24


“法華経が聞こえるまで、どこぞに待機しておれ” とか言われて、オレらは また

川本さんの家に お邪魔している。


おじさんと透樹くんは、ミキさん家。


榊たちは外にいるので、川本の おっさんは

座敷に座ったまま、煙草に火を点けた。


「昼間、ミキちゃんの家に行ったけどなぁ

塚の縄のことは、ミキちゃんは 知らんと

嘘をついた」


嘘かよ。


「あの子は、嘘つく時に

顎が少し前に出るからなぁ。

何を考えて、塚に縄を掛け替えたのかは

わからんが... 」


おばさんが出してくれた

ふきのとうのオイル煮や、つくしと水菜の炒めものをつまみながら

「異形が出れば、香香背男が降りると思ったんじゃねぇの?」と言ってみると


「まったく、困ったもんだ... 」と

ため息と 一緒に 煙草の煙を吐き出した。


「それならだ。せっかく香香背男が降りたのに

こう、大人しくしてるのも おかしなもんだな」


おっさんは眉間にシワを寄せて言うが、ルカが

「もう、目的が達成されたから

満足したんじゃね?」と、軽く言う。


「なら いいけどなぁ... 」


「しかしだ」と、おっさんは

返りの痛みが出だして、氷嚢で肩や脚の付け根を冷やしている朋樹に


「雨宮は、どうする気だ?

あれを封じられるのか?」と聞くので


「榊たちと何か話してたぜ。

オレらには “邪魔するな” ってよ」と答えると


「狐の嬢ちゃんか。俺も見学するか」と

煙草を灰皿に揉み消し

「母ちゃん」と、おばさんに

空気のグラスを持つような手の形を作り

その手を口元で煽って見せた。


“酒” ってことらしく、おばさんが座敷を立つ。

これ、うちの親父もやるけど

“酒くれ” まで言えばいいのにな。


「けど、なんかさぁ

“集落の道には出るな” って言ってたぜ」


ルカが言うと、おっさんは

「出れんだろう。香香背男の兄ちゃんが

天から精を呼んどる」と、普通に言う。


「それも わかるんですか?」とジェイドが聞くと

「そりゃ、庭先に置かれりゃあなぁ」と

おっさんは、また煙草を取り出して咥えた。




********




「雨宮の兄ちゃん、無理すんな。

横になっとくか?」


時間は 深夜に近い。


まだ 何事もなく、酒を飲みながら

おっさんや おばさんと話していたが

夜が深まるにつれ、朋樹の痛みが増し出し

額に汗を滲ませている。

朋樹は、大丈夫だと譲らないが、つらそうだ。


あの ばあちゃんも、今 痛みに耐えてるんだろうな...

ちゃんと横になっているだろうか?

また仏間に ひとりで座ったりとかしてねぇかな


ばあちゃんだけじゃなく、両耳や首の人もいる。

もう片方の脚の人も。


前の時は異形を封じるまで、一週間もかかったんだったよな。

榊たちが、今夜中に収められればいいが...


おばさんが、中身の氷を新しく入れた氷嚢を

朋樹に渡し

少しでも楽に座れるようにと座椅子も持ってきた。


おっさんは 心配そうに朋樹を見て

「頑固で負けず嫌いのとこは、雨宮譲りだなぁ。まあ、飲め」と、朋樹のグラスに酒を注ぎ足す。


「そうだ。お前たち

塚の裏にある、ぬかるみは見たか?」と

ついでに自分のグラスにも酒を注ぎ足しながら

おっさんが オレらを見る。


「ああ... なんか

7~8メートルくらいの沼みたいなやつ?」


オレが答えると

「もう、そのくらいあったか」と

おっさんが言う。


「あれはな、普段は ただの浅い窪みなんだよ。

5年毎の この時期になると、水が滲み出して来て、ぬかるみの沼になるんだ」


あの沼は、“異形の涙” と

呼ばれているらしい。


異形が封じられると、水が干上がり

元の窪みに戻る。


「へぇ... マジで昔話みたいだよな」と

ルカが感心しながらも、あくびを噛み殺すのを見て、オレも あくびしかけた時に

朋樹が「かかった」と言う。


「えっ?」

「異形か?」


オレとルカが立ち上がると

「それしかねぇだろ」と、朋樹も立ち上がろうとする。


外から、声が響いて来た。

法華経だ。


朗々と読経する声は、昨夜のように

うわんうわんと響いては遠ざかる。


ジェイドとオレが支え、朋樹を立たせると

「ごちそうさまです」

「後で戻って来ます」と、玄関に向かうが


「母ちゃん、俺も見学してくる」と

おっさんも付いて来た。




********




外へ出ると、読経の声が空気を振るわせていた。


集落の真ん中に通っている道の端

... 森の方ではなく、集落の入り口側に

浅黄が あぐらをかいて座り

薙刀を自分の脇に置いて、手にいんを組んでいる。


両手共、親指と人指し指で輪を作り

中指と薬指は伸ばして、小指は曲げた形で

合掌している。閻魔天の印だ。


閻魔天は、インドのヤマという死の国の王が

仏教に取り込まれたもので

ヤマは、太陽神の子であり、最初に死んだ人間だという。

死の国を任され、人間から神になった最初の人だとも言われる。



道に入らないように、田や畑の畦を通りながら

浅黄に近づいてみると

「ナウマク サマンダ ボタナン エンマヤ ソワカ

ナウマク サマンダ ボタナン エンマヤ ソワカ

ナウマク サマンダ ボタナン エンマヤ ソワカ... 」と、閻魔天の真言を唱え続けていて


浅黄の背後には、慶空が 仁王立ちし

「ナウマク サラバダタ ギャーテイビヤク サラバ ボッケイビヤク サラバタラタ センダマカロ... 」と

不動明王咒を唱えている。


不動明王は、ヒンドゥー教の破壊と再生を司る神、シヴァだとも

大日如来の化身とも言われているが

あらゆる迷いや、煩悩を断ち切るという。



浅黄と慶空がいる道の反対側... 塚がある森の方から、榊が歩いてくる。


榊の背後に、少し離れて

異形が 地面に足を擦りながらついて来ている。


榊は 時々振り向き

「参れ」と、異形を招く。


朋樹んとこの おじさんと透樹くんも出て来て

成り行きを見守っている。


ゆっくりと、浅黄までの距離が詰まって来ると

榊は狐の姿を取って跳躍し

また人化けすると、慶空に並んだ。


慶空が人指し指と中指を立て

「臨 兵 闘 ... 」と、横 縦に 九字切りをし

手の印を結び「オン キリキリ」と印を変えながら

また不動明王咒を唱える。


不動金縛りの法だ。

人に掛ければ、人を動けなくし

霊の動きを遅くすることが出来る。


異形は、オレらには掴めず

朋樹の式鬼以外の呪や、ルカの精霊も効かないが

これは効くんだろうか?


「オン キリウン キャクウン」


金縛りの法が完成すると、異形の足の進みが

遅くなった。

じりじりと地面の足を前に擦ろうとするが

足に重りを乗せているかのように、なかなか進めない。


「浅黄」


慶空が呼ぶと、浅黄が 薙刀を掴んで立ち上がる。


「打ち据えよ」


浅黄は、異形に歩を進めると

ビュッ と、音を立てて 薙刀を振った。

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