26


「とにかく許さんぜ、あいつ」


その夜は 狼も出ず、何事もなく朝になった。


昼まで仮眠して、昼食を取り

冬の日差しの下に出ると

気分は 昨日より落ち着いて、少し散歩して

城に戻る。


あれは、イヤな夢だった。

そう考えることにする。


朋樹も、昨日よりは落ち着いてたけど

ダンタリオンを召喚する と 言い出した。


「その方が早いだろ。相手が 何か仕掛けてくるまで、待ってる必要があるのか?」


明日に控えた式の準備で

ますます慌ただしくなった城や教会には

たくさんの人が出入りしている。


ジェイドと泰河は、広間でアリエルといる。

オレと朋樹は、保管庫で

ハティやボティスに話しているところだ。


「もう攻撃されてるしな。

不正な契約で魔女にして、城に狼送り込んだりしてんだろ? 幻影まで送り込みやがって。

召喚して ジェイドが祓えばいい」


「召喚の場合は祓えん。召喚は 使役や契約のためのものだ。契約を交わさなかった場合は

ただ解放することになる」


腕組みして言うハティに、朋樹が

「じゃあ、どこかに呼び出せよ」と言うが

「利もないのに来る訳ないだろ」と

ボティスが鼻で笑った。


「目的を取り違えるなよ。アリエルを護ることだろ。明日の夜まで持ちこたえればいい。

事を大きくするな」


そう。わかってるんだけどな。


でも、もし あれが また出たら

そう思うと...


朋樹が、苛立たしげに ため息をつく。


「朋樹。らしくないな。

冷静さがウリだろ。悪くないけどな」


ボティスが絡むと、朋樹が無言で式鬼しきを飛ばす。

蝶の形になったそれは、ボティスの前で

小さな花火のように弾けて

ライトブラウンの髪を 少し焦がした。


「怒るなよ。式が済んだら

奴を捜すのを 手伝わんでもない」


ボティスが言う間に

シェムハザが 保管庫のドアを開けて入って来た。


「いいや、すぐ捜す」


シェムハザは いつもと違い、眉間に強くシワを寄せ、グリーンの眼が蔭って見えるほど

険しい顔をしていた。


「アリエルの幻影が出た」


「今か?」


シェムハザは、質問したハティに その眼を向け

「広間にだ。すぐにアリエルの眼は塞いだが

動揺している。他の者もだ」と

ガラス棚のドアを開き、モンスターフィギュアの隣から、あの獣の頭骨を取り出した。


アリエルまで出しやがったのか...


「ジェイドは、俺や マルコシアスがいたせいで、影響を気にして祓えなかったが

泰河が、幻影の額に手を置いた」


幻影は、頭を弾けさせて

土人形になって 崩れて消えたらしい。


「アリエルは?」


「今は 応接間にいる。

マルコシアスや ジェイドが 一緒だ」


いや、今は

シェムハザが 一緒にいた方がいいんじゃないか?


シェムハザは、棚から古い短剣を取ると

「地界から猟犬を呼ぶ」と、保管庫を出た。

ハティが無言で後に続く。


「猟犬?」


シェムハザを見つめていた ボティスに聞くと

その猟犬で、ダンタリオンを追うらしいが

制御が むずかしいヤツのようだ。


「いいのか? 他に人もいるんだぜ」


朋樹が聞くと、ボティスは

「式の準備は休止させて、教会に集めておけ」と

さっきまでとは違う顔つきで言う。


「アリエルの幻影は

明日のドレスを着ていたようだ」




********




城壁から出て、丘の向こうの

何もない原まで歩く。

魔女狩りにあった人たちの埋葬場所だ。


赤い粉の小瓶を持ったシェムハザが、蓋を開けて息を吹くと、草もない土の上に魔法円が出来る。


シェムハザが、古いナイフの刃を握り

獣の頭骨に血を垂らして、魔法円の中央に置く。


知らない言葉で シェムハザが呪文を詠唱するのを

一緒に ここに来た ハティと泰河と見守っている。


魔法円の中央の地面が割れ、赤い液体が じくじくと染み出すと、獣の頭骨を取り巻いていく。


頭骨から首や背、尾や四肢の骨格が伸び

筋肉や血管が覆うと、黒い毛皮に包まれた。


まぶたは縫い付けられている。

地面が しゅうしゅうと小さな音を立てる。


黒い獣は、魔法円の中で酸の涎を滴しながら

低い唸りをあげた。


「シアン ド シャッス、お前を使役する」


シェムハザが、黒い獣の まぶたに血を垂らすと

縫い付けられた眼が開く。

獣は、赤い眼で シェムハザを見た。


「泰河、手の匂いを嗅がせろ。

ダンタリオンの幻影に触れたのは、お前だけだ」


泰河が 怖ず怖ずと近づき、右手を差し出すと

黒い獣は、唸り声を高くして後退する。


泰河を警戒しているようだ。


「嗅げ。お前の獲物だ」


泰河が しゃがむと、黒い獣は 地面に酸を滴しながら、ようやく手の匂いを嗅いだ。


「シアン」


ハティが、黒い獣の額に 人差し指を付ける。


「中身を与えよう」


ぶつぶつと呪文を唱えると、黒い獣の胸や腹に

内蔵が造られていくのが透けて見えた。


シェムハザが息を吹くと、魔法円が消える。


「行け」


黒い獣は姿を消した。




********




教会に帰ると、ボティスが朋樹と話していて

ジェイドは、城にいた人を教会に集め

不安を宥めているようだ。


アリエルは、ディルやマルコシアスと 一緒に

まだ広間にいた。


「アリエル」


シェムハザが、アリエルの背に手を置く。


「すまない。怖い思いをさせた」


アリエルは、シェムハザを見上げ

「怖くないわ」と答えた。


「あの悪魔も、あなたも。

私は あなたの妻になる。お茶にしましょう」


アリエルは、いつものように

城のキッチンへ向かう。


教会にいた人達が、ジェイドと広間に入ってきた。

教会でジェイドと祈ったからなのか

思ったよりも皆、落ち着いているように見える。


いつものように、それぞれテーブルに着いて

談笑している。


「式の仕度は 後少しのようで

残りは、明日の朝からやるそうだ」


ジェイドが大量の皮紙を、近づいてきた

マルコシアスに渡しながら言った。


「みんな、落ち着いてるよな。

アリエルの幻影を見た人もいるんだろ?」


オレが聞くと、泰河が

「驚いちゃいたんだけどさ、オレより落ち着いて見えたぜ。信仰があるせいなのかもな」と

広間の人々を見渡しながら言う。


「それだけじゃない。城に携わる人達は

シェムハザやアリエルに 絶対の信頼を置いている。ふたりがいれば、彼らは恐れない」


すげぇな...

本当に 王と王妃みたいだ。


アリエルが、サービスワゴンを押すディルと

広間に入ると

いっそう広間の空気が穏やかになった。


「レーヌ」「マダム・アリエル」と

あちこちに笑顔が見える。


紅茶やマドレーヌを テーブルに配りながら

アリエルも笑顔で話していた。


「あなたたちは、紅茶より

コーヒーの方が好きだと思って... 」


アリエルが オレらのテーブルにマドレーヌの大皿を置くと、ディルが コーヒーのカップを配った。


「ありがと、嬉しいよ」

「本当に 気が利くなぁ」


礼を言うと、アリエルは取り皿を配りながら

嬉しそうに笑う。


「ルカ」


アリエルは、オレの隣にしゃがんで

オレを見上げた。


「あなたが、妹さんの幻影を見たと聞いたわ」


「ああ... うん。もう大丈夫だよ」


アリエルの気遣う眼を見ていると、気恥ずかしくなる。逆だよな、普通。


「あのさ、アリエルは もう大丈夫?

その、あれだ、そう。ドレス... 」


やばい。バカだオレ。

焦りすぎた。

思い出させるようなこと言って どうするんだよ...


「ええ。もう 一人の私が、明日着るドレスを

着ているところを見たわ。

こんなことを言ったら、はしたないのかもしれないけど、とても似合ってたわ。

あれは 私のドレスだもの」


アリエルは、イタズラをした子供のような顔で笑った。


「でも彼女、ベールは忘れちゃってたみたいなの。ルカ、約束してくれたことを覚えてる?」


「うん。ベールを下ろすこと」


「そう。お願いね。

明日は 楽しみにしていてね」


アリエルは立ち上がって、オレらに微笑むと

ディルと次のテーブルへ向かう。


「かなわんよなぁ... 」

「彼女は強い。見習わないといけないな」


泰河もジェイドも感心しているが

オレも感心した。


ドレス、変更しないんだな。

リンの幻影を見た後

オレは スマホで、いつものリンを見て安堵した。

それで、あれは夢だった と思うことにしたんだ。


アリエルは、幻影と同じドレスを着ることで

シェムハザや皆の記憶を 新たにしようとしてる。

本当はショックを受けたはずなのに。


「あ、朋樹」


朋樹が、ボティスと 一緒に 広間に入って来て

シェムハザの隣に座って何か話している。


「あいつ、忙しそうだよな。

あの後、ヒスイに電話したのかな?」


泰河が言うと、ジェイドが

「連絡はしたみたいだ。ヒスイから僕に

“朋樹を護ってくれ” と連絡があった。

内容は何も知らなかったが、朋樹の声色で

何かあった と 判断したらしい」と

呆れ気味で答えた。


「あいつは昔、僕が暴力沙汰を起こすと

泣いて止めていたというのに」


うん。それとこれとは違うしな。


ため息をつくジェイドに、泰河が

「ヒスイは、朋樹が やり手だって知らんからなぁ。確かに見た目は大人しそうに見えるし」って言うけど

普段、泰河が朋樹の隣にいるから

余計に そう見えるんだよなー。


アリエルからコーヒーを受け取った朋樹が

オレらのテーブルに来た。


椅子には座らず、立ったまま

「ルカ。コーヒー飲んだら、オレと外の見回りだ。ボティスも 一緒に行く」と言う。


「けど今、猟犬が

ダンタリオンを追ってるんだぜ」


泰河が言うけど、朋樹は黙って待っているのが

我慢ならないらしい。


「わかってる。でも 式は明日なんだぞ。

城で出来ることは全部した。

だから、もっと広域に式鬼を仕掛ける。

幻影が出たら、泰河が対処しといてくれ」


「おう... 」


「朋樹、とりあえず座ったらどうだ?」


ジェイドが言うが、朋樹はまだ

黙ったままで オレを見る。

朋樹は、意外と待つのがキライなタイプだけど

今回は なんか、熱が違う。


「行くよ。これ飲んだらさ。

でも、朋樹も ちょっと休憩したら?」


オレが答えると、朋樹は不機嫌な ため息をついて

ようやく椅子に座った。

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