着物と紋付き袴に着替えたおじさんが

裏の拝殿に 一礼して入り、オレらも後に続く。


この拝殿は、6畳くらいの広さで板の間。

ガランとして何もない。


前の方にある小さな台に、おじさんが灯火を置き

「朋、扉を閉めろ」と

最後に拝殿に入った朋樹に言った。


扉が閉まると、窓もない拝殿は 昼間でも暗い。

頼りない灯火の灯りで、ぼんやりと壁の位置がわかるかどうか ってくらいだ。


「泰河、座れ」


おじさんに言われて、いつも そうするように

灯火の前に正座をする。


朋樹と榊、ルカ、ジェイドは

扉の近くに並んで座らされている。


おじさんが、オレの背後に 一礼して

祝詞を奏上し始めるが

いつも、これは何を言っているんだろう と思う。


「... ドケツハケッツ フヨ アタ ドッド スサノハァ

バケー ヴァ ハケツ イエツェール イトゥ ウガ... 」


おじさんの声を聞き、灯火の火を見つめているうちに、いつも気が遠くなるような感覚に陥る。


自分が 空間に融け出すような感じで

外界との境が曖昧になっていく。


「... エーイエ アーシェル エーイエ...

エーイエ アーシェル エーイエ...

エーイエ アーシェル エーイエ...  ヤイェー... 」


血が逆流するような感覚と共に、いつも急に

オレは オレに戻る。


「... ヒィツィ アカー オティー オール オッ フヒ

コッエルヨン イエシュア アメカーヤ ナリァタ」


... あれ? いつもより ちょっと長くないか?

まあ、別にいいけどさ。


祝詞が済み、おじさんがオレの背後に 一礼すると、これは終わりだ。


立ち上がろうとすると、おじさんが

「まだだ」と、背後から オレの右肩に手を置き

祓詞を唱え出した。


「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓い給う

天清浄とは 天の七曜九曜 二十八宿を清め

地清浄とは 地の神三十六神を清め... 」


祓詞が終わると、やっと外に出ていいと言われたが、いつもは この祓詞はやってないよな...


灯火の皿を朋樹に渡し、拝殿の扉に鍵を掛け

「俺は祈願と祓いに行くから、お前等は

家に戻っとけ。仕事の話は後だ」と

おじさんはオレの顔を見て

満足気な顔で社務所へ向かって行った。


「泰河」


朋樹に呼ばれて「あ?」と、顔を向けると

オレの顔を見て眼を閉じ、ルカとジェイドも

何か「あ... 」というような 残念そうな顔をしている。


「なんじゃ? 如何した?」


榊が聞くと、ルカが

「泰河、おまえ

模様なくなってるぜ」とか言う。


「ええっ?!」


模様って、右眼の周りか?!


右腕のシャツを たくし上げてみるが

そこにも 白い炎の模様はなかった。


「... 親父が唱えたのは、天地一切清浄祓だ」


「なんだよ、それはよー!!」


「そのままだ。天地と人を清浄するんだよ」


嘘だろ...

さっきの祝詞で、全部なくなったのか?


「模様とは何じゃ?」


榊が不思議そうに言う。


「あれ? 榊さん、見えてなかったの?」


ルカが聞くと、榊は「ふむ」と頷く。


「ハティが、天使と悪魔からは

模様が見えないように隠しただろう。

榊さんにも有効だったみたいだ」


そう。ルカが天の筆で出した 白い炎の模様は

オレが あっちこっちから狙われるのを防ぐために、ハーゲンティが隠した。

だが薄くなったとはいえ、感がある人間には

見えてたはずだ。


榊は別として、こいつらに見えないなら

もう模様は消えちまったんだ...


「いや。一度 祝詞を唱えたからって

獣の血が身体から抜けたりはしねぇと思うぜ。

それなら 10歳の時に、とっくにやってるはずだ」


「だよな! そうだよな!!」


朋樹の言葉に強く賛同し

「ルカ! もう 一回 筆でなぞってくれ!」と

ルカを見たが

「でも今は、眼の周りにも腕にも

模様は見えないぜ」と言われ、肩を落とした。


今、おじさんが隠した ってことか?


ちょっと待ってくれよ...

せっかく、胸 張って

祓い屋だ って言えるようになったのによ...


肩を落とすオレを前に、朋樹は

「けどな」と、ニヤッとした。

何か楽しいんだよ、こいつ。イラつくぜ。


そう思ってたら、チャコールグレーのパンツの

ケツポケットから スマホを取り出した。

何なんだよ、きれいめパンツ穿きやがって...


「録ってある」


朋樹がレコーダーアプリを起動し、再生をタップすると、さっきの意味不明の祝詞が

おじさんの声で流れ出した。


「今日は いつもより長かった。最後の方だ。

後は、どこの言葉か確かめて... 」


「ヘブライ語じゃないのか?」


ジェイドが普通に言う。


「えっ、マジで?

ジェイド おまえ、わかるのか?」


ジェイドは、ヘブライ語自体は話せないようだが

聖書を読む時に少し噛ったことがあるのと

シェムハザの城で ラジエルの書を読んでから

知らない言語の意味が、不意にわかることがあるという。


「おじさんは日本の祝詞のような抑揚で読んでいたし、内容も単語が並んでいるだけのようだけど

古代ヘブライ語だと思う」


「マジか! 家に戻ろうぜ!

親父が戻るまでに訳してくれ!」


すげぇ うきうきしてるけどさ

それ訳したからって何なんだよ。

模様 消えたんだし、もう意味ねぇだろ。

ただ変な血が混じってるってだけだし、オレ。


「まぁさぁ、また模様見えたら なぞるし

そんな落ち込むなよー」


オレの背をパンパン叩いてルカが言う。

なんか、前にもあった気がする

こんなようなこと。


あ、あれだ。喋れなくなった時だ。

こいつら、オレが気落ちしてても

大して気にしねぇんだよな...


鳥居を出ながら 榊が口を開く。


「模様は、儂には見えなんだ。

見えずとも、その模様の力を使えたのならば

今も使えるのではないかのう?

人の眼にも見えぬよう、模様が隠れただけかも知れぬ」


おっ、そうかも!


「じゃあさぁ、駐車場の塀から

胸から上だけ出してる おっさんいるんだけど

左眼 隠して 見てみればいいじゃん」


ルカが指差す方を 右眼で見てみるが


「... いねぇよ」


何もいねぇ...  ただのブロック塀じゃねぇかよ...


「うん! まあ、いいじゃん!

元に戻っただけ と思えば!」


「ふむ。血は失われておらぬ。

いずれ また使えようよ」


ああ...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る