25


「じゃあ、霊符が熱くなったら

城壁の角につけてくれ」


城門の前で、朋樹が

オレとジェイド、泰河に、長方形の和紙を渡して言う。

さっき広間で、朋樹が何か書いてたものだ。

筆ペンだったけど。


「区切りの範囲が広いからな。

四堺には8人いるし、四角祭をやる」


「なんだよそれ」


「まあ、結界だ。精霊召喚と似たようなものだ。

通常の場合は、建物の悪い気を吸うんだが

今からやるものは、霊符に鬼を降ろしてあるから

それに守護してもらうんだよ。

城壁内に、人霊を入れないようにな」


「マダム・シェリーは どうすんだよ?」


「誰だ、それは」


泰河が マダムの説明をすると

朋樹は「守護霊か」と、マダムを探し出す。


「あっ、いたぜ。

マダム、ちょっと来てくれ」


さっきと同じ城壁の西の角にいたけど

マダム・シェリーは移動が遅い。

結局 朋樹の方が歩いて行って、人形ひとがたを渡した。


「はじめまして、マダム。

シェムハザの花嫁を護りに来た。

その紙を持っていてくれ。マダムの代わりになる。

それからこれだ。邪を避けるから守護鬼に有効だ」


また渡したのは、小さな四角い木片だった。

朋樹の神社の、北東の桃の木から作った

御守りらしい。

マダム・シェリーは、朋樹を信用したらしく

なんと微かな笑顔を見せた。


「神とか精霊じゃなくて、なんで鬼?」


霊符 見ながら聞くと

「オレの陰陽の師は、法師陰陽師なんだよ」

らしく

奈良とか平安時代の、天皇や貴族とかに仕えた

官人陰陽師ではなく

法師陰陽師... 密教の僧侶が陰陽を学んだ人 の

子孫だか弟子だからしい。


「非正規の陰陽師だからな。

土御門の許可も得てなかったみたいだな」


陰陽道というものは

奈良や平安の時代からあるみたいだけど

江戸時代、幕府から朱印状を賜った土御門家に

陰陽師の支配が任されていたようだ。

占い屋をやるなら、土御門に申請して許可を得る

必要があったけど

もともと呪禁じゅごんが主だった朋樹の師の流派は

たいして占いはやらなかったので

土御門に無許可で仕事をしてた ということだ。


明治に入ると、陰陽寮は廃止されたが

第二次世界対戦後、陰陽道は天社神道となって

宗教法人認可を受けている、と。

まぁオレ、今 聞くまで知らなかったけどさぁ。


「はぐれ法師の術なんだよ。邪道の部類だ」


「おまえの式って、神じゃなくて鬼だもんな」


泰河が、あくびしながら言う。

あくびって移るよな。オレも出たし。


「迷うことはなかったのか? 神職だろう」


ジェイドが聞く。

どうやら聖職者なのに、悪魔に魔術習ったことを気にしてるみたいだな。


「私欲に使わなきゃいいんだよ。

おまえが神を疑わなければ、神もおまえを疑わない。迷いは自分で絶て。

じゃあ、さっさとやろうぜ」


「うーわ! かっこいいぜ朋樹!」


「いいから早く行け」


軽く蹴られて城壁の角を目指す。オレは南の角。


角に着いて、しばらくすると

渡された霊符に 熱が込もってきた。


言われてたように、霊符を角に付けると

付けた瞬間に燃えてなくなったけど

霊符を付けた手の下から、炎の糸が両側に伸びて

他の角の糸と繋がる。

繋がると、ふと 炎の糸も消えた。

これで結界は完了したんだろう と思う。


「おっ、マダム。無事みたいじゃん」


城門に戻る時に、マダム・シェリーに会ったが

手から黒焦げになった人形ひとがたを はらりと落とし

本人には、何の影響もないようだった。


「戻るぞ」と言われて

マダムに 手ぇ振って、城壁に入る。

まだオレには微笑まないらしい。

聖水 振りかけようとしちまったし、しょーがねぇか。


『私は、好きで こうしているの』


「えっ?」


マダムだ。女の声だし。

城門から半分顔出して、オレを見てる。

真横向きで。


「あっ。壁女って思ったのバレた?

ごめん、マダム・シェリー」


『名前は?』


「ルカだよ。氷咲 琉加」


マダムが じっと見ているので、城門まで戻る。


『私が愛したのは、シェムハザ様じゃないわ』


「そうなんだ。じゃあ、誰?」


マダムは答えない。


「そのことは、その人に伝えたの?」


『言わないわ。伝えてしまったら

私を、ここに縛るものが

なくなっちゃうじゃない』


そいつの傍にいたいのか...


マダムの格好を見ると、恋の相手は悪魔だと思う。

中世が舞台の映画で見るような格好だし。

亡くなったのは、かなり昔だよな。

で、城にいるヤツ。


「ディル?」


『言わないで』


やっぱりか...


「うん、言わないよ。でも これでいいの?」


『もう行って』


ええ...  わからん...

誰かに知って欲しかったとか、そういうやつかな?


「あんまり溜めない方がいいぜー。

たまに誰かに聞いてもらう とかして... 」


『好きでこうしているの。行って』


わかんねーなぁ...

追い払う割りに、ずっと見てるしさぁ。


とりあえず手ぇ振って、城に向かう。


城の前では、ハティと朋樹が なんか話してて

ジェイドが教会へ入って行った。

仕掛け敷くとか言ってたっけ。忙しそうだよな。


城に入って すぐに、ディルと すれ違う。


「朋樹が、城壁の角に 鬼 置いたんだぜ。

マダムには 一応、御守り渡したけど

大丈夫かなぁ?」


ディルは「私が様子をみて来ましょう」と

城門に向かった。


うん。正解は たぶんこれだ。




********




夕方から寝室で寝て、起きると もう夜遅く。

飯食わずに仮眠したから、腹減ってるし

とりあえず広間に行ってみようかな。


ドアを開けると 女が立っている。


「ニイ」


は? リン... ?


いや 違う。これは幻影だ。


しっかりとした 強い確信がある。

なのに目の前にいるのは、妹のリンそのものだ。


ブラウンの髪や 猫みたいな眼

夏に出来た、頬のそばかすまでが同じで

雰囲気までも、まったくそのまま。


何より、指を伸ばせば触れられる程の

実在感を伴っている。


幻影だと 頭でわかっていても

本当はリンなんじゃないか... という

思いが掠める。


リンは いつものように、オレから眼を反らし

「相変わらず暇そうだよね。しょっちゅう帰って来るし... 」と、普段と同じ声と 口調で話す。


違う。これは ダンタリオンの幻影だ。


でも、どうする... ?


「琉地」


白い煙が凝って 琉地になった。


琉地は リンを見つめると、また煙になって

リンの口の中へ入っていく。


すっかり煙が入り込むと、リンが話すのをやめた。


反らしていた眼を オレに向け

「ニイ」と、唇を動かす。


細い身体が、小刻みに震え出し

突然、ガボッと 口から鮮血を吐いた。


その匂いが届く。


「ど うして... ?」


やめろ


リンが、震える指先を オレに伸ばし

またガボガボと音をさせて 血を吐く。


二つ向こうのドアが、乱暴な音を立てて開いた。


「クソっ!」


朋樹だ。


朋樹は、オレとリンに眼を向けると

「精霊を出せ!」と

怒り狂ったままの顔で言う。


琉地を呼ぶと、オレの隣に 白い煙が凝るが

血を吐き続けるリンは、涙を流している。


朋樹が、式鬼しき札に呪をかけると

札は炎の鳥になって、リンの胸に追突した。


血に濡れて泣きながら、全身が炎に巻かれる。


「見るな ルカ! 眼を反らせ!」


髪や皮膚の 溶ける匂い


微かな「ニイ」という声


炎の中で皮膚が弾け、眼球が白くなる


「ルカ!」


朋樹が歩いてくる。


でも 眼が、離せない。


オレの眼を 朋樹が片手で塞ぐ。


「風を呼べ。すぐに済ませる」


朋樹は 風で炎を巻くつもりだ。

そうだ すぐに 早く 済ませないと

リンじゃない。これは幻影なんだ


「ルカ!」


ダメだ。唇が震える。


隣で琉池が遠吠えをあげると、頬に風を感じた。


ごう という、炎が 風に巻かれる音。


「掛けまくも畏き伊邪那岐の大神

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に

禊ぎ祓えし時に 生り坐せる祓戸大神等... 」


朋樹が、オレの眼から手を離す。


炎に巻かれているのは、無機質な土人形で

その場に崩れ落ちて消えた。




*********




「おっ、ルカ。おまえも 今 起きたのかよ?

ちょっと寝過ぎたよなぁ。

朋樹は、ヒスイに連絡したのか?

ちゃんと 着いた って言わねーと... 」


広間には、泰河と ジェイドがいた。


「ヒスイが出た」


二人の向かいに座りながら、朋樹が言う。

オレも黙って隣に座る。


「えっ? 電話に?」


泰河は ポカンとしているが、ジェイドが

「ダンタリオンの幻影か?」と聞くと

「幻影なんて生温いもんじゃないぜ、あれは」と、深い息をついた。


「ルカ、おまえは 何か見たのか?」


ジェイドが言うけど、口が開けない。


ディルが、オレと朋樹の前に コーヒーを置き

「お食事はいかがいたしましょう?」と聞く。


「ああ、ありがとう。頼む」

朋樹が答えるのを聞きながら、ぼんやりカップを手に取る。


口元まで運んで、飲めずにテーブルに戻した。


「あれは、妹だろ。おまえの」


朋樹が言う。


ダメだ 思い出すな。

あれは違う。違う リンじゃない。


コーヒーを戻してよかった。

指が震える。


『... えー、ニイ?』


ジェイドが、テーブルの向かいから

スマホをオレの前に置く。


『ジェイドかと思って出たのに。何?』


スマホの画面の向こうは、朝だ。


リンは、学校の制服を着ていて

朝飯の途中だったようで、話しながら

プチトマトを口に入れる。


『髪 まだだし、急いでるんだけど。

あ、そうだ。マルセイユ石鹸、マユとミサキの分も買って来てよ。ラベンダーのがいい』


『母さんにも って言って』という、母さんの声。


『... え? ニイ、泣いてんの?

眼、赤くない?』


くそ。


「泣くかよ、ばぁか」


通話 切って、スマホをジェイドに返す。


すぐに ジェイドに着信が入り

『ちょっと! 何なの?! 頭くるんだけど!』って言う声が、こっちまで聞こえる。


コーヒー飲んで、やっと息をついた。

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