朋樹ん家に戻って、二階の朋樹の部屋にいる。

朋樹が帰省した時に ここで寝るので、ベッドは昔のままあるが、あとは 折りたたみのテーブルがあるだけだ。


クローゼットには 幾らか

朋樹が残した物が詰まっているようだが

オレらが 隣の市に越す時に

めぼしいものは、当時 まだ高校生だった弟の晄に渡り、今は それもほとんどない。


朋樹とジェイドが、テーブルにスマホ置いて

音声を聞きながら 訳してメモを取り

ルカと榊は、クローゼットから勝手に引っ張り出したアルバム見ていて、オレはベッドに転んでいる。


「最初は、“救い主” に、早く来てくれと

祈願している。

これは次の “Huyah”... “唯一の神”を指すものだろう。

“あなた” “愛された者” “安住の地を” と続いている。

おじさんが言っていた 当時の状況であれば

こう願うのも わかるね」


へー。


「泰河ぁ、おまえ ガキの頃から、見るからに

言うこと聞かなそうな感じだよなー」

「いかにも腕白坊主といったわらしであるのう」


うるせぇ。


「次の単語だが、“バケー”

これは “baker” だと思う。

意味は、“最初に出来る” とか “初子” 。

“va” “そして” “hakets” “終わり”」


「あっ! ボティスが

“原初で終” とか言ってたぜ! なぁ、泰河!」


もう、ルカ うるせぇよ。

知らねぇよ。半分寝てたし オレ。

今も うっすら眠いしよ。


「次が、“神聖な働き”。

“溶ける” または “融合する” だ。

それから、“統一” や “一つとなる”」


「“最初 そして終わり、神聖な働き

融合する、一つになる”?」


朋樹が 確認している。

何が溶けるんだよ。最初から最後まで って何だよ。


「次なんだけど... 」


ジェイドが 何度か聞き直している。


「同じ言葉を繰り返している。

“エーイエ”、“ehyer”... だろうと思うが。

“ehyer asher ehyer”... “私は 有って有る者”

これは、聖書にある言葉なんだ。

次の “ヤイェー”、これが “yayehe”なのなら

“神が生まれる” だ」


「じゃあ、あの獣は

その時に生まれたのか... ?」


えっ...

寝転んでる内に、なんか壮大な話になってねぇ?

ちょっと目ぇ覚めた気がする。


「ボティスは

“神の意図的な創造物じゃない” って言ってたぜ。

“全てから自然発生したもの” って推測中」


もうすっかりアルバムを閉じた ルカが言う。


「どこの神話の神からも造られてないらしくて

“物質や現象のすべて” だって」


神々が造ったものから

勝手に産まれたってことか?


「ほう... ならば儂らも、それに含まれようのう」


榊も口を挟み、朋樹は

「マジか... 」と、ちょっと興奮している。


「これを言った子供というのは

最初は祈願を述べているけど

途中からの、抽象的で断片的な言葉には

まるで預言を言っているような印象を受けるね」


ジェイドが言うことを、確かに... と思うが

預言だとしたら、誰からだ? と

はたと気づく。


預言って、神とか天使とか

そういうのから 人に伝わるんじゃねぇの?


その辺りを聞いてみると

「この獣自身か、獣が生まれたことを知っていた者かもしれない」ってことだ。


「じゃあ 獣自身か、サンダルフォン?」


なんかさ、キュべレ側 ってことは

ない気がするんだよな。

悪魔って預言とかしなさそうだしさ。

よく知らねぇけど。


「まったく別のヤツ って恐れもないことはないが、ヘブライ語だしな... 」と、朋樹も言うが

「けどさぁ」と、ルカが

「なんで、日本語じゃないんだよ?

なんかの預言 受け取ってもさぁ、普通は

自分が 普段 喋ってる言葉 使わねー?」と

考えてみれば、もっともな疑問を投げてきた。


そうだ。おかしいよな。

預言者って、自分の国の言葉で話すし

ルカの指の文字や記号は、天の物だと

シェムハザが言ってた。

天には、地上とは違う言葉がある ってことだ。


「その、神童と呼ばれておったわらし

何についての神童なのであろうのう」


榊が 少し考えながら聞く。


「父上殿は、ただ 神童 と言うたが

それは、男の童であろうか?」


神童、って

男の子のイメージあるよな。

昔だと余計にさ。


「つい最近の頃までは、女は何らかの才を持っておっても、才を発揮する機会がなかったようであるのう。

よって 神童と言えば、男の童を思い浮かべるが」


うん、そうだよな。

今は女の子でも、特別に何かに秀でていたら

神童って言われるみたいだけどさ。


「その、ヘブライ語とやらを

くだんわらしが知っておったのかもしれぬが

知らぬ言葉であるなら、巫女 ということは考えられぬか?」


「あっ、そうか!

神託賜ってた とか言ってたもんなー。

それなら、降りたヤツが

ヘブライ語で言った ってことか!」


「なら、イスラエル人か ユダヤ人... ?」


「そうとは限らないんじゃないか?

ジェズも、アラム語とヘブライ語を使っていたという」


盛り上がってるよなぁ。


「で、今 訳したヤツで

ヘブライ語の祝詞か預言は 全部か?」


テーブルの上のスマホを指差すと

「いや、まだある」と

朋樹が 再生をタップする。

「この辺は、普段は聞かない部分だ」


「“火をつけ” “取り除く”... “私に 光 サインを”

サインは “印” かもしれない。... “フヒ”?」


またジェイドが 何度も聞き直す。


「最初に拝殿で聞いた時も、気にかかったんだが

おじさんはヘブライ語を知っているのか?」


朋樹が「いや」と、首を横に振る。


「あの巻物に、神童の子が言ったことを

わかる分だけ音写してあるんだと思うぜ。

幾らかでも音写出来た、ってことは

その子は、この祝詞... というか呪文みたいなものを、何度か繰り返して言ったのかもな」


そうだよな。獣が降りるまで

繰り返し言った ってことも考えられるよな。

聞きなれない言葉って、一回 聞いたくらいじゃ

書き写せねぇだろうし。


「この次の “フヒ”、これは “huhi” なら

神の名を逆読みにしている という意味だ。

“優勢”、または “最も高い力”

その後は、“救い” “祝福” “成就する”」


ジェイドが訳した言葉を、朋樹がまとめる。


「“火をつけ、取り除く

私 光 サインまたは印を

神の逆読み、最も強い力 救い 祝福 成就する”... なんか、物騒な言葉が混ざってるな」


「だが 神も時に怒り、世界を 一掃される」


突然、ここにはいないはずのヤツの声がした。


「ボティス... いきなり湧くな って言ってるだろ」


ボティスは、ハーゲンティやマルコシアスのように、ソロモン王に使役された悪魔の 一人だ。


60の軍を持つ黒い大蛇の悪魔で

過去、現在、未来の三世を見通すことが出来、

人の思考を読む。


今は人型でいるが、耳の上から伸びる長い角が

二本あり、口の両端からは 長い牙が出ている。


ライトブラウンのベリーショート。

つり上がった切れ長の赤い眼。

両耳にはピアス、指には オレから取った指輪を含み、指輪をゴロゴロ付け、七分袖のシャツにジーンズ。

服は だんだん現代っぽくなってきてる気がする。


「玄関のインターフォンを押せというのか?」


「いや、やめろ」


「面白そうな話をしてるじゃないか」


ボティスは、わざわざルカを移動させ

榊の隣に座った。


「ボティス、そのシャツ かわいーじゃん」


ルカは オレの近くに移動してきて、ベッドの奥にオレを転がすと、自分がベッドに座った。


ボティスは、ルカが着ている

幅のでかい黒と紺のボーダーのシャツを見て

「交換してやってもいい」と

自分の水色の七分袖シャツを摘まむが

「何の用だよ?」と、朋樹に言われて

テーブルからメモを取る。


「救い主の降臨を願う。

唯一の神、あなたに愛されたものに安住の地を。

初め、そして終わりは、神聖な働きにより

融合し 一つとなる。

私は、存在に有る者。神が生まれる。

火をつけ根絶する。私に光の印を。

神。いと高き力で救いを。祝福が成就される」


メモを読み上げたボティスに、ジェイドが

「“huhi” は、“神” でいいのか?」と聞くと

「神に対義語はない。俺や お前の言う神は

最初の “唯一神”だ。

最後の逆読みは、それとは区別した

別の神のことだ。

お前らの憶測通り、最初は祈願。

その後は預言だろう」と答えている。


「誰の預言なんだ?」


「天の者ではない。他を神とは認めんからな。

ただ、これは最初が 祈願

次に 獣の発生

最後が その力を使う者のことを言っている」


「ふうん。じゃあ、最後のって 泰河のことー?」


ルカが あくびしながら言う。

ムリに隣に転びやがった。

仕方なく、ベッドを明け渡して床に座る。


「結果的には そうなるだろう。

俺は、似たような予言を言っていた者に

覚えがある」


この場合の “よげん” って、予言か。

預言、予言。協会、教会。

めんどくせぇよな。


同じようなことを考えたルカは

「雨と飴」とか言って、朋樹に小突かれているが

「これを言っていたのは 皇帝だ」と

ボティスが言った。

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