16


集落で 皆が家に戻り、ばあちゃんも家に送ると

オレらは 集落の真ん中辺りの 道端に集まった。


「夜はまだ、結構 冷えるよなぁ」


ルカが 寒そうに腕を組む。


「さて、どうするか。

その異形のヤツが出るまで待つか?」


「塚の近くの小屋にいるんじゃないのか?

そちらに眼を向けるために、結界の縄をかけたんだろう?」


そうだった。

だが集落の人が これだけ騒いで、自ら結界を出ているし、結界もクソもないと思う。


「俺は普段通り、各家に厄祓いに行く」と

透樹くんが言うと

「オレも手伝うぜ」と、朋樹が言う。


「いや、おまえ格好が格好だし

大麻おおぬさもないしな... 」


透樹くんが渋ったが

「早く済んだ方がいいだろ?」と

朋樹は譲らず、ムッとした顔になる。


「朋樹。もし、異形の者が出たら

僕らだけで どうするんだ?

僕は、ゴーストは得意じゃない」


ジェイドが言うことに ルカも乗り

「オレも祟りとかだと、ただ いるだけ なんだぜー。どうすんだよ? なあ、泰河」と言うので

オレも頷き

「ばあちゃんは護りたいからな」と添えた。


朋樹は「しょうがねぇな」と折れ

「親父に連絡してみるわ」と

電話をかけ始めた。


「一応、魔法円を敷いておこうかな」


ジェイドが簡単に言うが


「えっ? あれ描くのか?」と、ゲンナリした。

魔法円てさ、すげぇ面倒くさいんだよな...


「道具ねぇじゃん!」


ルカも免れようとするが

ジェイドは「他の道具は代用が利く」と

黒柄のナイフをジーパンの後ろから出した。

それ、持って来てたのか...


「魔法円の図形、覚えてねぇし」


まだ言ってみると、ジェイドはスマホを取り出した。


「自分が描き写したものであれば、写真は撮れた。おまえたちも撮っておくといい」


マジか...


「さあ、まず中心に立てる棒のような物と

紐状の物を探そう」


うわぁ...


「ほう、これが魔法円というものか。

一度 青い円に入ったことがあるがのう」


榊が のんきにスマホを覗いて言っている。

オレらも、悪魔みたいに 一吹きで描ければな...


透樹くんの祓詞が 遠くから聞こえ出した。

中にいる人は、なんか安心するだろうな。


「ミキさんて人、腕は ちょっと縫うことになったけど、もう帰れるみたいで

親父が 連れて帰って来るってよ」と、朋樹が

スマホしまいながら言う。


「親父とミキさんが戻ったら

ミキさんの家に居させてもらえそうだぜ」


そうか。けど 魔法円は時間かかるからな。

どうせ 7つも8つも描くんだ。


「オレも 式鬼 仕掛けに行くかな。

榊、暇だろ? 一緒に来るか?」


朋樹は出来ることあるから、魔法円は免れるんだよな...


「おい」


ふいに、少し離れたところから声がした。


声の方を見ると

昼間、朋樹とジェイドを見張り

ミキさんの家に来た おっさんだった。

確か、川本とかいう...


おっさんが オレらに近づいて来たので

ジェイドが誤解を受けないように、黒柄のナイフをしまう。


「なんすか?」

「外に出られると、困るんですが」


オレと 朋樹が言うが、おっさんは

みんな、もう散々 出とっただろ」と

笑いながら構わず近づいてくる。


「あんたら、ちょっと俺の家に上がり」


えっ? なんだ?

予想外の言葉じゃねぇか...


当然 躊躇するが、おっさんを じっと見た榊が

「ふむ」と答え

魔法円を免れたい ルカが

「夜遅いけど、いいんですか?

肌寒いし、おじゃましまーす!」とか言う。


迷ったが

とりあえず ついて行くことにした。




********




おっさんの家は、そこそこに広い。

8畳くらいの座敷に通された。


「座り」


おっさんに言われて、真ん中に置かれた

テーブルの周りに座る。


「あれ? これ... 」


朋樹が、高い位置に貼られた神札に気づいた。

朋樹の神社の札だ。


おっさんは、煙草に火を点けて笑い

「あんたの神社のよ」と、言った。


「え?」


朋樹が おっさんを見ると、おっさんは頷き

「毎年、正月に行っとるのよ。

あんたの笛も大したもんだ。

あんたは、琵琶だな?」と、オレに言った。


「あ、はい... 」


「あんたの父ちゃんとオレは、高校の同級よ」


朋樹が「え?」と、口を開ける。


なんだ? なんか、思ってた感じと違う。

すげぇ怪しいおっさんだったのに。


「おーい、母ちゃん」


おっさんが障子の向こうに声をかけると

「はーい」という、おばさんの声がした。


隣で榊が「むうう... 」と唸る。

煙草の煙か...


榊の向こうに座るルカが気づいて

煙が榊の方に来ないように、静かな風で煙を流す。


おっさんは、“母ちゃん” と呼んだが

障子を開けたのは、オレらの母親くらいの歳の人だ。

奥さんのことを、母ちゃんと呼ぶらしい。

まあ、そういうとこ多いか...


「こんばんは」と、地味だが 小綺麗で優しそうな おばさんが、オレらの前に茶を出してくれて

また すぐに座敷を出た。


「雨宮に 何も聞いてないね?」


おっさんが朋樹に聞くが、朋樹は

「いえ... 」と、首を横に振る。


「喧嘩ばっかりしとったからなぁ... 」


母ちゃんと呼ばれた おばさんが

また座敷に来て

「お口に合うかどうか、わかりませんけど」と

テーブルに大皿を出した。


タラの芽やアスパラガス、竹の子の天麩羅だ。

小皿と割り箸が配られ、菜花の和え物や

ジャガイモと玉葱、ブロッコリーのサラダも出してくれた。


「一応、物忌み中だからねぇ。

魚や お肉はないけど」


「すげぇ! いただきまーす!」


早速、小皿に移した天麩羅に 塩を振るルカと

もちろん何でも食べる榊を見て

おばさんは嬉しそうに笑う。

オレらも いただいたが、どれも野菜の味が濃くて旨い。


「この人と雨宮くんは、よう喧嘩しててねぇ」


おばさんが、茶を飲みながら話してくれたことによると

おっさんと朋樹んとこのおじさんは

同じ剣道部だったようだが、強さも同じくらい

成績も同じくらい、走っても同じくらい。

まあ、お互い鼻につく存在だったらしい。


大人になり、同窓会で会っても お互い喋らない。

でも、朋樹のとこの おじさんは

この集落の結界や祓いは自分がする、と言うし

おっさんも、正月は 毎年必ず

朋樹の神社に初詣に行く... という間柄のようだ。


「親父、話しとけよ... 」


タラの芽をつまみながら、朋樹が居心地 悪そうにしているが

「まあ、俺と雨宮は、これでいいのよ」と

おっさんは笑った。


「おばさん、白ご飯とかあるー?」


やめろよ、ルカ...


「あるよ。幾つ いるかね?」


ルカと榊が手を上げ

おばさんは ニコニコして座敷を出た。


「ちょっと、いいですか?」

ジェイドが箸を置いて、おっさんに言う。


「午前中、縄の取り替えの時に

僕たちのことを見られてましたよね?

どうしてですか?」


単刀直入だな。


おっさんは、また煙草に火を点け

「あんたを見に行ったのよ」と

ジェイドに言った。


「午前中、神社の下におっただろ?

“カガセオ様の化身じゃねぇか?” って

噂になっとってね。

結界の縄の具合も心配だったからなぁ。

あんたは、術 使っとったね」


朋樹が、いきなり言われて小皿から顔を上げた。

式鬼で縄換えた って言ってたもんな...


おっさんは、朋樹が ジェイドと 一緒にいるのを見て、結界は大丈夫だと思ったようだが

声を掛けようか どうしようかと迷い

“雨宮の同級生だ” と言うのも何だし... と

結局、掛けれなかったようだ。


「僕は、皆さんと外見は違うかもしれませんが、まさか 神の化身と思われるとは... 」


「神託があってねぇ」


白飯の茶碗を、ルカと榊に出しながら

おばさんが言う。


「香室さんとこの ミキちゃん、巫女さんなのよ。

もう何年も神託を賜ることなんてなかったんだけど、一週間くらい前に、急に

“光が降りてくる” ってね。

そこに、あなたが来たものだから...

この辺りじゃ、あなたみたいな外国の人は見ないのよ。

物忌みと重なったせいもあるだろうけどね」


なるほどなぁ...


「神の化身は、お嬢ちゃんだろ」


おっさんが、榊を新しい煙草で指す。


「あんた、お狐さんだね」


「むっ... 」


榊が、竹の子の天麩羅を 箸に挟んだまま停止する。

なんで、バレてるんだ... ?

誰も反応出来ない。


「この人は、そういう感があるのよ。

見ればわかるの」と、おばさんが言い

「よう、尻尾出さんかったね」と

おっさんは、新しい煙草に火を点けずに

灰皿に置いた。


「あんたは神様に仕えとるね」と ジェイドに言い

「あんたには精がついとる」と ルカに言う。

霊視なのか、かなり正確だ。


「あんた、名前は?」


おっさんは オレに聞いた。


「え? 梶谷、泰河です」


おっさんは、オレには何も言わなかったが

「タイガ ね。覚えとくわ」と笑った。

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