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「皇帝?」


ジェイドの言葉に ボティスが頷く。


「千年程前だ。皇帝は、地界の俺の城に

“退屈だ。天に攻め入ろう” と

ワインを飲みに来た」


ジェイドが 特に突っ込まなかったので

ボティスは スムーズに話しを進める。


「丁重に御断りすると、“俺は夢を見たんだ” という。俺等は、眠らされない限り睡眠を必要としない。

何を言っているんだ... と 黙っていると

“夢を見たことを思い出した気がするんだ” と

言い直され、更に わからなくなったが

さっきのメモにある言葉を言われた」


夢を見たことを思い出した?

実際には起こっていないことの記憶ってことか?

予知、ってことだろうか?


子に降りたのは皇帝なのか?

いや、そんなこと しそうにないが。


「“俺は 新しい神かもしれない”... と

本気で呟いていたが

リリトを喚び、連れて帰らせた。

翌日は ハティの城にも 同じことを言いに行ったようだが、ハティも話に乗らなかったので

攻め入ることは断念したようだ」


皇帝って、子供だよな...


ボティスは オレに

「“もっと俺を愛せ!” と 反逆したのだからな」と

ため息をついた。


「だが、力がある分 タチが悪い」


なんか、日本神話のスサノオ思い出すよな。

冥府... 黄泉に行った母ちゃんに会いたくて

姉ちゃんとこで大暴れしたらしいし。


「リリトというのは、キュべレの娘じゃないのか?」


朋樹の言葉に ボティスが頷く。


「リリトは生まれて すぐに、神に取られた。

最初は アダムに与えられたが、うまくいかず

地界に降りた。今は 皇帝のお目付け役だ」


「ハティか マルコシアスにさぁ

ダイナのこと、何か聞いた?」


ダイナ。ジェイドが祓った悪魔だ。


ルカが聞くと

「奴等も キュべレの血を引くが、サリエルと繋がっている恐れが高い」と答え

手品とかみたいに どこからか片手に乗せれるくらいの箱を出すと、榊の着物の膝に置く。


「俺は、お前の お目付け役だ」と、オレに言い

「また来る」と消えた。



「何しに来たんだよ、あいつ」

朋樹が まだ

ボティスが消えた 榊の隣を見つめている。


「榊さん、それ 何?」

ルカが聞いて、榊が箱を開けているが

「ソリッドパフュームだ」と ジェイドが答えた。


「その箱は知っている。

カプリ島に 工房と店がある。

パフュームや石鹸、キャンドルなどの

香りの店だが

それは クリーム状の香水で、指に少し取って

手首や耳たぶの裏につける」


練り香水 ってやつか。

あいつ、洒落たもんプレゼントするんだな。

オレも フランス土産に、頼まれてた石鹸やったけど、なんか違う気するよな。


箱から出した瓶を見つめる榊は

ちょっと嬉しそうだ。


『朋!』と、一階から

おじさんが呼ぶ声がする。


「親父が戻って来たな。降りようぜ」


榊は 瓶を大切そうに箱にしまって

いつもより楚々とした動作で立ち上がった。




********




「お前等に頼む仕事だが、結界張りだ」


祈願や厄除けの仕事を済ませた おじさんが

ポロシャツにチノパンで、あぐらをかいて言う。


「山間の集落を囲んでもらう」


これは、5年に1度という

結構 短いスパンでやっているようで

集落の周りにある特定の岩に、縄を掛けてまわる。

よくよく聞いてみると、5年前に掛けた縄を

清めた新しい縄に交換する作業らしい。


いつもなら 集落の人に手伝ってもらうようだが

集落から若いヤツらが、進学や就職で出てしまった。

結構 体力がいるので、オレらが駆り出された。


「何のためにやるんだよ?」


朋樹が聞くと「来訪神信仰がある」と

おじさんは答えているが

結界なんか張ったら 来訪神 入れねぇだろ。


「表向きは、ということだ」


来訪神、というのは

異界や異郷から、たまにやって来る神だ。

富や豊穣、とにかく良いものをもたらすので

迎い入れて歓待する。

現在では 行事になってるところもあると思う。

有名なところで ナマハゲとかさ。


結界を張る集落には、5年に1度

神が来訪する という。


「結界は、明るい間に張る。

集落の者は 皆、朝から肉食や穢れを避け

一晩 食事を取らず、灯りも点けずに

家に籠って 静かに過ごす」


物忌みだ。まったく歓待してねぇじゃねぇか。

むしろ、見つからないようにしてる感じだ。


「祟り系なのか?」と、朋樹が聞くと

おじさんは鼻で ため息みたいなやつをついた。


「六部、というのを聞いたことがあるか?」


おじさんの問いに、ジェイドは首を横に振り

ルカが「六十六部?」と聞き返した。


六十六部、ってのは

法華経を写経し、日本全国の 66の霊場に

納経することだ。

宗教者だけでなく、一般の人達の間にも流行ったらしい。


目的は、修行、何かの祈願、故人の供養など

様々だが、徒歩での長い旅になる。

野宿したり、旅先の まったくの他人の家に泊めてもらったりするのだが

行き倒れて亡くなったり、路銀... 金銭目的で

道端や、泊めてもらった家で殺害された人達もいたようだ。


村や家に受け入れる方の 受け入れ方によれば

この六部を、来訪神とも受け取れる。

遠くから来た、まったく知らないヤツで

下手したら 多少 言葉も違うかもしれない。

来訪神として歓待されることもあっただろうけど...


「その集落では、六部の巡礼者は

来訪神として歓待する決まりがあった。

だが、路銀目的で殺してしまった者がいた」


やっぱり という展開か。


「集落の外に巡礼者を埋め、塚を作って弔ったそうだが

殺された巡礼者は夜な夜な集落に訪れた。

法華経を唱えながら、今日は右手、翌日は耳、と

集落の者から 体を 一部ずつ 切り取っていった」


いや、殺された恨みはあるだろうけどさ

何で そこまですんだよ... 。


「最後は、巡礼者を殺したものが首を取られた。

家には、首から下と耳が置いてあった、と。

集落の者は恐れおののき、巡礼者の塚に巨石を置いて封じ、神として祀り、怒りを鎮めようとしたが

次に現れたのは、集落の人々の体を繋ぎ合わせた異形の者だった。

巡礼者の念と、殺された者の念が合わさったものだ」


蠱物まじものじゃねぇか。祓わないのかよ?」と

朋樹が言う。


蠱物、というのは

簡単に言えば 呪いを込めて造ったものだ。

ここで言えば、異形が

六部が造った蠱物 ということになる。


これを造るために、集落の人から

体の 一部を 切り取って集めたのか...


「祓えないんだ。念が強すぎる。

昔、試みたことがあるようだが

祓おうとすると、集落に何か異変が起こるらしい。

しかもだ。何度 対処しようと

翌晩には また集落に戻ってくる。

だから、封じるしかないんだ」


この蠱物に使われたのは

血や髪、爪だけじゃない。

人間の身体を使って造ってるんだもんな...


斬られた六部の巡礼者は、死んでからも

怨みの念で、人に作用 出来たくらいだ。


造った方の念も強けりゃ

異形のパーツにするために 体を取られた人たちの念も強いだろう。

結構、とんでもないヤツだ。


「巨石を置いた塚の近くには、小屋を建ててある。

集落には結界を張り、気を逸して

小屋へ導くようにするんだ。

集落に入れんようにするためだ」


小屋は、集落の家に見立てたもの のようで

小屋の内には、六部を斬った者に見立てた

等身大の藁の人形と、六部に見立てた人形を置き

そちらに異形の意識を向けさせる。


鎮めるために、神として祭り上げる儀式をし

元の塚に封じるようだ。


で、また 5年くらい経つ間に

念が増幅してきて... っていうのを

繰り返しているという。


「結界の縄換えは、明日の朝からやる。

そのまま無事に封じることが出来ても

明後日の朝までは、集落を見張ることになる。

明日の朝、集落の近くに移動しろ。

俺は、夜から集落に入るから

明日は 透樹が、お前たちと 一緒に行く」


おじさんが言うと、朋樹が眉間に皺を寄せた。

ジェイドが オレと眼を合わす。

... おう。平和に行きたいところだ。

気をつけようぜ。と、ジェイドに頷いた。

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