14


夕飯が済むと、透樹くんは 袴に着替えて

さっき到着した おじさんと 一緒に集落に向かい

オレらは 順に風呂借りて、食堂で瓶ビールを出してもらっていた。


「行こうぜ」


ビールのグラスを片手に 朋樹が言う。


「親父たちが祓えなくても

オレらで なんとかなるだろ」


「だがのう... 」


榊が、じっと朋樹を見つめている。


「父上殿は、朋樹よりも経験がある。

父上殿が言うのであれば、止めた方が良い。

如何様にしようと、祓えぬものもあるのだ」


「それにじゃ」と、榊は続ける。


「朋樹。お前は、父上殿や兄上殿が敵わぬでも

自分なら敵う などと、高を括っては おるまいな?」


「いや、そこまでは思ってねぇけど

実際 見てみないとわからねぇだろ?」


確かに。見ないことには わかんねぇし

オレは、ばあちゃんが気になる。


「でも オレさぁ、たぶん役に立たないぜ。

それだけ長く続くタタリとかだと

絶対 もう、相手と会話 出来ねーだろうし。

下手なことしたら 集落の人に何か返る って

おじさんが言ってたじゃん」


そう。オレもルカと同じで 役に立たない。

右手の模様も消えちまったし。

けどなぁ...


「その香香背男という神社の神を降ろせないのか?」と、ジェイドが言う。


ジェイドは、シェムハザの城で魔術を叩き込まれ

魔法円を描いて、天空の守護精霊を召喚出来るようになった。

天使や悪魔の魔法円についても学んでいる。


「天使や悪魔とは、また違うからな。

天津甕星は、葦原中国平定の時に

最後まで屈服しなかった神だが

正体が 高天原の天津神なのか、まったく他の天津神なのかも、はっきりしてない。

祝詞も届くかどうかも わからんしな」


へぇ。よくわからんけど

とにかく、ちょっと特殊な神みたいだな。


「そういう預言があったから、神社を建てたんだろう?」


「それが 明確に “いつ” とは言われてないからな。神託とか預言って、そういうもんだろ」


神とか救い主に関してはそうだよな。

信じて待て ってことなのか

未来さきに 希望を絶やさせないためなのか。


「行くならさぁ、おじさんに 一言断ってからの方がいいと思うぜ。

オレ もう、バイクは出さないけどー」


朋樹が おじさんに電話する横で、民宿のおばさんが、スルメやナッツのカゴをテーブルに置き

「あんたたち、聞かんねぇ」と

ため息をつく。


「お嬢さんは、行っちゃいかんよ」


榊の前に苺を盛った皿を出しながら

「あそこでねぇ、ちょっと前に

嫌な事件も起こったんだわ。

ほら、最近 写真撮ってネットに載せる とかが流行っとるでしょう?」と話し始めた。


女の人が二人、山村の写真を撮ろうと

旅行に来たことがあった。

この民宿に予約が入り、昼に 一度来たが

夜になっても戻って来ない。


戻ってきたのは早朝。二人は泣いていた。

警察に届けよう、と言った おばさんに

やめて、と、また泣いた。


「深く話も聞けんかったねぇ...

もう、痛々しくて、 可哀想でねぇ。

あの娘たちは、荷物 持って すぐ帰ったんだわ」


なんかの被害者になっちまったってことか...

そういえば集落には、女の人が少なかった気がする。


「闇、深くね?」

「卑劣だ」


ルカもジェイドも、椅子の背もたれに背をつけた。

こういう話聞くと、行く気は失せてくるよな。

もう結界は張ったんだし、いいか って気にはなる。


「親父が、“大人しくしとけ” だとよ」


朋樹は スマホを長テーブルに置いたが

電話しながら おばさんの話も聞いていたので

そんなに残念そうでもない。

ばあちゃんは やっぱり気になるけどな...

明日、集落に寄ってから帰るかな。


「もうちょっと飲むかね?

お二階に、お布団敷いてくるからね」


おばさんは 長テーブルに瓶ビールを二本出して、少しホッとした顔で 二階へ上がって行った。




********




あんまり食堂に長居しても悪いので

おばさんに、おやすみ言って

民宿の外の自動販売機でコーヒーとか買って

二階へ上がった。


オレらは でかい部屋、榊は隣の小部屋だが

オレらの部屋に遊びに来ている。


「寝る時も そういう格好なんだね。

リラックス出来なそうだ」


白地にピンクの花模様の浴衣姿の榊を見て

ジェイドが言う。

「眠る時は、元の姿に戻る故」と聞いて

納得しているが。


「仕事っていう程でもなかったよな。作業だ」


朋樹が、端に移動されたテーブルで

缶コーヒーを開けて

つまらなそうに窓の外を見る。


「まあ、いいじゃん。たまには のんびりしようぜ。集落の人は ちょっと変わってるけどさぁ。

空気もいいし、小旅行だよ」


ルカは、四枚敷かれた布団の二枚に

横向きに横になった。


「でも、オレさ

あの ばあちゃんが気になるんだよな」と

オレが言うと

「おまえ、ばあちゃん子だったもんな。

オレも おまえのばあちゃん、好きだったけど」と

朋樹が オレの方を、穏やかな眼で見た。


ばあちゃんが亡くなった時は、朋樹も泣いた。


“朋ちゃん” と、可愛がられていたせいもあるだろうけど

朋樹が “ばあちゃんみたいになれたらなぁ... ” って

言ったことがあって

それが 何かずっと、心に残っている。

別に、なんでもない言葉なんだけどさ。


「えっ... 朋樹って、そんな顔するんだ」


ルカが 真面目に驚いて言うと

「おまえ、オレを普段 どう見てんだ?」と

朋樹は普通の しゅっとした感じに戻り

「泰河の ばあちゃんはさ、いつもニコニコしてる感じじゃないんだよ。

でも、優しい人だってわかるんだぜ」と

何故か朋樹が 自慢気に教えるが

悪い気分じゃない。


オレは、ばあちゃんの手が好きだった。

女の人の割りには、指が太いし

手のひらの幅もあるが

働き者の手 って感じだった。


「素敵な人だったようだね」


ジェイドに頷くが、照れ臭く

「おう」と 一言だけで答える。


榊は「おうなか... 」と

何か思いを巡らすような顔をしていたが

オレと眼が合うと

「何やら、腹が減ってきたのう」とか言う。


「オレもー。おばさんのご飯 おいしかったけど、結構 時間経つしさぁ」


ルカも榊も、飯 二回お代わりしてたのに

どういうことだ、こいつら。


「オレ、ちょっとコンビニ行って来ようかな。

何かいる?」


「おお、儂も行こう」


ルカが言うと、榊が立ち上がって

くるりと回る。

浴衣から、今日着ていた服に着替えた。


「儂は、バイクとやらに乗ってみたい」


榊って、好奇心旺盛だよな。

オレも ちょっと乗りたいけど。


「ジーパンだから合格」と、ルカが 榊に

ヘルメットを被せている。


「おばさんを起こさないようにね」

「適当に つまむもん頼む」


戻って来たら、スマホに連絡するというので

一緒に玄関まで行って、鍵を掛けることにする。


部屋を出ようとした時に、スマホが鳴った。

朋樹のだ。


「親父だ」


ヘルメットを持ったルカと

被った榊も立ち止まる。


「なんだよ、大人しくしてるだろ?」


朋樹が、電話に出るなり喋る相手は

オレに限ったことじゃないようだ。


「... は? なんで?」


『いいから!』


こっちにまで緊迫したおじさんの声が聞こえた。


「なんかさ、すぐに民宿出ろ って」


「なんで?」


オレには答えず、朋樹が窓を開け

集落に続く道路を見つめる。


遠くから 人が騒ぐ声がし出した。


「... 近づいて来てるな」


「なんか まずくね?」


「とりあえず、外に出てみようぜ。

このまま ここにいると、おばさんに迷惑掛かりそうだし」


階段を降りると、おばさんが起きて来た。


「あんた達、こんな遅くに... 」


もう、そんなに遠くない場所から騒ぐ声がして

おばさんが ギョッとした顔になる。


「集落の人たちみたいなんだ」

「オレら、ちょっと出て来るよ」


「警察 呼ぶから、ここにいなさいな」


おばさんは言うが、民宿に被害が及ぶ恐れがある。


「ちゃんと戻って来るよ」


ルカが ヘルメットをおばさんに渡す。


「おばちゃん、オレのバイクさ

玄関に入れさせてもらっていい?

あいつら、触りまくるからさ」


おばさんが頷くと、ルカはバイクを引いて来て

オレらが玄関を出た後に運び入れた。


ヘルメットを外して、おばさんに渡す 榊に

「お嬢さんは いなさい!」と

おばさんが心配して言うが

「心配 要らぬ。鍵を閉めよ」と 榊も出て

「隠して行くか」と、民宿に神隠しをかける。


「おまえも隠れとけよ」


オレが言うと、榊は

「それでは最初に来た者と 数と合わぬ。

儂の心配より、自分の心配をするが良い」と

道路の方を示す。


騒ぐ声と懐中電灯の灯りは、すぐ側まで来ていた。

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