32


「よし、説明してもらうぜ!」


軽い食事の後、マシュマロと生クリームがのった甘いコーヒー飲み干して

ジーパンからコインを、テーブルに

バチッと 音を立てて置く。


長い牙の間に、カップを運ぶ ボティスは

オレの怒りも どこ吹く風 って感じだ。


カップを口から離すと

「やろうぜ と 言ったのは朋樹だ」と

テーブルのチョコをつまむ。


朋樹に眼を向けると

「いや、おまえ以外は知ってた っていうか...

なぁ?」と、泰河を見る。


「泰河までかよ?!」


「いや、オレは

おまえらが森で倒れるまでは知らんかったぜ。

策を知ってすぐに、人形ひとがた取られて

保管庫に連行されたしさ」


オレがけ者にされたこの策は

広間に アリエルの幻影が現れてから

練られたものらしかった。


「“式が済み次第”と、ハティは言っていたんだが。

ダンタリオンは、軍ごと壊滅させる気だったからな。大掛かりになる。

だが、どうせ猟犬を呼んだ。

式の最中に、猟犬が乱入しても困るだろ?

すっきりして、晴々と式を迎えた方がいい。

誰にとってもな」


まあ そうだけどさ...


アリエルの幻影が出た後、ジェイドは城の人たちと教会で祈り、マルコシアスの魔女の契約書に

署名させていた。

広間に戻って、マルコシアスに渡していた

大量の皮紙が それらしい。


城壁の外の森に、式鬼を仕掛けに行ったのは

ダンタリオンを呼び出し、ボティスが裏切ったとオレに見せるためだった。

ダンタリオンが オレの思考を読むことで

ボティスの行動に信憑性が出る。


結界が張れる朋樹より、操りやすいオレを選んでダンタリオンは操った。


「そうなることは踏んでいた。

俺の配下を使って、ダンタリオンの配下の者に

伝言をさせた。

“どの書よりも価値のある獣を見つけた” と。

城の近くに呼び出せば、先に猟犬が奴を見つける。

思考は読めても、奴は賢くはない。

あっさりと かかって来た。

霞がかった思考の朋樹より、思考のうるさい

ルカを操ることは目に見えていた」


うるせーし。


「弾いたのは、月詠の元へ飛ばすためだ。

お前が 今、テーブルに突き付けたコインは

前に 俺が渡した物じゃない。

狐のコインだ。

狐の通力だとかいうものが込められているという。

お前を飛ばしてから、榊に相談した。

ルカの思考が読まれんようにして、こっちの考えを送る方法はないか、と。

玄翁げんおうがコインに念を詰めたようだ。

お前が城の寝室で目覚める前に、榊からコインを受け取ったハティが、コインをすり替えた」


ボティスは テーブルにスマホを出した。


「これ... オレのスマホじゃねーか!」


「森で倒れた時に、抜き取った」


スマホで榊さんに相談したのか...


城に戻った猟犬を頼りに

オレと朋樹は発見されて、城に戻された。


「けど、よく朋樹も無事だったよな」


森で、朋樹の首の頸動脈を圧迫して落とした。

あまり時間を置かずに起こさないと、落ちた方は危険だ。


「オレを起こしたのは、オレの式鬼だ。

その時にはもう、ハーゲンティとマルコシアスが近くにいたけどな」


城の寝室に オレを寝せると、ハティは

泰河を保管庫に連れて行き

サファイア... 青白い粉の魔法円で 泰河を隠した。


「合図するまで出るな、って言われてさ。

見張りの悪魔が 二人 付いたしよ。

魔法円が消えて、城から出たら

わじゃわじゃ炭みたいな黒いヤツらがいるし」


アシルとべランジェって悪魔は、泰河の見張りだったのか。

ふたりがいなきゃ、泰河は退屈で抜け出すか

保管庫の物 いろいろ触っただろうし、賢明だよな。


「あとは、見た通りだ。

お前が なかなかコインに気付かないのは

まいったけどな」


狐の通力を使うには、持っているオレが

それに意識を向けることが必要になるらしい。

コインを熱したのは、ボティスのようだ。


「まあ、いいじゃないか。

僕が撃たれて、丸く収まったんだし。

僕は栄光の座を 垣間 見たけどね」


ジェイドの額の、逆さの十字は

ピストルで撃たれて消えた。


「おまえ 何だよ。憑かれやがって」


オレが言うと、朋樹も控え目に同意する。


「天使が出てきたのは誤算だった。

まさか、ジェイドに憑くとは... 」


何かの気配を感じ、教会を振り向くと

球体がアリエルの頭上にあったらしい。


「“僕は あなた方のしもべだ” と、受け入れたんだ。

“アリエルの魂を奪う罪は僕が... ” ってね。

手段を選ぶ時間はなかった。

あの場で アリエルを取られるより、身体に天使を封じてしまう方がいい と 思ったんだ」


「だが、もう それはやるなよ」と

ボティスが赤い眼で ジェイドを見る。


「下級の者で、堕天しかけていたから

影響がなかっただけだ。お前は精神力も強い。

天使に憑依されると、抜けた後に 狂うか

廃人同様となる」


うわ、怖ぇ...

なんともなくて良かったぜ。


「僕に憑いた、あのアズリエルって天使は

抜けたんじゃなくて、消滅したけどね」


そうだ。あのピストル。


泰河の背後にいた、黒い影。

“平等” だと 名乗った そいつを

ハティは、死神だと言った。



「天の筆が、ジェイドのなかにいたアズリエルに

印を付けたのだ。

死神は仕事を遂行しに来た。魂の消滅だ」


明るいハスキーな声が言う。


人々と話していたシェムハザが、オレらの

テーブルへ回って来た。

ディルが、オレのカップに

コーヒーの おかわりを注いでくれる。


「言っただろう? 使いこなせと。

十分な仕上がりだ」


えー... 自分が育てた みたいに言うけどさぁ。


「国旗が出ることしか知らなかっただろ、絶対」

泰河が ピストルをシェムハザに向ける。


シェムハザは笑って

「そう。旗ではなく、実際に死神が出たのは初めてだ」と、人指し指の先で 銃口を塞いだ。


「だが、昔 死神にもらったんだ。本当に。

彼らは 地上に棲んでいる。

俺は、彼らに気に入られているからな。

護身用に持ってはいたが、使うことは 一度もなかった」


「えっ、そんなのオレが もらっていいのかよ?」と 泰河が焦るけど


「お前は 死神に認められた。護身用に持て。

旗は俺が付けた。大切にしろ」と

シェムハザは テーブルのチョコをつまんで

他のテーブルに向かう。


「またアリエルが救われたな。感謝する。

何か困った時は、俺を呼べ」と 言って。



歩いて行くシェムハザを 何の気なしに見ていると

広間の窓のひとつ、だいぶ上の方の端に

真横に頭が半分出ている。眼から上だけ。


マダム・シェリーだ。


城壁限定じゃないんだ...

じゃあ いつも、城の壁にすればいいのに。


おかわりのコーヒーが入ったカップ持って

マダムのとこまで行ってみる。


また、ちょっと外灯が届かないような

目立たない暗い場所選んで 張り付いてるよなぁ。


「よう、マダム」


マダム・シェリーは

窓の外から オレを見下ろしている。


『今夜は大変だったわね』


お 早めに喋った。

もっと黙ってる時間が長いかと思ったぜ。


「うん。オレだけ 作戦 知らなかったしさぁ。

まあ、うまくいったからいいけど。

マダムは、城壁じゃなくても大丈夫なんだね。

いつもこうやって、城の壁にいたらいいじゃん」


マダムは、じっとオレを見下ろし

10秒くらい黙ってたけど

『... あの人が、城壁は物騒だから

城の敷地内にいるように言ったの』と

こそこそ話のように小声で言う。


オレは、口元が笑いそうになって

まだ熱いコーヒーを飲んでごまかした。

嬉しかったんだな、マダム。


「オレも その方がいいと思うぜ。

テラスなんか、いいんじゃないかな?

前庭も、その先の丘も見えるしさぁ」


『でも それだと、シェムハザ様ご夫妻や

あの人の私室に近いわ』


「いいじゃん、その方が。

城に何か迫ったら、すぐに教えられるし。

ディルに相談してみたら?

“ルカが こんなこと言うんだけど” って。

オレ、城のこと よくわかんないし。

ディルなら、城に詳しいだろ?」


マダムは、オレを見下ろしたまま無言だ。

仕方なくカップのコーヒーを飲み干し

「おかわり もらおーかな」と

なるべく さりげなく呟いて、マダムに手を振り

「ディルー、コーヒーちょうだい」と

ディルが立っている方へ向かう。


「マダムがさぁ、急に敷地に入って落ち着かないみたいなんだ。

オレは、テラスを勧めたんだけど

相談に乗ってあげてくんない?」


「テラスですか。それは よろしいですね。

アリエル様が、花の鉢を置いて 育てたいようなのですが、シェリーは花に詳しいのです。

私が シェリーに話してみます」


うん。なかなか うまくいった。



テーブルに戻ると、また 一度 地界に帰っていた

ハティが戻って来ていた。


「ダンタリオンを、軍ごと壊滅させたと

皇帝に報告に行っていた」


指揮官クラスのヤツや軍を潰すと

さすがに報告しとかなければならないらしい。

バレてから言うより、先に言っちまった方がいいもんな。


「皇帝は、興味を示されなかった」


どうでもいいのか...


「あ、そうだ。ジェイド、おまえ

こうやって、何人かの悪魔がいる時

一人を限定して祓えるのか?」


朋樹が、ジェイドに聞くと

「名を告げれば、一応はね。

でも契約解除とは違うから、他の悪魔にも

多少の影響はあるだろうね」と答えて

朋樹も「名縛りは どこでも基本なんだな」とか

言ってるけど

儀式的なこととか術とかは、聞いても よくわからんのよなー。なんせ めんどくさい。


「そうだ。こいつは策を知っていて

オレの名を言った」


ボティスが ジェイドを指差す。

「ヒヤッとしたぜ。あの場を楽しむ余裕には

恐れ入ったがな」


ジェイドは、穏やかな笑顔を見せ

「こうして同じテーブルについていても

僕は神父だからな。忘れるなよ。

さあ、明日は式だ。今夜は皆、身を清め

朝は式の仕度が済み次第、礼服を着用するように」と、空のカップをテーブルに置いた。

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