21
「まったく。こんな時に
お前達は 何をしているんだ?」
朋樹とルカのとこに戻ると
腕組みした おじさんが、二人に説教していた。
朋樹は 結局、ジーパンを下ろしたらしかった。
「いや、おじさん。オレだって別に
朋樹のパンツなんか見たくないんだけどさぁ」
「ルカは 天の筆で、霊や念に印を付けれるんだ って言ってるだろ」
おじさんは オレに気づくと、ムッとしたままの顔で
「泰河。お前も 何をフラフラしている?」と
不機嫌な声で聞く。
「トイレついでに、塚 見てきた」
「塚に近づいたのか?
勝手なことをするな と言ってるだろう」
オレにも飛び火するか、やっぱり。
透樹くんが 御神酒の空き瓶を持って戻って来たが
「朋、肩を見せてみろ」と、しゃがみ
うまく おじさんの視界に入るのを避けている。
さすがだ。経験の差ってヤツだな。
「だいたいだ。多少 妙なことが出来るからといって、こうしたことに日頃から顔を突っ込み
強引に霊を送り、無理にでも解決させる。
何になったつもりでいる?
お前達には、神や自然を畏れ敬うということが足りん... 」
これは長くなりそうな気がする。
なんか逃げ場は...
あ そうだ
「おじさん、結界のことなんだけど
塚も結界石なのか?」
「そんな訳ないだろう。
塚に対して張ってるんだ」
「でもさ、オレらが 縄 換える時は
塚の でかい石に縄がのってたぜ。
一応 榊が、その内側の石にも縄掛けたけど」
「何? 何故 塚の岩に... ?」
いや、今 オレが聞いてるんだけどな...
おじさんは考えながら、眉をひそめた。
誰かが、縄を掛け替えたみたいだな。
塚まで結界に含めば、異形の者は集落に入れてしまうし、下手すりゃ集落に閉じ込めることになる。
まあ それは、内側の石に 縄 掛けたことで
本当なら大丈夫なはずだ。
今日は 集落の人たちが物忌みせずに、騒いで
結界内から出ちまったから
結界の効力が薄まっちまっただけで。
「... ミキさんのとこに行って来る。
お前等は、この辺りか、川本のところに居れ」
おじさんは ムッと口を 一文字に閉じて
歩いて行った。
ミキさんか...
狂言で 集落の人に自分を拐わせて
神社で腕を切るくらいだ。
縄を換えたのは、あの人かもしれない。
その場合、異形を集落に入れようとしたってことになるが...
「業、だな」
透樹くんが、ルカが なぞって出した
朋樹の肩の文字を見ている。
「脚の付け根も同じ文字か?」
「おう。見るか?」
「え? いや いい。まだ痛むのか?」
「肩はマシだけどな」
透樹が朋樹の頭の上に大麻を振り、祓詞を唱え出した。
「掛けまくも畏き伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に····」
集落の奥の方から、榊とジェイドが こっちに向かって来る。ジェイドは もう落ち着いたみたいだ。
「泰河」
ルカが隣に来て、オレの顔を じっと見ている。
「... 炎の模様、やっぱ出ねーなぁ。
あの 業 っていう祟り文字さぁ、泰河が浄化すれば
文字ごと痛みも消えると思うんだけどさぁ」
そうなんだよな...
天の筆で印をつけれたのに、それ以上は
今は何も出来ない。
祓詞が終わると、朋樹が立ち上がった。
「脚も ちょっとマシだぜ」
透樹くんは、集落の人達の家を
もう一度 祓詞をしに回ってから、ミキさんの家に行く と言う。
榊とジェイドが戻ったので、オレらは とりあえず
また、川本のおっさんの家にお邪魔することにした。
********
「おう、戻ってきたか。上がれ」
時間は もう明け方に近いが
川本のおっさんも おばさんも起きていて
オレらを迎い入れてくれた。
おばさんが「大変だったねぇ」と
お茶を出してくれる。
「本当に、ここに あれが出るとはねぇ。
怖かったけど、あんた達は しっかりしてる。
大したもんだわ」
「いや... 」
「全然、そんなこと... 」
何も出来なかっただけに、オレらは どう返事していいのか わからない。
朋樹に眼を止めた おっさんが
「返りを被ったな」と言い
おばさんに氷嚢を持って来させて
朋樹に 肩や脚の付け根を冷やさせている。
「... だいぶマシだ」
式鬼が炎だったからだろうか?
結構、単純なことも効くらしい。
朋樹が 透樹くんに電話をし、他の人たちにも
痛む箇所を冷やすように 伝えてもらうようにし
ばあちゃんのとこには
「僕が行って来るよ」と、ジェイドが出掛けた。
朋樹の顔色が良くなってきたのを見て
ちょっと安心して お茶を飲む。
そうだ。
さっき、朋樹んとこの おじさんに話したことを
おっさんにも言っておくか。
「なあ、おっさん。
結界の縄のことなんだけどさ」
おっさんに慣れてきたオレは、つい
川本さんじゃなく、おっさんて呼んじまったが、
おっさんは気にせず
「なんだ?」と 聞いてくれたので
塚の巨石に縄が掛かっていたことを話した。
「塚に? それじゃあ 意味がない。
結界石のことは、ここの者は誰でも知っとるが
普段は掛け換えはせん。
5年毎にやることになっとる」
榊が「だが現に、塚の巨石に掛かっておった。
その内側にあった岩にも 縄を掛けておいたがの」と 言うと
「新しい縄で 結界 張る時を狙って、誰かが縄を掛け変えたかもしれんなぁ...
前回までは、ここの者が縄換えをやったが
今回は、あんた達に頼んだだろ?
正しい岩に縄がなくても気づかんだろう、と
思ったのかもしれん」と、おっさんは お茶を啜り
「しかし、何から集落を 結界で分けて護りたいのか を考えれば
塚に縄があるのはおかしい と気づくだろ?
あんた達が気づいたように。
まったく知識のないものが イタズラでやったのかもしれんが... 」と、首を傾げた。
イタズラか...
その可能性もあるかもしれないが
オレは、ミキさんを疑ってしまっている。
縄を塚に掛け変えても “どうせ” 気づかない、と
高を括ってるんじゃないか... ?
ミキさんは、今回こそ香香背男が降りる と考えてたんだ。
集落に異形の者を入れても、香香背男によって、祟りは浄められると思ったんじゃないか?
ミキさんは おっさんの姪だし
言い出しにくかったが、黙ってるのもどうかと思い、思い切って話してみると
おっさんは「俺も今、それを考えとった」と
ため息をついた。
「今、親父が ミキさんのとこに行ったから
このことを聞いてみてるかも」
朋樹が言うと、おっさんは
「俺も朝、ミキちゃんに聞きに行ってみるか。
正直に話すかどうかは わからんけど」と
煙草を持って、台所の換気扇の下へ行った。
「む。何やら気を使わせておるのう。
この家の主に、煙草を飲むために 移動させるとは」
気にする榊に、おばさんは
「あら いいんですよ。いっそ辞めてくれりゃあ
もっといいんだけどねぇ」と笑い
「コーヒー 淹れましょうね」と、座敷を立つ。
おばさんも疲れてるのに、なんか悪いよな。
「おばさん、手伝うよ」と ルカがついて行く。
「榊、
朋樹が聞くと
「参ったがのう... 」と、榊は ため息をついた。
「月詠尊は “知らぬ” と申された。
御自身の社でなくとも、血で穢されたことを
大層 お怒りになられておった」
“その者を罰さぬだけ 有り難く思え” と言われ
“もう俺が呼ぶまで来るな” と、帰されたらしい。
「そこで儂は、黄泉へ参った」
「何?」と、朋樹が聞き返す。
「月詠尊の母神様の元よ」
「伊弉冉尊は問われた。
“狐よ。吾を どう見る?” と。
儂が心のままに “哀” と答えると
“拭えぬ穢れよ。何故ならば、吾は心を棄てきれぬ” と申された」
もう明け方でさ、外では鳥も鳴く時間だし
普段より余計にわかんねぇ。
心を棄てれば、穢れじゃないのか?
自分で自分の心を棄てたら、それは誰なんだ?
あれ... ?
こういうの、昔やった気がする。
考えて考えて、考えて また考えて
急に閃きみたいのが...
「じゃあ、棄てなくていーんじゃねーのー?」
ルカが コーヒー持って戻ってくると
掴みかけた何かが霧散した。
「伊弉冉尊さんてさぁ、別に悪くないもんなー。
出産で亡くなったんだろ?
でも生きてるヤツにとっては、死が穢れになっちまうんだよな。
伊弉冉尊さんの穢れってさぁ
単独では “
誰かにとっての穢れなんだろ」と
ルカは、両手に持ったコーヒー4つを テーブルに置く。
何かに対して...
誰かや何かと、関わりを持っていなければ
それは 穢れでは なくなる のか?
もし、妻神や母神としての心... 念を棄てれば
穢れではなく、単に 冥府の神になる... ?
少なくとも、本人の内では
胸を何かで燻らせたまま、コーヒーに手を伸ばした。
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