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広間は 子供で溢れていた。


「やめろ、クソガキ共」


ボティスのつのに、2~3人捕まってぶらさがっている。


アリエルが、オレらが座るテーブルにきて

クッキーの皿を置いた。


泰河と礼を言って食ってみたけど

ハートの型で抜いた シンプルなクッキーは

ちょっと粉っぽくて、素朴な味でうまかった。


「どうかしら?」


「うまいよ。こういうクッキー好きだし」

「シェムハザは幸せだよなー」


アリエルは「よかった」と笑って

遠慮がちに、泰河の隣に座る。


「あのね、泰河。お願いがあるの」


黒髪を後ろで緩く束ねたアリエルは

澄んだ黒い眼で、泰河を見上げる。


あの時と、全然違うな。

沙耶さんの店でアリエルに質問した時と。

明るくて 柔らかくなった。


「えっ? なに?」


二枚目のクッキーを手に、泰河がちょっと固まる。

アリエルのお願いは、ウエディングアイルを

泰河にエスコートしてほしい... というものだった。


「ああ、父ちゃんとかが 一緒に歩くやつ?

ヴァージンロードってやつかな?」


「そう。私には両親がいないわ。

だけど、まだ彼女と ひとつだった時の

あなたの胸の温度を 覚えてる」


アリエルが言っているのは

教会の石畳で溶けたアリエルを

泰河が胸に抱いた時のことだと思う。


「オレでいいなら、歩かせてもらうよ」


泰河、照れてやがるぜ。


「本当? ありがとう!

ルカ、あなたには

ベールダウンをお願いしたいの」


オレは、母さん役らしい。

快く引き受けると、アリエルはピンクの頬で

ホッとしたように微笑み

「クッキーに、飲みものがなかったわね。

紅茶をいれてくるわ」と

弾むように 広間を出た。


かわいいよなぁ...


「あの子を悪魔の花嫁に出すとは... 」

「まあ、シェムハザだしな。

ボティスなら無理。阻止するね」


「何を勝手なことを言っている?」


ボティスだ。もう子供は ぶら下がっていない。

指輪がゴロゴロ並んだ指で、皿からクッキーを取る。


いつものように、耳にもピアスが並んでいるけど

今日はスーツじゃない。

いや、ジャケットだけど ラフなヤツだし

中はティーシャツにブラックジーンズ

黒のミドルブーツ。

グレーにチェックの某ブランドのマフラーは

お気に入りらしく、最近よく巻いてるけど。


「あれ? 朝はスーツだったろ?」


「日本に行く前に着替えた」


ああ、榊さんに会いに行ったみたいだよな。


「おまえさ、なんで榊に会いに行ったんだよ?」


泰河が、保護者みたいなツラして聞く。


「月詠と話せるか聞いた。

界を開いてもらったが、俺が扉に入るのは無理だった」


「えっ、サリエルは入ったよな?」


「月詠が連れて行ったからだ」


へー。なんかいろいろ

メンドクサイ制約があるんだな。


「お前らが今、フランスにいると教えたら

怒っていた。“儂は聞いておらぬ” ってな。

帰りに、土産を買って帰れよ」


「あっ、電話 入れとくかな... 」


泰河が広間の隅に行くと

ボティスは指に摘まんだままだったクッキーを

長い牙の間に入れた。


「なあ、昨日 言ってた 獣の話なんだけどさ

泰河、覚えてねぇんだよ」


あれは、オレの妹が生まれた時だった。

まだ10歳だったオレとジェイドは、花を探しに

山に入って、黒い影に行き合った。


オレらは、それを やり過ごしたが

麓から別の子供が 二人 登って来ていた。

泰河と朋樹だ。

泰河が黒い影に巻き付かれると、朋樹が大祓を叫んだ。


朋樹の大祓に呼応するように 

空から長い光が降りて、白い焔の獣になった。

それが、黒い影を霧散させた。


泰河は、そいつの首を噛みきって飲み込んだ。

荒い息をして、泣きながら。


「記憶の蓋か。

人間の仕業だが、俺や天の者にも解けん。

あの国 独自のものだろう」


そんなこと、誰が...


「朋樹に聞いてみろ」


「朋樹に? 朋樹が やったのか?」


いや、あの時は朋樹だって ほんの子供だった。

白いシャツの男の子を思い出す。

陰陽の修行も、大人になってからやった って

言ってたし

そもそも 人の記憶なんか閉じれないだろう。


「あの獣って、何なんだよ」


「さぁな」


さぁ じゃねーよ


イラっとして クッキー口に放り込むと

ボティスは

「俺らにも正確には よくわからん」とか答えた。


「昨日は、知ってそうだったじゃねーかよ」


「実際に見たことはない。

お前の記憶を通して見ただけだからな。

あれは、何にも属さないが、物質や現象のすべてだ」


だから、よくわかんねーって。


「そう。よくわからんものだ。

全ては 創造主たる父に造られたが

その全てから、自然発生したものだろうからな。

あれは 父の意図的な創造物ではない。

よって、俺等にも 天の者共にも作用するが

逆に干渉は出来ん。

他の神話においても同様だ」


「なんなんだよ、それ」


「わからんと言ってるだろ。

俺にわからんのだぞ? まず そこを理解しろ。

ただ、泰河には それが混ざっている。

あいつは、全てにおいての切り札になる」


サリエルの首の傷が浮かぶ。

呪い傷... 泰河だから、それをつけれたのか?


ボティスが オレの頭を読んで

「そういうことだ」と、腕を組む。


「サリエルは、泰河につけられた呪い傷から

泰河に何かが憑いている と 推測しているようだ。

それで、あの頭蓋を送り込んできた。

よってサリエルには、まだ獣の正体は知れていないとみえる。

正体が わかっていれば、祓魔師に扱える代物ではないことも 理解出来たはずだからな。

奴には物事を甘く見る癖がある。権限を持つ者にありがちな癖だ」


サリエルは、他の天使を堕天させる権限を持っている。更に魂の管理者で、月の支配者とも言われている。


ボティスは、なんか サリエルに

個人的な恨みもありそうだよなー... とか

考えてると

「俺のことはいい」と

つり上がった赤い眼を 広間の隅に向けた。


「この城以外で、大っぴらに

あの獣の話はするなよ。

サンダルフォン以外には、天の者や地界の者も

まだ知らんことだ。

このことが知れ渡れば、天や地に留まらず

泰河は 様々な者から狙われ、混乱が起こる」


泰河が、スマホをジーパンにしまって

こっちに戻ってくる。


「まあ、幸いなことに

あいつ自身は、すぐに話を忘れる」


ボティスは、すぐ近くまで来た泰河を

親指で差して言う。


「なんだよ、なんか オレの話かよ?」


「お前が忘れっぽい という話だ」


「話題にするようなことでもないだろ」


「榊は何と言っていた?」


「あ! あいつさぁ、異国の土産に

なんと、石鹸買って来い ってよ!

石鹸だぜ? 色気づきやがって。

なんか有名なヤツがあるらしいんだよ。

柚葉ちゃんに聞いた とか言っててさ... 」


本当だ。もう獣のこととか頭にねーわ。


クッキーを食べ終わった男の子の三人くらいが

ボティスの背後に忍び足で近づいてきた。

ボティスは もちろん気づいているが

知らない顔をしている。


三人が 一斉に、ボティスに飛び付いて

角にぶら下がると

「やめろガキ共! 外に出ろ!

雪まみれにしてやるからな!」と

楽しそうに逃げる男の子たちを 追い立てて行った。

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