 円描ける場所、少ないよなー」


集落には、中心に 一本 道路が通っているが

道路の両脇は、田畑と家や牛舎。

集落内に魔法円を描く場合、個人の敷地内に描かせてもらうしかなかった。


今 描いたのは、川本のおっさんの家の庭と

ばあちゃん家の 家と物置の間のスペース。

朋樹が、肩と脚の付け根の痛みを移した人たちの家の敷地。


「六部の犠牲になった先祖を持つ家には

描かせてもらった方がいいよな」


護符のようなものを描く と説明して

魔法円を描かせてもらっているが

これが割と、すんなり了承される。

オレらは、カガセオ様... ジェイドの仲間なので

余所者ではなく、そういう目で見られるようになったようだ。


「あの、ミキさんて人の家にも

やっぱり描いた方がいいかな?」


「たぶんな... 」


朋樹んとこの おじさんが、ミキさんに

塚の巨石に掛け替えられていた縄のことを聞いてみたようだが

“まったく知りません” と 答えたようだ。

まあ、やってても

“やりました” って言わねぇよな。


今は、川本のおっさんが

ミキさんに聞きに行っている。


次に円を描かせてもらう家に向かいながら

「今日の夜もさぁ、ここの人たちは 物忌みってやつするんだよな?」と、ルカが聞く。


「夜、また出るだろうからな... 」


六部が造った異形のもの。


あれ塚に封じるために、鎮める場所は

塚の近くの小屋でなくても良いようだが

結界で集落とは区切っておく必要はあった。

“返り” を防ぐためだ。


集落と場所を分けた、集落の外であれば

鎮めるために、神に祭りあげる儀式をしても

集落の人に痛みが出るなどの返りはないらしい。


塚の近くにある小屋を、集落の家に見立てて

内に入れて念を祓い、塚に封じる。


これを、念が増幅し、封が薄れる5年毎に

やっているというが

朋樹ん家に任されてからは、問題が起こったこともなかったらしい。


朋樹ん家が これを任される前に、昨夜のように

集落に異形が現れたことがあるようだが

原因は、長雨で土砂が流れ

一部の結界石が流れたことらしかった。


この時は、霊力がある法師に来てもらい

一週間かけて、なんとか塚に封じたようだ。

あの ばあちゃんが異形を見たというのは、この時のことだ。


「出ても、どうすりゃいいんだろな... 」


「どうにか塚に封じるしかないんだろうけど

もう集落の外に出す意味は、あんまりないよな」


一度、返り... 異形を祓ったことによる痛みが出ると、封じるまでは、痛みは治まることはない。


ただ、更なる祟りの災厄を避けるために

物忌みして見つからないようにする。

昨夜、川本のおっさんを掴んだのを見て

集落の人に 直接 害を及ぼせることは わかったからだ。


この更なる災厄から、集落の人たちを護るために

天空の守護精霊を呼ぶ円を描いて回り

異形が出たら、すぐにその場所を掴むために

いつも通りに朋樹が式鬼を仕掛けているのだが

異形を どうするか という策は、さっぱり立てられないでいる。


いきなり封じられないだろうし

出来ること... 大祓や陀羅尼、祈りなどで

時間をかけて鎮めるしかないんだろうけど

また5年後に繰り返すんだよな...


「けど、こういう準備は大事だよなー。

もうハッキリ 出る ってわかってんだし」


そう。昨夜は、あれだけ魔法円から免れようとしていたが、オレらは フランスで

“備える” ということの重要さを学んだ。


ある悪魔を、軍ごと潰すことになったのだが

事前に しつこいくらいに守護をかけて 穴を無くし

ハーゲンティが、それぞれの能力に応じた指示を

的確に出したことで

呆気なさを感じるほど、それは鮮やかに事を終えた。


今まで、行き当たりばったりだったもんな...


それで何とかしても来れたが

昨夜の異形と返りを見て、気が引き締まった。

こういう、でかいヤツ相手だと

打てる手は打っておくべきだよな。


まだ策などはないが、これで集落の人達を守護することは出来る。


円を描く予定の家に着いたので、家の人に説明して、庭に通してもらった。


「予定では、ミキさん家を含むと あと6軒だ。

暗くならん内に終わらそうぜ」


ルカが、川本さんに借りた鎌を

地面の 円の中心になる部分に突き立て

鎌に結び付けてある紐の端を オレに渡す。


ジェイドから持たされた黒柄のナイフに結び付け

せっせと円の作図を始めた。




********




「あとは、ミキさん家だけだな」


「そうだけどさぁ、ちょっとだけ休憩しようぜ。

オレ、コーヒー飲みたいし」


昼過ぎから せっせと円描きしたので

時間は まだ 16時半くらい。


行く家 行く家で、お茶をもらったりはしたが

確かに、休憩にコーヒーが飲みたいところだ。


集落を ちょっと出たところの山の道路沿いに

自動販売機があったのを思い出して

そこまで行くことにする。


「なあ、この集落ってさぁ

子供いねーのかな?」


「あ、そうだな。一人も見てねぇな」


集落で見掛けるのは、お年寄りや

オレらの親世代くらいの人が多く

若くても、オレらより歳が上っぽい人たちだ。


「進学とか仕事で集落を出ちまう って聞いたしな。学校とかも、民宿より向こうだし

いろいろ不便なんじゃねぇの?」


「まぁなぁ... でも なんか、寂しいよな」


若い人も少ないし、子供がいないから

余計に閉鎖感あるんだよな。

長く続く祟りとかあるから、余計なんだろうけどさ。


自動販売機でコーヒー買って

ガードレールに凭れて飲む。


どこを見ても、緑という景色だが

仕事で よく山へも行くので、オレには馴染む風景だ。


「あーあ。オレさぁ

今回も何もしてねーよなぁ」


ルカが隣で、集落の方に眼をやりながら言う。


「まあ、オレもだけど

そもそもの仕事は、結界の縄換えだったしな」


「そうだけど、仕事じゃなくても ってこと。

泰河は、ばあちゃん おぶったりしたじゃん」


「いや、あれは... 」


「オレは、誰にも何もしてない。

夜また、あれが出ても

何も出来ることは ないんだぜ。

精霊も効かないし、筆でなぞるようなものも見えなかった」


マジか...

異形は、複数の人から成っている蠱物まじものだからだろうか?


「難しい相手だしさ、仕方ないと思うぜ。

今までも封じるしかなかったんだしな」


ルカは、コーヒー飲み干して

ふう と息をつき

「円の作図 終わったら、塚の方 見に行ってみよかな」と、ぼんやり言う。


「なんか残ってるかもしんねーし」


思念か。


「危ねぇんじゃね? 怨みしか残ってなさそうだし。ムリに動くのはそうぜ。

オレらが勝手に何かしても、良いことは何もねぇしさ」


「だよなぁ」と、ルカは

空き缶入れに缶を入れ、またコーヒーを買った。


「けど、泰河さぁ

ばあちゃん おんぶ出来てよかったな。

おまえ、自分の ばあちゃんに

そういうこと したことないだろ」


買ったコーヒーを取り出して

三本目のコーヒーを買いながら

ルカはオレを見た。


ない。


ばあちゃんに、何もしたことがない。


頷くだけで、何も言えないでいると

ルカはまた小銭を自動販売機に入れながら

「オレも、最近だもんなぁ。

じいちゃんとか ばあちゃんに

何かしてあげたいって思うようになったの。

会えば、甘えてばっかだったしさ」と

カフェオレのボタンを押す。


「あの ばあちゃんも、泰河におぶってもらって

助かっただろうけどさ

おまえも嬉しかったんだろ?

オレもグチってないで、戻ったら何か出来ること探さねーとな」


そうだな


ばあちゃんは軽くて

泣いてたから、かなしくなったけど

おぶれたことは、よかったし 嬉しかった。


オレの ばあちゃんが、オレの胸に遺してくれたものに、少しお礼が出来た気がする。

うまく言えんけどさ。


6本目のコーヒーを買うルカに、いいかげん

「おまえ、何やってんだ?」と聞くと


「え? 何って、差し入れだよ。

おじさんと、朋樹とジェイドと 透樹兄ちゃんと、榊さんも戻って来るんだろ?

オレも また飲むし」と、返って来て

ルカのキョトンとした顔見ながら

あ、そうか... と、ちょっと反省する。


相変わらず 気が効かんよな っていう

朋樹の声を思い出した。

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