13


神社の下には もう、ルカと透樹くんがいた。


さっきの おっさんの話をすると

「結界張りに回る って言ったから

集落の人が 気にして見に来たんだろう。

俺らは 余所者だから」と、透樹くんが言うが

この集落のために来てるのに

余所者とかって、そんなに気にされてもな...


「とにかくさ、結界は張り終わったって

報告してくるよ」


透樹くんは、また 一人で行く というが

オレは、さっきの おっさんが気になったので

ついて行くことにする。

「オレも」と、朋樹もついて来た。


「いいけど、お前たちは黙ってろよ」


神社から道を奥へ進むと、田畑や牛舎があり

ぽつぽつと家が増え始めた。

見た感じは、のどかで平和だ。


田や畑にいる人が、通りかかるオレらを

じっと見ている。


オレが、“ども” と 会釈すると

まるで見ていなかったかのように、作業に戻った。

明らかに家の窓から覗いていた人も、顔を向けるとカーテンを閉める。なんなんだ... ?


畑の脇にいた 二人のおばさん達の前を通る時は、もう 眼は向けなかったが

「... 余所者が」と、ヒソヒソ話していたのが

聞こえてくる。


これさ、聞こえるように言ってるよな?

ヒソヒソ話風に言っているが、声の大きさは普通くらいだった。

だが、もし ここで振り向いたりしたら

オレが会話を盗み聞きしたかのように取るだろう

と、なんとなく思う。


「気味悪ぃな」


ぼそっと言った朋樹に頷く。

空気に うっすら闇を感じるぜ。


畑と畑の間の道を登り、でかい家の呼び鈴を

透樹くんが押す。

前庭には松が並び、母屋と離れに分かれている

立派な家だ。


内から「はーい」という女の人の声がして

玄関の引き戸が カラカラと開く。


えぇ... 鍵とか閉めてねぇんだな...

鍵を開けた様子はなかったし。

昼間とはいえ不用心だ。


「雨宮さん、お疲れ様です」


出てきたのは、やたら長い髪以外は

ごく普通な感じの人だった。

なんだろう。これといって特徴がない。


「あ、この二人は、今回 一緒に

縄の交換をした者です。他にもおりますが。

結界の方は無事に終わりましたので

また夜に、父と共に参ります」


27歳のオレらより 少し上くらい... 2つ歳上の透樹くんと同じくらいに見える その人は

透樹くんの挨拶に

「私共のために、ありがとうございます」と

頭を下げ

「皆さん、お疲れでしょう。

ご一緒に お茶でもいかがですか?」と

にこやかに誘ったが

「お気遣い ありがとうございます。

ですが、民宿の方が食事を用意されていますので」と、透樹くんが丁寧に断った。


「そうですか... それでは午後から

是非、皆さんで いらっしゃいませんか?」


なんで そんなに誘うんだよ...

なんかさ、普通と違って

“来させなきゃ” みたいな感じするんだよな...


「いや... えーっと...

一度 食事を取って、皆が疲れていなければ...

後程、連絡させていただきますね」


「よかった!

皆さん、甘いものは食べられるでしょうか?

ケーキを用意しておきますね!」


やっぱり、来させようとしてる気がする。


失礼します、と玄関を出ようとすると

背後から「ミキちゃん」と声がした。


「お母さんが、換気扇の調子が悪いっちゅうてたから、見に来たけど」


背後には さっきの、白い無地のシャツに作業ズボンの おっさんが立っていた。


「ああ、川本さん。こんにちは。

こちらは、今夜のための結界を張ってくださった、神社の関係の方たちで... 」


川本と呼ばれた おっさんは、ヤニで黄ばんだ歯を見せて笑い

「これはどうも、初めまして。川本といいます」と、臆面もなく挨拶する。


きちんと挨拶を返す 透樹くんの後に

オレと朋樹も

「どうも」とか「はじめまして」とか 返したけど

この おっさん、さっき山で

朋樹とジェイドを見張ってたっていう おっさんだよな?


見られてない と思っているのか

自分だとはバレてない と思っているのか...


川本という おっさんは、さも当然といった感じで

靴を脱いで 家に上がり込んでいった。




********




「だから、行かん方がいい って言ったでしょ」


民宿の食堂で、おばさんが ジェイドに言う。

昼食後、コーヒーをもらってた時に

挨拶しに行った集落の女の人、ミキさんから

透樹くんに電話が入った。

『そろそろ いらっしゃいますか?』と。


オレさ、正直 なんかイラッとしたんだよな。

乗り気じゃない雰囲気 出してたし

透樹くんは、“こっちから連絡する” って言ったのに、押し過ぎだろ。


オレも朋樹も、もう行かね って言ったんだよ。


『さっきも挨拶したんでしょ?

どうせ、雨宮さんが 夜 行くんだし

なんとか断ったら どうかね?』 って、おばさんも

ふくよかな顔で心配してたんだけどさ


ルカが『ケーキ用意してくれてるのに 悪いじゃん』とか言ったのに、榊が頷いて

ジェイドも『せっかくだし、少し お邪魔しよう』とか言って、結局 行って来たんだよな。


また 神社まで、車とバイクに分かれて乗って渋々、集落のミキさんの家に行った。



ミキさん家は “香室かむろ” という名字で

昔は、この辺 一帯の地主だったようで

今でも集落の家や田畑は

ほとんどが、香室さんとこの土地らしい。


なので、集落の代表者のような存在だが

一昨年に父親を亡くし、母親は入院中。

弟がいるが、家を出てからは なかなか帰って来ず

香室さん宅には、ミキさん 一人で暮らしているってことだ。


『お上がりになって下さい!』と 笑顔で迎えられ

20畳はありそうな広い座敷に通された。


掛け軸とか屏風が飾られた座敷には

旅館で見るような 折り畳みの長テーブルが置かれてて、座布団が敷いてあって。

ケーキと 紅茶出してもらって

『この度は、私共のために... 』って

また丁寧に挨拶されてさ。


透樹くんも また

『いえいえ、夜は また父とお邪魔しますので』って、同じこと言って

『まあ。ここには 私 一人ですので、心強いです』とか言っててさ。

別に、話すことねぇんだよな。


ミキさんが、やたらに ジェイドを見てたのが

ちょっと気になるところだったが。


ルカとジェイドが気を使って、当たり障りないこと話してたんだけど、オレも朋樹も喋れず。

こんな時にも 榊は榊で、ケーキおかわりしてたけど。


一時間くらい居て

『じゃあ、そろそろ... 』 って立ったら

あの川本って おっさんが、座敷に顔を出した。

え... こいつ、まだ居たのか... って

ちょっとビックリしたんだよな。


『ミキちゃん、夜は俺も ここにおろうかね』ってさ。


俺 “も” って

おっさん、今まで話 聞いてたんだろなって

隣で朋樹も眉しかめててさ


『いえ、雨宮さん達が いらっしゃるので... 』

ミキさんが、顔を 一瞬 引きつらせて

すぐまた笑顔になったのを見て

ああ、おっさんがイヤだったのか... って

初めてわかった。

それで透樹くんに、電話までしたのかな... ってさ。


『今夜は 皆さん、それぞれ御自宅で

静かに過ごされた方がいいですね』


やんわりと透樹くんが言って、朋樹が

『全体で物忌みされないと、結界も効力ないです。来訪神に見つかりますよ。

オレらが夜、結界内を見回ることにしましょうか?

余所から来たオレらなら、結界 跨がなければ

外にいても大丈夫なんで。

夜、家から誰か出てると良くないですし』って

遠回しに、おっさんに

夜ここに来るなよ って 釘刺したりしてさ。


おっさんが黙ったから

とりあえずミキさん家を出たんだけど

神社まで歩いてたら、どっからか

80歳か 90歳かってくらいの ばあちゃんが

低速で走って来て

ジェイドの腕に すがり付いて座り込んだ。


『カガセオ様、カガセオ様!』って。


ジェイドは しゃがんで

『どうされました?』って聞いてたけど

他の集落の人が何人か 走って来て

ばあちゃんは連れて行かれた。

『お救いくださいませ、カガセオ様』って

泣いたりしてて、なんか つらかった。


最初に来た時は、オレも朋樹も

“余所者” って、一纏まりで見られてたのに

それからは ジェイドだけが見られてた気がする。


神社の隣の空き地に着いたらさ

ルカのバイクの周りに、おっさんが 三人くらい

群がってて、ペタペタ バイク触ってんだよ。


『あ、ちょっと... 』


さすがに ルカも青くなって、すぐ バイク点検してたけど

そいつらまだ、少し離れたところから

こっち見て何か話してさ。


バイクには、特に異常は なかったから

民宿に戻って、おばさんに話してたとこ。



「あそこの人らは変わっとるのよ。

下手に関わらん方がいいわ。

もう、お兄ちゃん達の仕事は 終わっとんでしょ?」


もうすぐ夕飯だけど、と言いながら

おばさんはドリップしたコーヒーを出してくれた。


「集落の外に出た時は 普通なんだわ。

あの中にいる時は 良くないねぇ」


集落の外で、集団じゃなければ 普通なのか。

その場合、自分達が “余所者” になるからだろうか?


外でバイクを拭いていたルカが

珍しく しょげた顔で食堂に戻って来た。

バイク、大切にしてるもんな。

車のルーフに張り付いた カエル女子の霊とは違うし、なんか気持ちはわかるぜ。


「カガセオって、何だろうな」


おばさんから コーヒーを受け取るルカを見ながら、誰ともなしに言う。

あの ばあちゃんが、ジェイドを呼んだ名前。

聞き覚えのない名前だ。


天津甕星あまつみかぼしのことだよ」と、朋樹が答えた。


あの神社の祭神か。


香香背男かがせお、輝く男という意味らしい。

金星の神だしな。


「なんで、あの ばあちゃんは

ジェイドを そう呼んだんだろな」


オレさ、ばあちゃんに弱いんだよな。

ばあちゃん、泣いてたし。


「うちの神社は、大正くらいまで

神託を賜ってたんだけど

あの集落のことが出たことがあるんだ」


透樹くんが言うには

“明けの空に輝く星の神が、その光により

明るく照らされる” と、神託が降り

あの神社が建てられたという。


「あの おばあさんは、実際に

来訪神、六部が造った異形の者を見たことがあるらしいんだ。

5年毎の この時期になると、不安なんだろうね。

ジェイドくんが天津甕星に見えたんだろう」


そうか... ばあちゃん、なんか かわいそうだよな。

おじさんは 祓えない って言ってたけど

なんとか出来ないもんなんだろうか。


何気なく 隣に座る朋樹に眼を向けてみると

朋樹は オレにニヤッとして返した。

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