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「その、神託というのは、本当に...? 」


朋樹が聞くと、おっさんは 真面目な顔になり

「ミキちゃんはね、時々 本当に神託を賜るんだがね... 」と、困ったというような顔になった。


「突っ走るタイプなもんだから... 」


どうも、歯切れが悪い。


「ずいぶん、親しい感じでしたよね?」と聞いてみると

「そりゃ、姪っ子だからなぁ」と返ってきた。

... 姪っ子?!


「俺は、ミキちゃんの母さんの兄 だからね」


ええ...  朋樹も止まっているが

早く言って欲しいぜ。そういう情報は。

そりゃ換気扇の様子も見るし、長居もするだろう。


「タカコ... ああ、ミキちゃんの母さんだけど

転んで 脚 折ってね。

ミキちゃん、今 家に 一人だから

心配で よく見に行くのよ」


じゃあ、“夜は自分も ここに居ようか” って言ったのも、純粋にミキさんが心配で...


「あんた達、なんか勘違いしとったね」


おっさんに言われて、オレも朋樹も

恥ずかしくなった。


「まあ、誤解が あんまりだったら

雨宮が説明するだろう と思ったし

俺も 何も言わなかったからなぁ」


「けどさぁ」と、ルカが もう空にした茶碗を

テーブルに置いて言う。


「おじさん、ミキさんにイヤがられてたよね?」


言葉選べよ...


ジェイドが、目を瞑りながら

唇を “ルカ... ” という形に動かした。


「うん、それよ」


おっさんは 気にする風でもなく

まいってるような ため息をついた。


「あんたたちが、午後

ミキちゃんに呼ばれて来る前ね

“カガセオ様の御化身がいらっしゃるー”って

ずいぶん興奮しとってね。

俺は、違う と言うたのよ。

もう聞く耳も持たんかったけどね」


ジェイドのことか...

それでしつこく お茶に誘ってたんだな。


元々、おっさんの家系には霊感があるらしい。

ミキさんも母親から、それを受け継いだようだが

「あんたの神社にも、先祖の墓があるよ」と

おっさんは朋樹を指し、オレらをビビらせた。


「えっ、もしかして

白い天馬の神託を賜った っていう... 」


「そう。巫女さんだったらしいね。

巻物もあっただろ?」


おお... なんか、すげぇ...

ルカや榊も 箸を止める程だ。


「でも ミキちゃんは、そんなに感はないね。

時々 神託は賜っても、えらく断片的だし

神様じゃなく、お嬢ちゃんの お仲間の時もある」


獣霊の時もあるのか。

神託っていうか、拾っちまうんだろうな。

念みたいなヤツを。

オレは、このおっさんの霊視の方が すごいと思う。


「あんたたち、この集落のことで

ヘンな噂を聞いたことないか?」


あれだろうか?

民宿の おばさんが言ってた、女の子 二人の...


「旅行者の娘 二人の噂よ」


おっさんが言うと、おばさんが

「ちょっと... 」と 止めたが

黙ったままのオレらに、おっさんは話し続けた。


「今日 ミキちゃんが、神社で腕切っただろ?

あれは、贄を神に捧げれば 神が降りる と思うとってね。

“カガセオ様の化身も現れた、今夜は必ず 真の姿をお見せになる” って思うて、やったことよ」


おっさんは、ミキさんの

こういうところも心配だったらしい。

ミキさんは、こういうことを 本やネットで

自分なりに調べ

贄には、女性や その生き血が相応しい... と

考えていたようだ。


「何年か前もね、神託が降りて

女の子を贄にしようとした」


いやいや... 言葉出ねぇよ...


おばさんが哀しそうな顔をして

座敷の畳に視線を落とした。


「まあ、獣にからかわれたんだけど

ミキちゃんは本気にしとってね。

“次の物忌みには、カガセオ様が降りるから

贄を捧げないと” って、集落の男共使って

手足 縛って、目も口も塞いで

社に 娘二人を、一晩 閉じ込めたんだわ」


“これでカガセオ様が降りる” と

恍惚の表情で言ったミキさんを問い詰め

二人の旅行者のことを知って

おっさんが神社から逃がしたらしい。


ミキさんて人には、もう正直 引くが

この集落で、おっさんが無事なのも不思議だ。


その辺りを聞いてみると、地主の香室家の親族で

おっさんの霊感の血筋も昔から有名なので

恐れられている立場らしい。

あまりに普通のおっさんだから 不思議だったけど

考えれば、そういう立場になるよな。

この集落の人たちからは、神様に近いと思われてもおかしくない。


「今夜も、集落の者と何か示し合わせとったのは

知っとったけど

あんた達が “夜は外で見張る” って言ってたから

安心しとった訳よ」


な に... ?


そう言えば、朋樹が言った。

おっさんを ミキさんの家から出すハッタリだったけど...


「言いました」

「すいません」


オレと朋樹が謝ると、おっさんは

「いやいや、俺が雨宮に言うとけば よかったね。

雨宮には、ミキちゃんのこういうとこは話してなかったからね」と

おばさんに空の湯飲みを出して

おばさんは お茶を淹れるために座敷を立った。


「それで、さっき

物忌みなのに、外が騒々しいと思ったら

皆で ぞろぞろ歩いて行くから

これはいかん と思ってね。

俺も止めたけど、集団で ああなると

誰も話を聞かんのよ」


おっさんは、神社でも後ろの方で

オレらを見ていたらしかった。


「あのキラキラした外人さんは、人じゃないだろ?」


シェムハザか...

どう言えばいいか...


「彼は堕天使です」


ジェイドが そのまま言ったが、おっさんは

「ああ... それで、あんなにキラキラしとったのか」と、納得した。


「鬼もおったね。依代 持って行ったろ?」


やばい。ボティスだ。


「異国の蛇神よ」


榊が言うと、おっさんは

「ほう! 今夜は神託以上のものを見た」と

満足した顔で、おばさんから お茶を受け取った。

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