18


「何? あの筆で?」


「そ」


「これ、何だと思う?」


保管庫の 二階で、シェムハザは

泰河の 右眼の周りと腕、オレの指の模様を

じっと観察する。


マドレーヌ食って、城の あちこちで

オレらの模様が見えるかどうか 聞いて回って、

見えたのは ディルとシェムハザだけ。

まだ ボティスには聞いてないけど、どうやら

悪魔には見えるっぽい。


「ルカの指の記号と文字は 天で使われるものだ」


とか言われても

どれが文字で どれが記号なのかも わからない。


「左は 精霊を表すが、右は 鍵の開錠だ。

おまえは精霊を呼べるそうだな。その印だろう」


えー、なんだよ 精霊かよ。

別に目新しいもんじゃねーじゃん...

なんか期待外れだし。


「鍵って?」


化粧けわいにより身体や魂に宿る鍵を解錠出来るようだな。素晴らしいことだ。

どうやら、お前は 精に気に入られるようだ」


「それだけかよー」


「バカを言うな。天の筆なのだぞ。

化粧は天の秘密のひとつだ」


相変わらず キラキラいい匂いさせて

シェムハザが、グリーンの眼を でかくする。


ふうん。けどオレは 一気にシラケたぜ。

なんかもっと すごいことかと思ってたのに

印ってさぁ。わざわざ要らんくね?


「シェムハザ、オレのは?」


「泰河は 文字や記号ではないが、クールな模様じゃないか。後でハーゲンティにも見せてみろ」


「あ、おう... 」


さらっと かわされてやがる。


「明日は、朋樹が こちらに着くのだろう?」


「おう、電話では 昼過ぎに って行ってたぜ」


「式まで あと3日だ。

朋樹が着いたら、俺が月詠と話すが

明日から お前たちには、城の周囲に円を描き

ジェイドと守護を敷いてもらう」


城の 周囲?


「えっ、まさか城の 城壁の外?」


「当然だ。天の者は教会エグリーズ以外は覗けないが、悪魔や人は城の敷地に立ち入れるからな。警戒すべき者は天の者だけではない。

万全を期す」


うわぁ...

城壁の外って、かなり広いぜ。


「ハティは まだ帰って来ねーの?

ハティとか ボティスが、息で粉 吹いて

円 描いた方が早いんじゃね?」


まだアリエルが 二人に分かれていなかった時

教会の外でアリエルを隠したし

教会の墓地の近くにある、洞窟教会に続く穴の

入り口も、粉の魔法円に隠されている。


「サファイアの粉か。

あれは対象が動く場合には有効ではないんだ。

物体を隠す場合や、隠される当人が動かずにいる場合なら良いが。

人や悪魔から何かを隠す場合や、守護するのなら

当然、天の術の方が良いしな」


ジェイドは、悪魔の術だけでなく

天使が使う術も教え込まれているらしい。

総合して 魔術って呼んでるみたいだ。

人の術じゃないから。


「ラジエルの書を読ませたのだぞ。

天使や悪魔の眼に映らぬ文字も、人の眼になら

映る場合がある。

今は皮紙に、紋章や円を描き写しているが

もう、基本の最終の講義に移る。

仕上がりが楽しみだ」


育ててんなぁ...

アリエルといる時とは また違って

イキイキして見えるし。


じきに夕食だが、ジェイドに 一息つかせよう。

コーヒーを運ばせるから、お前達も下にいるといい。

夕食後、ジェイドは講義だ。

お前達は円を描く道具を、ディルと揃えろ。

城の倉庫で揃うはずだ」


シェムハザは「アリエルの顔を見てくる」と

保管庫を出たので

オレらは保管庫の 一階への階段を降りた。


「よう、ジェイド。ボティスもいるじゃん」


「あっ、おまえ ちょっと痩せてね?」


白いテーブルの上は

皮紙や 開かれた本で埋められていて

その向こうで、忙しくペンを動かしていた

ジェイドが顔を上げる。


「泰河、それは何だ?」


ジェイドの眼は、泰河の顔に向けられていた。


「おまえ、見えんの?」


「白い炎の模様なら見えるが」


「おっ、じゃあ これは?」


ジェイドには、オレの指の文字や

泰河の右手の模様も見えるらしい。


「天の化粧筆だと? ... 精霊と 鍵?」


「読めるのかよ! これさぁ、アリエルとか

城の他の人には見えなかったんだぜ」


ボティスが、読んでいた本から眼を上げた。

むずかしい本でも読んでんのかと思ったけど

日本のマンガのフランス語訳版だった。


「朋樹にも 多分 見える。感があればな。

ゴーストも見えるんだろ」


ああ、そういうことか。

感が強けりゃ見えるんだ。


「オレは見えねぇんだぜ」


「あっ、そうだよな。

泰河は 霊感とかないんだぜ」


「あるんだよ。抑えられているだけだ。

右眼でしか模様は見えんだろ?」


泰河が頷く。


「そっちが本来だ。

ハティが戻ってきたら、それは隠すぞ」


「えっ、オレ 気に入ってんのに!」


ディルが、コーヒーとチョコの皿を トレイに乗せて入ってきた。

今日もまた 一口サイズの上品なやつだ。

うまいんだけどさぁ、コンビニとかにある

普通のチョコの方が好きなんだよなー。

オレ、安い舌してるし。


ボティスは、ディルからカップを受け取り

「お前が狙われたいのなら 話は別だ。

天だけでなく、地や他の者からもな。

それに隠すだけで、模様がなくなる訳じゃない」と、また小難しくなりそうなことを言う。


「大変 目立ちますね。隠していただいた方が良いでしょう」と ディルにも言われて

泰河は肩を落として チョコをつまんだ。


テーブルの本や皮紙を、簡単に片付けて

ジェイドは改めて 泰河の模様を見たけど

黙ってコーヒーを飲む。

眼を 一度、オレに向けたってことは

後で話があるってことだけど。


「なあ、ハティって何してんの?」


「地界と天の調査だ。下級の者を天に潜らせている。

何もわからずに、ただサンダルフォンに使われるのでは、プライドに触るからな。

また、地界に サリエルにくみしている奴が

いないかどうかも調べている」


前にボティスも 自分の配下を天に潜らせていたけど、下級のヤツじゃないと 天には 潜入 出来ないらしい。

名前が知られているような 上級の悪魔は

ゴマカシが利かない。


ただ、下級のヤツは

簡単に寝返るヤツも多いようだ。


「知っての通り、堕天したのだからな。

誘惑には弱いんだよ」


「ボティス様、そんな... 」と

ディルがちょっと笑う。


悪魔の自虐ジョークらしいけど

おもしろくねーし 知らねーよ。

寝返ったらマズイだろ。


「オレも、もし天使だったら

堕天してたんだろな。

人間でもだけど。性質が性質だし」


泰河が 誰の眼も見ずに ぼそっと言う。

めずらしいよな、なんか。こういう感じ。


「気にしたか。誉め言葉だったが」


ボティスが言うけど、なんのことだろ?


「泰河。僕は昔

スプーンで、人の眼を抉り取ったことがある」


ジェイドが、チョコを片眼の位置に上げて言う。

ああ、兇暴性の衝動 ってやつの話か...


「何にカッとしたのかは覚えていないけど」


「カフェで、おまえが いつも座る席に

そいつが座ってたから だろ」


まだ高校くらいの時だ。

電話で聞いて 驚いたから覚えてる。


「... そんなことだったか。

泰河。僕も質的には 君に近いし、誰でも そういうものは持ってるんだよ。

でも 抑えられるんだ。大丈夫。

それより、こいつを連れ出してくれないか?

何のつもりか知らないが、この 二日

僕の前で、ずっとマンガ本を読んでいるんだ。

時々 笑うのが 気に触る」


ジェイドが指のチョコを口に入れると

ボティスが

「俺は悪魔だからな。残酷な奴といると安らぐんだ」とか 飄々と言う。


「泰河は それよりさぁ

忘れっぽい方が 問題だと思うぜ」


オレも言うと、泰河は「うるせー」と

少し ほっとしたように笑った。

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