28


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「... ろ おい、ガキ」


眼を開くと、オレを見下ろしている

でかいヤツの影が見えた。


草原に転がっている。


上半身を起こすと

「よし、目覚めたな」と、そいつが言う。


耳に翡翠のピアス。

はだけた胸元には、細い幾重かの翡翠の数珠。


「ツキィ! 榊を呼べ!」


スサノオだ。声もでかい。


草原を凪いだ風が洗う。

遠くには、碧白い星々の河。


ここは スクリーンで見た...


「えっ! オレ 死んだの?!」


スサノオは オレのコートの首根っこを掴んで

ぐいっと上に持ち上げるし、イヤでも立ち上がる。


風もないのに、ショートヘアの黒い髪の毛先がなびく。

トゲトゲした感じの眼で オレを見て

「まだ間に合うが、長くいれば死ぬ。

すぐに戻れ」とか 言うけど

戻れ って 言われてもなぁ...


河の方から、月詠と おかっぱの女の子、

紅い着物に金の帯を巻いた榊さんが歩いて来る。

教会で見たように 髪を結い上げて、六本の簪を

挿して。首には紅いラインが巻いている。


「異国の者共は、遠慮というものを

知らんようだな。

こちらの手間も考えず、送った者を

また戻せとは... 」


白い袖の中で腕を組んだ月詠が

オレに呆れた眼を向ける。


「でも、月詠様。

この人が悪いんじゃないんでしょ?」


おかっぱの子が 小さく首を傾げると

「まあ、そうだ」と、月詠は 軽いため息をつき

「榊」と、榊さんに眼をやった。


現世うつしよ。身体のある場所へ」


「御意」


榊さんが、右手を肩の位置まで上げると

草原に扉が出現した。


「行け。扉を開けて戻れ」


「あ、うん。よくわかんないけど、ありがとう」


月詠に言われて、扉を開ける。


「...古銭こせんを調べるが良い」


扉に入る時に、榊さんが言う。


扉の向こうには ハティがいた。




********




「... カ。起きろルカ」


ベージュの壁紙に、壁掛けのランプ。

するするとした肌触りのシーツの上で

目を覚ました。


「ハティ」


城の寝室だ。ハティが ベッドの隣に立っている。


「戻ったな。狭間と違い、時間の誤差がない」


... そうだ。何か額に 衝撃があって


はっとして「朋樹は?」と聞くと

「無事だ。広間にいる」ってことで

ひとまずホッとした。


オレが意識を失ったのは

ボティスに 額を弾かれたせいのようで

現世ではない場所に送られるらしい。


「ジェイドの小型機器を呼び出していたな。

森での話は全て聞いていた」


小型機器って、スマホか。


ハティとマルコシアスが森へ着いた時には

もう、ボティスとダンタリオンは

消えていたという。


地面に倒れていた オレと朋樹を

城に連れ帰って来たらしい。


「ボティスは、なんで... 」


ハティは答えない。

漆黒の髪の間に見える 髪と同じ色の眼で

何もない壁を見つめている。


わからないよな。裏切るなんて思わなかった。


「アリエルは?」と聞くと

壁から オレに視線を移し

「無事だ。教会で祈っている」と答えた。


教会?


「主寝室の方が安全なんじゃねぇの?

シェムハザとアリエルしか入れないんだろ」


「ボティスは以前、ラジエルの書を読んでいる。

主寝室の守護の解き方も知っている」


マジかよ...


「それだけではない」と ハティが続ける。


「今回 敷いた、この城の全ての

守護や仕掛けもだ」


そうだ ボティスは 全部を知ってる。


城壁の外に魔法円を敷いた時も 一緒にいたし

ジェイドが術を書き写す間も、ずっと傍にいた。


「広間に行く」と

ハティが ベッドの脇から消える。

ベッドから降りて、オレも寝室を出た。




********




「朋樹、大丈夫だったか? 悪ぃ、オレ... 」


「ああ、気にするな。大丈夫だ。

ダンタリオンに幻惑されてただろ」


朋樹は平気だったのか を 聞くと

結界で思考に侵入されるのを防げるらしい。


広間には、朋樹と泰河、マルコシアスとディル

他の悪魔が 二人と、ハティがいた。


「ジェイドは?」


「教会だ。アリエルとシェムハザも」


いつも たくさんの人がいる広間は

やけにガランとして見える。

アリエルがいないから

そう見えるのかもしれないけど。


「城の裏は、まだ朋樹の式鬼とやらが有効だ。

アシルとべランジェは保管庫を護れ。

マルコシアスは教会の前。ディルは城門前。

泰河とルカ、朋樹は、我と共に城の前だ」


ハティが指示を出す。

悪魔たちは椅子を立つと、配置に向かうために

その場から消えた。


「行くぞ。ボティスは近くにいる。

仕掛けて来る気だ」


ハティが椅子を立ち、広間のドアに向かう。

オレらも それに従った。



広間のドアを開けると、玄関ホールは

たくさんの人で埋め尽くされていた。幻影だ。


オレの父さんや母さん、妹のリンも何人もいる。

ジェイドの両親やヒスイ、朋樹の弟も。


「放っておけ。幻影は何も為さん」


ハティは、かまわずホールを進む。

泰河も、ハティの後を追うが

朋樹が立ち止まった。


「わかってるよな、ルカ」


オレが頷くと、朋樹が 片手に持った式鬼札に片手の指を置き、ふうっと長く吹く。


式鬼札から、炎の蝶たちが飛び

ホールに拡がった。


蝶が 幻影の肩にとまると、風を呼んで巻かせる。


「目障りなんだよ。

掛けまくも畏き伊邪那岐の大神

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に... 」


幻影は次々と、土人形になって崩れていく。


確かに幻影は、惑わすだけで

何かを仕掛けてくる訳じゃない。

他に何かがある場合、優先して対処するのは

その何かの方だ。


しかし、動揺させるためだろうけど

汚ぇ手 使いやがるよな...


城から出ると、もう辺りは暗い。


前庭の外灯の下

こっちに背を向けて立つハティと泰河の前に

狼たちが迫る。


教会の扉をマルコシアスが開けると

ジェイドが扉の前に立ち

「ダンタリオン、契約は無に帰す」と

天使祝詞を詠唱し始めた。


「めでたし、聖寵充満てるマリア

主 御身と共にまします

御身は女のうちにて祝せられ

御胎内の御子 ジェズも祝せれ給う... 」


八頭いた狼たちは、一度に消えたが

城門からディルが吹き飛び、城の前庭に転がった。


「よう、ハティ」


ボティスだ。隣には ダンタリオンもいる。

こいつ 本当に裏切りやがったのか...


「魔法円の守護精霊には お帰り頂いたぜ、ジェイド。

アリエルと、そいつをもらおう」


ボティスの眼は、泰河に向いている。


そうか...  森で泰河の話をしていた。

原初で終の獣。その血を手に入れる気だ。


「そうだ、ルカ。弾いても変わらんな。

相変わらず うるさい思考をしている」


くそ。ペラペラ ひとりで喋りやがって。


ディルが、上半身を腕で支えて起こしたが

また立ち上がれないようだ。


「ボティス、あれは... 」


教会に眼を向けるダンタリオンが

幾重もの声で聞く。


「ああ、祓魔師だ。

だが教会には、シェムハザがいる。

ハティに マルコシアス、ディル。

これだけ悪魔がいて、祓魔の儀式など出来るものか」


せせら笑うボティスに、ジェイドが

「だが 僕は腕がいい」と、口元で笑って返す。


「さっきのように、特定の者だけを祓うことが

出来る。天に名を告げることでね。

試してみるか? ボティス。

主 ジェズ・クリストの名のもと

汝、ボティスに告ぐ... 」


ジェイドの詠唱が始まると、ディルが黒柄のナイフを胸元から取り出し、地面を突いた。

ボティスと ダンタリオンが立ち止まる。


「発動しろ」と、ハティが言うと

朋樹が しゃがみ、地に右手を付け 呪を唱える。


朋樹の手の先から、地面の黒柄のナイフに向かって、炎が走っていく。


ナイフまで辿りついた炎は

ボティスとダンタリオンを中心にして 円を描き、ジェイドが ラテン語の呪文を唱えると

炎の円の中に、新たに 二重円が描かれていく。


魔法円だ。二重の円の内側には 三角形が描かれ

その中に 逆向きの三角形が描かれた。


周囲に文字が浮き出ると、ボティスが舌打ちをする。


「天使の召喚円だ。ダンタリオン、軍を呼べ。

炎を消さねば、円から出れん」と

ボティスが指笛を吹き、自分の軍を呼んだ。


たちまち、空が黒雲に覆われ出す。


ダンタリオンが本を開き、呪文を唱え出すと

かち かち という、時計の秒針のような音が どこからか聞こえ出した。


地面の下だ。


地の下の、いたるところから音が響く。

秒針の音が重なり、地が揺れると

城門の前の地面に ぽっかりとした大穴が開き

ざわざわと悪魔が這い出して来る。


泰河が歩き出した。

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