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「じゃあ、オレ

車の後 ついて行くからさぁ」


バイクに跨がり、ヘルメット被った ルカが言う。


朋樹に、全員 6時に起こされ

ガキの時ぶりに拝殿の掃除をし、7時から朝飯。

子供が 全員 成人しようが

雨宮家は当然、規則正しい生活だ。


今は、8時。

駐車場で車に乗って、集落に向かうところ。


「ドラッグスター クラシックか。

もう、生産終了したんだよな」


助手席で、ルカのバイクを見ながら

透樹くんが言う。


「ベースがベージュ、シートはブラウン。

落ち着いて きれいな感じだな」


「後で乗させてもらえば?」


「えー、傷つけたら悪いしなぁ... 」


隣から朋樹が、無言でクラクション鳴らしたので

駐車場から車を出すことにする。

あいつ、態度 悪ぃよな。

朋樹の車には、ジェイドと榊が乗っている。


透樹くんが 朋樹の車に眼をやったが

「どこに行けばいいの?」と

丘を下りながら聞くと


「住宅街 挟んで、向こうに見える山だよ。

山裾に民宿があるから

そこに 一晩お世話になることになる」と

自分の スマホのアドレスページを見ながら

車のナビに住所を入力してくれた。


ナビの案内が始まったので、それに沿って運転する。目的地方向には、あまり行ったことがない。

神社や オレの実家がある辺りよりも

もっと寂れた感じで

こっちの方に来る用もなかった。


今は 一応、この辺りの市街地を通っていて

二車線の道路沿いには

ショッピングモールや飲食店が並んでいるが

ここを越えると しばらく何もない。


ナビの案内に沿って道を折れ、橋を越えると

店どころか家も減ってくる。

田畑が広がる、のどかな風景だ。


さっき越えた橋とは 別の川沿いの道路を走って

道が緩やかに登り始めた頃

民宿のような旅館のような 半端な建物が見えて、ナビの案内は終了した。


「気持ちいいよなぁ」と

ヘルメット外したルカが言った。


「一度、民宿に挨拶して

荷物を置かせてもらおう」


後部座席から着替えが入ったバッグを取って

透樹くんに続いて 民宿に入ると

人の良さそうな、ちょっとポッチャリした

おばさんが出て来て

「あらっ、予約の雨宮さん達ね!

どうぞどうぞ。今回は大勢なのねぇ」と

二階へ通された。


5年前の これの時も、おじさんと透樹くんが

この民宿を利用させてもらったようだ。


「お茶を淹れますから、荷物を置かれたら

一階の食堂に いらしてくださいねぇ。

あら、お嬢さんは和服なの?」


階段を上がる榊に

民宿のおばさんが目を止めた。


「ああ、うちで琴の練習をしていたから... 」


透樹くんが、もごもごと言い訳するが

着物は目立つよな、やっぱり。


二階に着くと、榊は

「洋装が良いかのう?」と、くるりと回る。


「わっ、そうやって着替えるんだ! すげぇ!」


榊は、チョコレートブラウンのシャツに

桜色のカーディガン、インディコのスキニーを

身につけた。


「ふむ。ジインズとは、ちいと窮屈であるのう」


「でも 似合ってるぜ」

「うん、とてもいい。

カーディガンの色も春らしいね」


ルカや ジェイドに言われて

「ふむ」と、榊は照れているが

「一階で おばさんが待っているだろうから

そろそろ降りよう」ということで

揃って 一階の食堂に降りた。


長テーブルが置かれた食堂の椅子に座ると

「暖かいし、冷たい方がいいかしらねぇ」と

冷茶のグラスが出された。


個包装のいろいろな菓子が入ったカゴを

テーブルに 二つ置き

「お昼は 何時くらいにする?」と

おばさんに聞かれると

「一時くらいに お願いします」と

透樹くんが答える。


榊が、早速カゴのひとつを自分の前に引き寄せ

ルカもクッキーを ひとつ摘まむ。


「結界を張る集落までは

車 一台と、ルカくんのバイクで行こう」


ルカのバイクの後ろには、ちょっと嬉しそうな

透樹くんが乗り、車は オレが出すことになった。

集落は、この民宿から

少し山を登った場所にあるらしい。


透樹くんが、スマホのマップを開いて

「ここが集落で、結界の岩は集落を囲むように、周囲に点在している。

道沿いの分は、バイクで回った方が早いが

山の中は 徒歩で行くことになる」と

説明を始める。


結界を張る ってことだが

この場合は、岩に縄を掛けて

集落の内と 外を区切るだけだ。


ルカと透樹くんが道路沿い

オレと榊、朋樹とジェイドが 二手に分かれて

山の中の岩に縄を掛けることになった。


「お兄ちゃんも行くの?」と

おばさんが ジェイドに言っている。


ジェイドが頷くと

「余所者どころか、外人さんだからねぇ。

ずいぶん見られると思うよ」と

心配そうに続けた。


「そうだなぁ... 俺でも見られるくらいだからな」


透樹くんも言うが、それが 何で不安要素なのか

オレにはイマイチわからない。


「ああ、なんか閉鎖的なとこなんだな」


朋樹は予測がついたようにグラスの茶を飲んだが

ルカは

「別にさぁ、今日 一日のことなんだし

ジェイドが つい目につくのは、この辺に限ったことじゃねーじゃん。

コンビニとかでも チラチラ見られたりしてるぜ」と、オレと同印象のようだった。


「僕は気にならないし、早めに行こうか。

縄を張る岩の範囲は、結構 広そうだ」


ジェイドも 大して気にせず、席を立つ。


「気をつけるんだよ」と

おばさんに見送られ、民宿を出た。




********




「まず、集落の人に挨拶してくるから

お前たちは、この辺にいてくれ」


民宿から集落は、そんなに離れていない。

山を ちょっと登った辺りだ。

車は、寂れた神社の下の隣にある 空き地に入れた。


この神社より先が集落になっているようで

道沿いにも ポツンポツンと民家がある。


神社の鳥居は、石段の先の 家 二階分くらいの高さにあって、石造りの古そうなやつだ。


「ちょっと見てくるかな」


朋樹が 石段を登って行き、榊と オレもついて行く。石段は幅が狭くて、傾斜が急だった。


「この神社も、集落と外とを区切る

結界のひとつのようじゃのう」


鳥居は小さめで古く、鳥居の先には

小さい広場に社がポツンと ひとつあった。


「何もないな。祭神もわからんぜ。

ここに神が降りたことあんのかな?」


朋樹が 社の中を覗く。

朋樹に祭神がわからんのは めずらしいな。


オレも覗いてみたが

社の中には、依代よりしろとなる丸い鏡しかない。


「これは、星神ではないか?」


榊が社を見つめて言う。


「星神?」


「ふむ、夕星よ」と、榊が言うと

「えっ、めずらしいな。天津甕星あまつみかぼしか」と

朋樹が 軽く驚いている。


サッパリだぜ。って顔のオレに

「金星の神だよ。悪神と言われてる。

日本書紀にしか出てこないけどな」と

朋樹が言う。


「陰陽では、金星... 太白星たいはくせいは凶兆だが

陰陽の神、八将神の中の 大将軍という

太白星の精でもある。

オレにも、金星が見える時にしか使えねぇし

ちょっと難しい精だ」


君主が力を失うとかなんとか とも付け加えるが、オレの中では

金星、明けの明星は ルシファーだ... という

図式がある。

更に、弘法大師が覚った時に 口の中に入った星だ。


それを言ってみると

「ああ。けど、明けの明星 ってのは

ネブカドネザル二世のこととも、キリストのこととも 言われてるようだぜ」と答えた。


へぇ... 国や神話によっても違うけど

同じ宗教の中でも、扱いが いろいろなんだな。

金星自体 目立つ星だし、どこからも注目されるようだが。


今は、明けの明星が見えるんだったか

宵の明星だったか...

深夜には見えないんだったよな。


しかも、公転周期より 自転周期が長い。

一年より 一日の方が長い ってことだ。


地球とサイズは似ているが、公転と自転の向きは

地球や他の惑星とは逆だという珍しい星でもある。


「天津甕星が祭神の神社も もちろんあるが

こんなとこにもあるとはな。

土地には何も縁はないと思うが... 」


「泰河ー!」と

階段の下から ルカが呼ぶ声がする。


「透樹くんが戻って来たみたいだぜ」


「行くか」


社に手を合わせ、階段に振り向く時に

何か 声がした気がした。


「泰河、行くぞ」

「如何した?」


こいつらに聞こえてないってことは

気のせいか...


「いや、何も」


鳥居を越える前に振り向いたが、ただ 古びた社があるだけだ。

まあ、いいか... と、急な石段を降りた。

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