11


「女の傷は深かった。噛み千切られた傷から

細菌が繁殖し、大部分が切除された。

女は悲観していた。死を思う程にな。

人間の時で長く時間をかければ、皮膚は貼られることだろうが、元には戻らん」


黙ったままのオレと泰河に

ボティスが話し続ける。


「何も犠牲を払わずに、解決できるものなど

そうはない。世には摂理がある。

シェムハザは、前妻の魂をかけた。

だが、ジークの魂は この自己犠牲によって

女と共に いつか天に昇ることが出来る」


でも これで 良かったんだろうか?


ジークは、シェムハザと

共にあることを望んでいた。

“私の魂を あなたにあげましょう” と

そう言ってた。


オレが、願わなければ...


「座れ、ルカ。まだ続きがある」


スクリーンの中のシェムハザは

さっきとは、別の廊下を歩いている。


たぶん、犯人の男の入院先だ。

集中治療室に入って行く。


「二度目の手術中だ。

足は もう付かんが、命は まだある」


酸素マスクを着けた 男の顔は青かった。


「史月を連れて行かなかったら... 」


泰河が呟く。


シェムハザが、口から蒼い炎を出すと

炎は男の上に融けた。


「誰の... 」


まだ立ったままで オレが聞く。


「シェムハザの 魂の 一部だ。これを幾度も重ねれば、いずれシェムハザは塵となる」


「なんでだよ? そこまで... 」


だけど、オレも泰河も

もう言葉は継げなかった。


「魂というものは、重く尊い。

俺等は、契約で得た魂で力を得るが

共に生きることにもなる。

シェムハザは、ああいう男だ。

堕天しようと 根は天使から抜けられん。

使命を遵守出来ぬほどの 情熱家だがな」


オレのせいだ。簡単に願った。


「もっと、簡単に出来るものだと思ってた。

誰も犠牲になんかならずに、魔法みたいにさ... 」


泰河の声が詰まる。


「願いを叶えると、シェムハザが決めた。

また、ジークの魂を救うことにもなった」


「それは、シェムハザもジークも

望んでなかったんだろ?」


「さあな。ジークの 魂の 一部は、シェムハザに

溶け込んでいる。

長い年月の中の、以前の妻たちの 魂の 一部もな。

ジークは、自らの死を嘆き悲しむシェムハザを

慰めたかった。

だが、魂を飲んだシェムハザは悩んでいた。

愛した者の魂を、天に昇らせるべきではないか、と」


スクリーンの中の男の顔に、赤みが差していく。


『頭蓋に迷わされたな。元より良からぬ妄想を

抱いてはいたのではあろうが、増幅させられたか。

すでに、罰は与えられた。

罪を償いし後は、静かに生きよ』


シェムハザが 治療室を出た。


「シェムハザの魂は... 」


「シェムハザのもの。本人が決めたことだ。

いつか塵になろうと かまわんのだろう。

俺らは永く生きているからな」


シェムハザは、城の広間に戻ってきたようだ。

アリエルの黒い瞳が、シェムハザを見上げる。

スクリーンの映像は消えた。


「悲観的に考えても何も始まらんが、忘れるな。

今後は、自分の行動や言動には 責任を持てよ。

今 見せた通り

世には簡単なものなど ないのだからな」


そうだ。命は尊く重い。

それを簡単に どうにかなんて、出来る訳がない。


ジェイドの教会の前神父が亡くなったことが

どうしても頭をよぎる。


なんか 何やってるんだろうな。


オレは 人や物に残った思念を読み取れる。

風の精霊や琉地を呼べる。


仕事で扱っているのは、人や何かの“想い”だ。

死んだヤツの想いを遺族に伝えたり

何かを説得して祓ったり、剥がしたり。


なのに、いいかげんなことも

たくさん やってきた気がする。


「広間に戻る。

ハティとジェイドが、さっきの子供から

何か聞いたようだ」


ボティスの後について 階段を昇る。

二階に着くと、ボティスが また息を吹いて

蓋を閉め、絨毯が元通りに敷かれた。


照明が消えた保管庫を出る時に

眼の端が、何かを捉えた。

ぼんやりと光っていたのは、右側の陳列棚。

あの辺りには 確か

羽飾りやネックレスがあった気がする...


「ルカ、錠を掛ける」


ボティスに言われて、飾り枠のドアから出ると

来た時と同じように、ボティスが手のひらを

ドアにかざして 保管庫の鍵を閉めた。




********




「シェムハザ」


広間で、シェムハザに声を掛ける。


「ルカ、泰河。楽しんでいるか?

そろそろ ダンスの時間にしようと思っている。

ワインやチーズは試したか? うちで作っているものだ」


シェムハザは 明るい顔で言い

隣にいるアリエルの 髪飾りの位置を直す。


「オレらの言った願いをさ、叶えてくれたよな。ボティスに見せてもらったんだ」


「何? ボティス... 余計なことを」


シェムハザは、暖炉の近くにいるボティスの方を向き、手招きしたが

ボティスは 手を振るだけだった。


「何も気に病むな。

汝の隣人を愛せよ、敵を愛せよ と

聖書にもあるだろう。

そうでなければ、生きる意味などないのだからな。素晴らしい願いだった」


「けどさ、オレらは

それを シェムハザにさせたんだ。

自分では何もせずに」


「お前たちに出来るものか。そうだろう?

腕の良い医師にすら困難なことだ。

それにもし、あの頭蓋が関わっていなければ、

ここまでサービスはしない。

頭蓋は もう俺の物なのだからな。後始末だ」


黙ったオレらに

「ジェイドは どうした?」と シェムハザが聞く。


「なんかさ、神父を探してる女の子がいたんだよ。5歳くらいのさ。

それで、ハティとジェイドが話を聞いてたんだけど... 」


「女の子? 従業員の子供たちは

1階の大寝室に寝かせていたはずだが...

今夜は 住み込みでない者たちも、皆 城に泊まって行くが、休日前夜であろうと 子供は眠らねば。

シッターの目を盗んで抜け出したのか... ?」


シェムハザの隣にいたアリエルが

「だけど... 」と、戸惑いがちに口を開く。


「あの子は誰の子かしら? 初めて見た子よ」


アリエルは、よく子供たちと遊ぶらしい。

城の中だけでなく、農園や牛舎

ワインやチーズの加工施設にも出向くので

たいていの従業員の子は知っているようだ。


「子供を連れて来たことがない者も

いるとは思うが... 」


アリエルは、ディルと共に

大寝室で眠る子供たちを見に行くという。


「ハティ」


呼んでみたが、ハティは来ない。


「ハティとジェイドは、まだ出ているのか?」


オレらの様子を見て、ボティスが近くに来た。


「あの子供は、オドレイという者の子だろ?」


ああ、そうか。ボティスは見れば わかるんだよな。シェムハザが ボティスに答える。


「オドレイか...

確かに 子供を連れて来たことはない。

オドレイは、自分の両親と暮らしていて

子供は 普段、祖父母といる。

しかし今日 オドレイは、ここには来ていない。

“風邪をこじらせた” と言っていた」


「なら何故... ?」


子供だけいるんだ?


「車で ここまで来て思ったけどさ

どこからも、城まで歩いて来れねぇだろ?

周りに家とかもないし」


泰河が言うように、城の周りには

オリーブ園やぶどう園、その先はラベンダー畑だった。


距離も距離だけど、雪は降っていないものの

気温は多分 氷点下だ。

子供が城まで歩くのは無理だろう。


「ハティ、呼んでも来ねぇんだけど... 」


「どこにいるのかも見えん。

俺に見えんのなら、教会だ」


オレと泰河は、ボティスと広間を出た。

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