15


「カガセオ様だ!」「カガセオ様!」


集落の人達は、走り寄って来て

ジェイドの前に膝をついた。


「カガセオ様、どうか私共を... 」

「カガセオ様」

「お救いください」

「祟りをお鎮めください」


あの ばあちゃんもいる。


透樹くんが走って来て

「皆さん、聞いてください!

この人は、あなた達の神じゃない」と

必死に言っているが、誰も聞いていない。


「落ち着いてください。

僕は神父です。あなた方の おっしゃるような者では... 」


ジェイドも言うが

「カガセオ様」

「カガセオ様か降りられた」

「あの方は化身だ」と、話にならない。


「... とにかく、集落に戻した方がいいんじゃないか?」


朋樹が おじさんに電話しようとスマホを出した時に、サイレンの音が近づき、救急車が集落の方に走り抜ける。


「何だ?」


透樹くんが「怪我人が出た」と、短く言い

「皆さんも、自分の家に戻ってください!」と

また呼び掛けるが、皆、ジェイドだけを見ている。

異様だ。眼が普通じゃない。

幻惑でもされてるように見える。


「わかりました。一緒に行きましょう」


ジェイドが諦めたように言うと

集落の人達は、ますます

カガセオ様、カガセオ様と、ジェイドを有り難がった。


ジェイドとオレらが 集落の方に向かうと

皆、少し離れてついて来る。


朋樹が 透樹くんに “どうなってんだよ” と

眼を向けると、透樹くんは

ふう と息をつき、小声で説明し出した。


外が暗くなると、皆 それぞれの家に入った。

灯りも消して、静かに過ごす晩のはずだ。


おじさんと透樹くんは、まず

地主の香室さん... ミキさんの家で、祝詞をあげ

おじさんが ミキさんの家に残り

透樹くんが 各家の玄関前に、厄祓いをして回る。


深夜は、塚の近くの小屋で、封じの儀式の後に

おじさんが、巡礼者の塚と小屋に大祓をして

朝、集落の人たちを集めて また大祓をし

それで 今回も終わる予定だった。


おじさんと透樹くんが、ミキさん宅での祝詞を

終えた後、外で騒ぐ声がした。


“ミキさんを... ” “贄を... ”


集落の男達が、ミキさん宅に押し入り

ミキさんを連れて車に乗せて走り出した。


おじさんが 車ですぐに後を追い

透樹くんは、興奮する人々と民宿へ来た。


「... 途中で親父から電話があった。

ミキさんが、腕を切ったと」


もうハッキリ事件だろ、これ。


「ミキさんは、自分で切ったらしい」


「は?」

「なんで? どういう... 」


「わからん... 皆の気を鎮めるためかもしれん。

親父が救急車を呼んだ。場所は神社だそうだ」


話している間に、救急車と すれ違った。

サイレンは消していたので、大事にはなっていないと思うが...


救急車を振り向いていると、後ろの集団から少し離れて、誰かが しゃがんでいる。


ばあちゃんだ。


「先に行っててくれ」


オレが ばあちゃんの元に駆け寄ると

榊もついて来た。


「ばあちゃん、大丈夫か?」


「カガセオ様... カガセオ様... 」


ばあちゃんは、膝を擦りながら

肩で息をしている。


「星神は 集落に向かうておる。

儂が それを持とう」


榊が懐中電灯を受け取り

オレが ばあちゃんを背負った。


ばあちゃんは軽い。


じいちゃん ばあちゃんてさ、早寝するよな。

まだ深夜でもないけど

どうして、こんな夜遅くに来たんだよ。


膝、痛いんだろ。長く歩くのは大変なんだ。

オレのばあちゃんも そうだった。


ばあちゃんは、オレの背中で

「有り難い 有り難い... カガセオ様... 」と

一生懸命に信じて祈っている。


また哀しくなった。




********




神社の空き地には、おじさんの車があったが

おじさんは いなかった。

ミキさんに付き添って、救急車に乗ったようだ。


集落に向かうものだと思っていたのに

集団は、神社の階段を昇り出した。


オレも ばあちゃんを背負しょったまま

懐中電灯で足元を照らす 榊と 一緒に

神社の階段を昇る。


鳥居の先、社の前には 朋樹とルカが立ち

ジェイドが社の中へ入った。


透樹くんが「少し待たれてください」と

集落の人達を、社と鳥居の間に集めている。


オレと榊も 社の前へ行き

「ばあちゃん、帰りもまた背負しょうからさ」と

ばあちゃんを社の端に座らせた。


社の賽銭箱の前に、少し新しい血が落ちているが

たぶん、ミキさんの血だろう。

「穢したな」と

朋樹が冷ややかな眼を向ける。


社の中から、ジェイドが 朋樹を呼んだ。


「これを... 」


依代よりしろの鏡を手に取っている。


オレも社に上がると、ジェイドと朋樹は

依代の鏡の裏を見ていた。


「... ルシファーの印章だ」と

ジェイドが言う。


「えっ? 皇帝?」


言われてみれば、シェムハザの城で描き写させられた魔法円の中に、こういう模様もあった気がする。


「香香背男って... 」


「可能性はあるな」


鏡の裏を見つめる 二人に、これからどうするのかを聞くと

「とりあえず、集落の人の 気を落ち着かせる」と言うが...


「ボティス、ちょっと来てくれ」


朋樹が呼ぶと、社の中に黒い渦が巻き

ボティスが出現した。呼べば来るのか...


「頼む」


朋樹が言うと

ボティスが ざっと オレらの頭を見つめる。


「... カガセオとやらに

うってつけの者がいるだろう」


オレらの思考を読んだボティスが言うが

「皇帝じゃねぇだろうな?」と返すと

「まさか。輝くといえば、あいつだ。

説明してきてやる。祝詞だか何だかを唱えて

ごまかしとけ」と、社から消えた。


朋樹が社を出て、透樹くんに

祝詞を唱え続けるように耳打ちする。


「合図したら、榊さんに狐火を頼めないか?」


ジェイドに言われ、榊に話すと

榊は 神社の裏に回り、狐に戻って屋根に登った。


「カガセオ様!」

「カガセオ様、ご尊顔をお見せになってください!」

「カガセオ様、どうか... 」


「ちょっと... 」


社に近づこうとする人達の足を

ルカが 地の精霊を呼んで止める。


「足が... 」

「カガセオ様がお怒りになっておられる」


なんでもかよ...

まあ、都合はいい。


社の中に、オーロラのような何かが揺らめき

シェムハザになった。


小麦色のウエーブの髪に 明るいグリーンの眼。

相変わらず眩しく、いい匂いをさせているが

なんと神御衣かんみそを着ている。日本神の衣類だ。


「こんなに早く会えるとは。嬉しく思うぞ。

話は聞いた。登場シーンから行く」とだけ言って、また消えた。


外では、透樹くんが祝詞を捧げ続けている。


社の入り口の前を空け、社の壁に指でコツコツと音を立てると

いくつもの赤オレンジ色の丸い珠、狐火が

天から降りて揺れ、どよめきが起こった。


ジェイドが社から出て、戸の前に立ち

口を開く。


「僕は、あなた方の言う神ではないが

彼の従者だ。

だが、あなた方の祈りが天に通じ

今 ここに、彼が降りられる。

この赤い光は、その証だ」


ところどころ、微妙な言い回しだったが

まあ、誰も気にしないだろう。


集落の人達が静まり、狐火を見上げ出すと

ルカが 足の拘束を解く。


頭上の高さに、小さなオーロラが揺らめき

シェムハザとなった。


神御衣の袖や裾と、小麦色の髪を

ゆっくりと なびかせながら

社の前にいるジェイドの隣に降りる。

輝き的には抜群だ。


集落の人だけでなく、透樹くんも

口を開けているが

朋樹が「榊の知り合いだ」と誤魔化した。


シェムハザは、狐火が揺らめく中で

長い睫毛の瞼を開き

明るいグリーンの眼で 人々を見渡した。

爽やかな甘い匂いが 辺りに漂う。


「... 俺を呼んだのは、お前達か?」


明るいハスキーな声で言うが、誰も口が開けない。まさか 本当に降りると思わないよな...


「社を血で穢したな。罪は重い」


狐火が乱舞し始めると、ルカが 小声で風を呼び

怯え出した集落の人々の顔に 突風を当てる。


恐れおののいた人々は、次々に座り込み

頭を下げた。


注目されなくなったシェムハザは

「顔を上げろ」と命じた。

風が止むと、狐火は また緩やかに揺れる。


「お前達は 何故、禁を破り

各々おのおのの家を出た?

夜明けまで、先祖の罪のために祈れ と言ったはずだ」


それは昔、六部を封じた法師なり何なりが言ったことであって

香香背男... シェムハザが言ったんじゃないとは思うが、皆

「申し訳ありません... 」

「どうか、お怒りを鎮めて... 」と

自然に受け入れている。


「顔を上げろ!」


いや 日本では、謝る時って

これが普通なんだよ。


「タタリが祓われるかどうかは

お前達の心次第だ。

罪を悔い改めよ。清浄なる心を持て。

光とは、内にあるものなのだ。

俺は、お前達と共にある」


タタリのイントネーションが微妙な割りに

皆、有り難がって聞いている。


「この姿では 長くはここに居られんが

俺は、俺の従者に降りる。

この従者を 俺と思って従え。良いな?」


シェムハザが ジェイドの肩に手を置いて言うと、皆 すんなり納得した。

もしこれが、ジェイドじゃなく オレだったら

皆、怪訝な顔になることだろう。


「まずは 各々の家に戻って祈れ。

時に 人には試練が与えられるが、乗り越えられんのなら、まだ何かしら足りん ということだ。

今 タタリを断ちたければ、乗り越えて見せよ」


俺は助けん みたいなことを言って

ジェイドの影に溶け込むように見せかけて

シェムハザが消え、狐火も消えたが

人々は 感動に打ち震えている。


「香香背男様は何と言われた?

さあ皆、家へ戻ろう」


透樹くんが先導し、人々が階段を降りて行く。


朋樹が社の戸を閉めようとして

「ん?」と、眉間にシワを寄せる。

依代の鏡が消えていた。


「依代ならば、ボティスが持って行った」


神社の裏から、人化けして出て来た榊が言う。


「まあ、物騒な模様入ってたし

いいんじゃねーの?」


ルカが言い、オレらも頷く。


「流れ的に、集落に向かうことになるよな?」

「ジェイドが カガセオ様だしな」


社の端には、ばあちゃんが座っていて

まだ手を合わせて泣いていた。


ジェイドが近くにしゃがみ、背に手を置いて

「帰りましょう」と言うと

「有り難い 有り難い... 」と

ますます泣いたが

なんとか立たせて、オレが背負う。


「なあ、ばあちゃん。大丈夫だよ。

オレらも出来ることは するしさ」


ばあちゃんは、背中で

「カガセオ様」と泣き声で祈り続けている。


朋樹が オレの隣に並び

「祟りは終わるよ。もう心配ないんだ。

香香背男様がいるんだしな」と

ばあちゃんの背中をさすって言った。

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