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「暇だなー」


「城の探索も結構したしな」


ジェイドは、あれから 二日経った今も

食事と睡眠以外は 保管庫に缶詰めになってるけど、オレと泰河は暇だった。


「外は寒いし、みんな忙しそうだしなー」


いよいよ近くなった式の準備で

城中が慌ただしい。

なんか手伝おうか? って言っても

邪魔にならんようにしとけ って言われるしよー。


午前中は、城の外の倉庫とか温室も見て回って

午後は、泰河と 仕方なく また

城ん中をフラフラと歩き回っている。


無意味に図書室とかにも入って

本の背表紙を眺めて、今は 四階のテラス前。


城の前庭や城壁の向こうの丘も 一望出来るけど

出ると寒いし、今はラベンダーの時期でもないから、ちょっと寂れた景観だ。


「けどさぁ、古城ってカッコいいよな。

この城、白くてキレイだけど

空っぽでも 地下牢とかゾクゾクするしさ。

砲台とかもあるし」


「図書室も すごかったな。オレら関係ないけど。城の裏庭にプールあったぜ。夏なら良かったのになぁ」


シェムハザに もらってから、なんとなく毎日

ジーパンに入れてた化粧筆を出して

指で くるくる回す。


「おまえ、それ持ち歩いてんの?」


「泰河も ピストル持ってんじゃん」


泰河は、ピストルから フランス国旗 出して

「くだんねー」って またちょっと笑った。

気にいってやがる。


「泰河って、しょちゅう

くだらねーことで笑ってるよなー」


「いや結構こらえてんだぜ。

ここは笑っちゃいかん って時とかさ」


白い石壁の中、水色の絨毯の上を歩いていると

やたらに でかい両開きの扉の前に出た。


「なんだ? ここ。

扉、映画館のドアより でかいじゃん」


「やけに、城の真ん中だよな。

主寝室じゃないだろうし... 」


泰河が 飾りの取手を引くと

重たそうな扉は、案外 楽に開いた。


中は広間。バカでかいシャンデリアの下

絨毯の色は、この城には珍しく 深い赤。

奥には、なんか豪華な壁の前に

立派な椅子が、二つ並ぶ。


「... これ、王座の間じゃね?」


「わっ! すげぇ!

マジであるんだ、こんな部屋!」


オレらは もちろん 椅子に座ってみる。


「いい椅子だな」


「なんか 他に感想ねぇのかよ?

シェムハザ、ここに座って

誰かと謁見したりすんのかな?」


「えー、誰とだよ?」


「わかんねーけど

余所の下っぱの悪魔とかさぁ」


椅子に ふんぞり反って座る泰河の前に

片膝をついて俯いてみた。


「梶谷王、この度は お目通り叶い

恐悦至極にございます」


「おう、苦しゅうない。表を上げ」


殿様かよ。


「おまえさぁ、ここ、おフランスなんだぜ。

他に もっと言いようが... 」


顔 上げながら言うと、泰河の右眼の周りに

何か模様があるのが見えた。


シャンデリアとかの影?


いや、違うなぁ...


「なんだよ、他に ってよ。

別に フランスに 日本の殿様がいたっていいだろ」


「泰河、おまえ

右眼の周りに 何かついてるぜ」


泰河は「あー?」とか言って

眼の周りを ごしごし擦りはじめた。


「取れた?」


オレが首を横に振ると

「何かって何だよ?」と 顔をしかめてやがる。

「鏡、どっかにあったか?」


「でかいやつは 玄関ホールにあったけど

あとは、部屋かトイレじゃね?」


「じゃあ、ホール行こうぜ。

ここ、椅子しかないし。もういいわ」



王座の間を出ても、やっぱり

泰河の右眼の周りには 何かある。


けど、何か くっついてる訳じゃねーんだよな。

うっすら影になったり戻ったりする感じで

模様が見える。


緩やかな螺旋階段を降りて

ホールの鏡の前に着いたけど

泰河は「何もねーじゃねぇか」とか言うし。


「あるじゃねーかよ、ほら

上まぶたの途中からと、下は 目頭すぐ くらいから上に上がる みたいにさぁ」


「はあ?」


ラチ空かねーな、もう。


なんとなく持ってた化粧ブラシを

また出して、泰河の模様をなぞってみた。


「ほら、鏡 見とけよ。

こっから こうなってて、下からは こう」


出来た形は、炎のトライバルみたいやつだ。

泰河は 鏡見て「あっ」とか言う。


ぱちぱち瞬きしてみたり、片手で片眼ずつ隠してみたり。何やってんだろ。


「これ、おまえが 今 描いただろ。その筆で」


「はあ? 何 言ってんだよ。

筆には何もついてねーし、なぞっただけじゃねーか」


でも 改めて見ると、模様は白くなっていた。

なんか...  あの獣の焔みたいだ。


「これさ、右眼でしか見えねーんだよ。

おまえが 今描いた方の眼でしか。

ほら、左だと... 」


泰河が 右眼を隠そうと、右手を上げた時に

右手にも 同じような模様が見えた。


「ちょっと右手も出せ」って言うと

手のひら向けて 出してくるし。


「肘まで 袖 めくってみろよ。続いてるぜ」


手ぇ ひっくり返させて 筆でなぞると

肘から手の甲にかけて、右眼の周りと同じような白い炎のトライバルが出来た。


「ああっ、なんかカッコよくね?

なんかの民族とかみてぇ」


泰河は、左手で左眼を隠して鏡を見る。


「おう。けど、なんなんだろな」


「ルカ、おまえにもあるぜ」


泰河は、右眼で鏡ごしに

筆を持つオレの 指を見てた。


「あっ、オレ 指 両方じゃん!」


手の甲側、両方の全部の指の

第二関節から第三関節の間に、何か文字みたいな模様がある。


「オレ、他に ねーかなぁ... 」


オレが、自分の指を筆でなぞる隣で

泰河は 服を脱ぎ出した。


「何しているの?」


「あっ」


アリエル...


泰河は 上半身裸で、ベルトのバックル 外しかけたところだった。


「いや...  模様探しを、さ... 」


アリエルは、不思議そうに 泰河を見て

「もよう?」と聞き返す。


「おう、ほら

これとか これみたいなさ」


泰河が、右眼や右手を指し示しても

アリエルはまだ 不思議そうにしていた。


「ふふ。子供たちも 時々そうやって

見えない何かがある って言うのよ」


「えっ? いや、あの... 」


「リュタンに落書きされたのかもね」


「リュタン?」


「いたずら好きの妖精よ。

もうお茶の時間になるわ。広間で待ってるわね」


アリエルは「今日は マドレーヌよ」と

また泰河を見て笑って、広間に入って行った。


「アリエルには 見えてなかったみたいだぜ」


「なんでだろな... 」


「見えるヤツと見えないヤツがいんのかな?

オレもこっちの眼でしか見えないし」と

泰河が首を傾げる。


オレの指のは よくわからん文字みたいな模様。

五指 全部違うけど、なんなのかは さっぱりだ。


「とりあえず 服 着ろよ。

マドレーヌ食ってから考えようぜ」


「他に模様は?」と、泰河が背中を向けるけど

もうどこにも 何もなかった。

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