27


「城の裏から回るぜ」


「散々 守護は敷いたがな。ご苦労なことだ」


城壁の裏に回り、森に入っていく朋樹に文句言いながら、ボティスも付いて来る。


城の裏の森は、昼間でも薄暗かった。

朋樹が 時々、木に呪を掛けながら奥へ進む。


「どこまで行くつもりだ?

この先は 川にぶつかる」


一度 ジェイドに電話してみたけど、何も変わりはないようだった。


それにしても

たぶん、城から まっすぐに歩いて

結構な距離を歩いた気がする。

冬なのに汗ばんできた。


「この辺りにしとくか」


朋樹が立ち止まり、式鬼札を 二枚出した。


「ルカ、風に札を乗せてくれ。

城を中心に半円を描くように結界を張る。

邪な者が立ち入れば、式鬼が オレに報せる。

オレは、まっすぐにしか札を飛ばせんからな。

もう半分は、城の表から向こうに歩いて張る」


つまり、円の半径分 歩いた ってことか。


「たぶん 半円じゃなくて、一周出来るぜ」


「いや、半円でいい。

円になると、式鬼二体じゃ範囲が広すぎる」


風を呼び、半円を描くように命じると

風は札を乗せて、両側へ離れて半円を描いていく。


朋樹が呪を唱える間に

「なかなかだ」と、ボティスが

オレの額を弾いた。


「戻ろうぜ。次は 城から向こう側だ」


また城に向かって歩くけど、今度は表側かぁ...


表側は、丘の間に道があるし

今 歩いてる森より 歩きやすいけど

また結構な距離 歩く ってことだよな。


一周分 見張りさせれるくらいに、一度に もっと

式鬼札を飛ばせなかったのか を聞くと

「表側の木に呪をかけていないから、半円内に

式鬼が増えるだけ」になるらしい。


術とか式鬼って、いろいろ決まりが面倒だよなー。


「あんまり数増やしても、使役すんのが大変なんだよ。オレは、一応 術や式鬼が使えるだけで

陰陽師ではないんだぜ」


それが陰陽師じゃなかったら、何が陰陽師なんだよ。とか思ってると


「こいつは占わん。普通は厄を避けるものらしいな。こいつは厄を呼ぼうとしている」と

ボティスが笑う。


「ああ、そうだよ。所詮 邪道... 」


言いながら、朋樹が立ち止まる。


「かかった」


「マジかよ?!」


朋樹が 周囲を見渡す。


「そう遠くない」


ボティスが長い両牙の間に、立てた人差し指を

置く。黙れってことか?


木々の間、背後から 低い唸り声が聞こえる。

あの猟犬だ。


ボティスが振り返り、猟犬の方へ行くのを追う。


木々の間に、黒い尾が見えた。


... いる。


神父のような格好をした そいつは

右手に 古い本を持っている。


青ざめた肌。黒髪が縁取る顔は

次々に、様々な年齢や国籍の男や女の顔になり

まるで 一定しない。


ジーパンからスマホを取り出して

ジェイドを呼び出し

ジェイドが出ると、小声で「声を出すなよ」と

指示して スピーカーにする。

そのまま またジーパンにしまった。


朋樹が、地面に手を置いて呪をかける。

四方から黒いいばらの蔓が伸びて

ダンタリオンの足を捉えた。


だが、棘の蔓は すぐに燃え尽きる。

身を低くしていた猟犬が飛びかかり

ダンタリオンが、地面に背を着いた。


地の精霊を呼び

ダンタリオンの四肢を拘束する。


朋樹が 式鬼札を飛ばそうとするのを

ボティスが手で制した。


「ダンタリオン、無様だな」


ボティスが 更に ダンタリオンに近づく。


「ボティス...  これは... 」


男や女、大人や子供の様々な声が 幾重にも重なっている。ざわざわと背の毛が逆立つような

不自然な響きだ。


「お前を拘束してるのは人間だよ。

胸の上にいる そいつは

見ての通り、地界から呼んだ猟犬だけどな」


「ボティス... 」


「黙れ、ダンタリオン。

お前が 黙って話を聞くなら、その猟犬を

どけてやってもいいんだぜ。

猟犬を呼び出したのは シェムハザだが

中身は、ハーゲンティが与えた。

ここに ハーゲンティの印を額に持つ者がいる。

こいつが命じれば、猟犬は下がる」


「ボティス、頼む... 」


「まだだ」


ボティスが開いた手のひらを上に向けると

地面から鎖が這い出てきて、ダンタリオンの身体を拘束する。


「ルカ、精霊を引け」と言われ

地の精に、ダンタリオンの四肢を解放させた。


「お前の大事な本が 焦げ付いてきたじゃないか

ダンタリオン。

だが本を胸から外せば、猟犬の酸で 胸に穴が空く。まったく痛ましいな。

お前も俺も、一部 同じ能力を持つ。

故に、互いに思考を閉じれば

読むことは不可能だ。

わかってるよな? 質問にだけ答えろ」


読めるやつは、思考を閉じれるのか...


ボティスも ダンタリオンも他人の考えが読める。

ボティスは、過去、現在、未来と 三世も見え

ダンタリオンは 思考を操ることが可能だ。


思考を閉じる、ってことは

ボティスなら、ダンタリオンに操作されない と

いうことだろうか?


「さて、質問を始めよう。

アリエルのことを誰に聞いた? 城の人間か?

また 魂を狙うのは何のためだ?

簡潔に答えろ」


「... 天の者に聞いた。

城の人間にも確認はしたが。あれは上物の魂だ。

シェムハザの奴も気にいらん」


「天の者? 誰だ?」


獣が唸る度に、本から煙が上がる。

ダンタリオンは 鎖と身の間で指を動かし

本を、自分の手の甲で庇ったが

その青ざめた手から煙が上がると

「グッ」と呻いた。


「答えろよ ダンタリオン。天の者とは誰だ?」


「ウリエルの使いだ! 下級の天使だよ!

ボティス! こいつを... 」


ボティスは、ダンタリオンを無表情で見下ろす。


「他に 誰がいる?

人間を魔女にして狼を送り込んだのは、お前か?

幻影は もちろん、お前だよな?」


「私ひとりだ! 天の者にくみするなど

皇帝に知られたら どうなるか... 」


「ウリエルは、“あれ” を起こす気か?」


「そうだ! だが 魂が足りん!

アリエルの魂も、差し出すことになっている!」


サリエルの半身、天にいるウリエルに

使われてるってことか...


「36もの軍を持つ お前が

天の者の犬に 成り下がろうとは」


ボティスが蔑むと、ダンタリオンは

目まぐるしく変わる どの顔でも ボティスを睨む。


「私には、天の軍が与えられる」


「馬鹿なのか、お前は」


ボティスは吐き棄てるように言った。


「天が、お前に軍を与える だと?

本気で信じているのか? お目出度い奴だ。

お前は単なる、魂の調達員なんだよ。

面倒になれば 簡単に消滅させられる」


「ボティス! いいかげんにしろ!」


ダンタリオンが、幾重もの声で叫ぶ。


「私を ここに呼び出したのは お前だろ!

犬を退けろ!」


は... ?


呼び出した って、何のことだ?

ボティスが ここに呼んだ のか?


でも、“利がなきゃ来ない” って...


「ルカ... 離せ」


ごく近くからの 朋樹の声に気づく。


オレは、いつの間にか

朋樹の背後から、首に片腕を巻き付けていた。


絞め落とさなければならない


でも、なんで... ?


「天の者などの言いなりになる必要はない。

ダンタリオン、俺につけ」


ボティスの言葉が、頭の中を通り過ぎて行く。

意味が よく入ってこない。


「... ルカ」


朋樹が オレの腕を掴むが、腕の力を緩める気にはならない。


猟犬を退かさなければ

いや、違う 違うはずなのに


ダメだ あらがわないと...  なんとか...


「... 退け」


勝手に発した 自分の声を聞く。

猟犬が、ダンタリオンの胸から降りて消えた。


ボティスが、手のひらを下にして 下げると

ダンタリオンに巻き付いていた黒い鎖が解かれて、鎖は地に沈む。


「本当に見つけたのか?」


身を起こす ダンタリオンが

耳障りな幾重もの声で、ボティスに聞く。

その声に「落とせ」と命じられ

朋樹の首に巻いた腕に力を込める。


朋樹の身体が、脱力して地面に落ちた。


「ああ。城にいる。

こいつのように、ハーゲンティの印が額に付いている。

うまく使えば、天の者との立場も逆転するだろう。

いずれ全てが、この手中に収まる。

今 シェムハザは、お前が出した幻影で心を乱している。好機だ」


ハティの印って 泰河のこと... ?


「ダンタリオン、もういい」


突然、頭の中がクリアになった。

ボティスが無表情に オレを見る。


「ボティス... 」


なあ なんでだよ


「言っただろ? 誘惑には弱いって。

じゃあな、ルカ」


ボティスが、何か呪文を唱え

指を弾く動作をすると

額に 一瞬の衝撃を感じて、闇に落ちた。

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