31


教会へ駆け、扉の前で眼を細める。

見えない圧力が、全身に のし掛かってきた。


「縛、解せよ」


追い付いた朋樹が前に出て、教会の床に手をつけて言うと、圧力からは解放されたが...


「なんで、人がいるんだ... ?」


教会の中。

中央通路の両脇に並んだ長椅子には

城の人たちが座っていた。


十字架の前には、眩しい白い球体。

ジェイドが見上げている。


前列の椅子に座っていた、アリエルが立ち上がった。

通路を走り、アリエルの手を取る。


「あれは、天使なの?」と聞く アリエルに

「そうだよ」と答えて

扉に向かって手を引いて走るが、通路の途中に

光の人型が現れた。

ジェイドが呼んだ 天の守護精霊だ。


朋樹が飛ばす式鬼札が

光の人型に当たって消滅する。


「守護精霊は、善でも悪でもない。

術は通用しない」


シェムハザが、通路を歩いてくる。


「ジェイドのナイフで、ディルに

魔法円に傷を入れさせ、守護精霊を解放させている。

じきに これも消える」


シェムハザは、光の人型の前に立った。


でも、ジェイドが呼んだ守護精霊が

なんで... ?


「ジェイド... 」


朋樹が、オレの背後を見て呟く。


振り向くと、十字架の前の

光の球体が消えていた。


ジェイドが、十字架の下で オレを振り向く。


「アリエルを渡せ」と、その唇が動いた。


憑依、か?


天使が 人に?


「ダンタリオンは使えなかった。

地の者というものは、何故目先にばかり捕らわれる?

36もの軍を持つ者すら、簡単に惑い堕ちる」


こいつ、ダンタリオンを使っていた

ウリエルの配下の 下級天使か...


長椅子に座っていた人々が 立ち上がろうとするのを、シェムハザが止める。


「天使は、人には手を出さない。

じっとしていれば大丈夫だ」


でも、手を出さないって言ったって

人間のアリエルを狙ってるじゃねーか...


ジェイドが、アリエルに眼を向けて

通路を進んで来る。


いや...


そうか ジェイドに やらせる気か。

そのために憑依したのか...


アリエルの前に立って、ジェイドと向き合う。


アッシュブロンドの髪の下の

薄い色のブラウンの眼を見て、違う とわかる。

これは ジェイドじゃない。


「ジェイド。そいつを追い出せよ」


背後から朋樹の大祓詞が聞こえるが

天使には効かないようだ。


「アリエルを渡せ。

無駄に人間を傷つける気はない」


背後の明るさが消えた。

守護精霊が解放され、光の人型がいなくなった。


「ごめん!」


背後にいるアリエルを 力一杯押すと

シェムハザが抱き止め、教会の外へ連れ出した。

よかった。怪我はしてない。


「そこを退け」


ジェイドに憑いた天使が言う。


「ジェイド、聞け。

こんなヤツ天使じゃない。追い出... 」


首を掴まれ、足が宙に浮いたかと思うと

そのまま放り投げられ

朋樹を巻き込んで 教会の外に転がり出た。


「朋樹! おい... 」


泰河が、朋樹を支えて起こすが

朋樹は気を失ってしまったようで

名を呼ぶ声に、返事をしない。


くらくらする頭を振って

半分、身を起こす。


ジェイドが、教会から出て来る。

人間に憑依すれば、教会から出れるようだ。


いや... この城壁内では

天使は、教会を覗けるだけじゃなかったのか?


天使の対策もされてるのに、なんで

降りて来れたんだ?

あれは もう、天使じゃないのか?


「禁を犯せば、天使とは見なされなくなる。

人間に憑依することも禁のひとつだが

あの者は、すでに前にも

人間の魂を 悪魔から受け取っているようだ」


人型に戻ったマルコシアスが言う。

教会に向いて、「人々を眠らせる」と

呪文を唱え出した。


「アリエルは城か?」


ジェイドが城に足を向ける。

城の前には、ハティとボティスが控えているが、ジェイドは人間だ。


何か 出来るのか?


「ジェイド、止まれ」


立ち上がり、ジェイドの腕を掴んで引き止める。

地の精霊を呼んで、足を拘束した。


ジェイドの眼が オレに向く。


教会の近くから「行け!」と マルコシアスの声がすると、教会から灰色の狼たちが次々と駆け出し、ジェイドとオレを囲む。


教会にいた人たちだ。

マルコシアスと契約していたのか...


「これ以上 禁を犯せば、堕天では済まなくなる。

神のいかずちに射たれ消滅するだろう。

ジェイドを放して 天に戻り、審判が下るのを待て」


ジェイドは、マルコシアスの言葉に

一度 振り向いたが

腕を掴むオレを引き寄せると また首を掴んだ。


「いいや。人を殺すのは 人だ。いつもな。

アリエルを殺すのも、この祓魔師だ。

時に 天の父も怒り、大虐殺を果たすが... 」


ジェイドの中のヤツが、ジェイドの顔で笑う。


「狼たちよ、ジェイドを... 」


マルコシアスが言い掛けると

ジェイドは、オレの首を掴む手に力を込めた。


「やめろ、マルコシアス。

邪魔をすれば、こいつの首を砕く」


ジェイド 追い出せ、そいつを


強く首を掴まれ、声が出ない。


「ルカ!」

ハティの呼ぶ声と 大きなものが羽ばたく音。


『気を失うな』と、ボティスの声が頭に響く。


目の前では、白い煙が

ジェイドの口の中へ入って行く。琉地...


「何をした?」


ジェイドの手が緩んだ。


一瞬、ジェイドが

ジェイドの眼で オレを見る。


アッシュブロンドの髪のすき間に 何かが見える。

泰河に見た模様を彷彿とする。


筆を取り出して、ジェイドの額のそれをなぞった。逆さの十字架だ。


首から、ジェイドの手が離れると

漆黒の翼の音を立てるハティが、オレの首根っこを掴んで飛び立ち、狼の輪の外にオレを出した。


ジェイドの口から、白い煙が出て

咳き込むオレの近くで、煙は琉地になる。



 『 俺を見ろ アズリエル 』


誰かの声が場に響き、ジェイドが声の方を向く。


泰河が、左眼を隠して ピストルを構えている。

その背後には 質量を伴った闇がいた。


ピストルを構える泰河の右腕に

背後の闇が絡み付き、指先まで伸びていく。


 『 俺の名は 平等 』


ピストルが渇いた音を立てると

ジェイドの額を貫いた。




********




何かを考える間もなかった。


琉地が駆け出し、狼の輪を飛び越え

ジェイドの胸の上に、ペタっと身を伏せる。


「琉地... 」


琉地が胸から降りると、ジェイドが起き上がった。

狼たちが駆け寄って行き、ジェイドを揉みくちゃにする。


あいつ、起きやがった...


ただ呆然と それを見る。


泰河と朋樹が オレの方に来た。


「何が起こった?

泰河の背後にいた者は、死神だ」


ハティが聞くが、泰河は首を傾げている。


「右眼でなら、ジェイドに憑いたヤツが見えるかと思ってさ。いや、見えなかったんだけど。

ルカが ジェイドの額に、逆十字 書いただろ?

そしたら背中に、さっきのヤツが来て

知らん間に コレ構えてて」


泰河が、ピストルを オレに向ける。

ぼんやりしたままのオレに

「オラ」と引き金を引くが、フランス国旗が

出ただけだった。


「ビビれよ、ルカ。つまんねぇなぁ」


「泰河... おまえ、すごいことするな。

さっきみたいに 弾 出たら、どうすんだよ?」


朋樹が、ピストルを見ながら言う。


「出ねぇよ。さっきの感覚は消えた」と

泰河はジーパンの後ろに、ピストルを差した。


「オレは 妙な気配で目を覚ましたんだけど」と

朋樹が言いながら、オレの前にしゃがむ。


気枯けがれだな。まあ、しばらくすりゃ治る。

おまえ、回復 早そうだしな」


狼たちの向こうでは、琉地の隣に立ち上がった

ジェイドが、マルコシアスの契約を破棄するために、聖母マリアに祈っている。


「めでたし、聖寵充満てるマリア

主 御身と共にまします

御身は女のうちにて祝せられ... 」


灰色の狼たちが消えると、教会から

城の人々が出て来た。


城から、ディルを従えた

シェムハザとアリエルが出て来ると

皆 歓声を上げて、駆け寄って行く。


「広間で お茶にしましょう」


城の前庭から、青い光たちが天に戻って行った。

オーロラのように揺らめきながら。

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