12


城の敷地にある教会の中には

奥の十字架の下に、ジェイドと女の子。

通路の中頃には、ハティと

顎ヒゲの 騎士みたいな知らない悪魔。


なぜか 灰色の狼が 一匹、ジェイドと女の子の前に立ちはだかるようにいる。


「契約は契約だ」


「しかしマルコシアス、背後を見よ。

彼は祓魔師だ」


あの顎ヒゲ騎士の悪魔は、マルコシアスっていうらしい。

強そうだよなぁ...

なんか、 “闘うヤツ” って感じする。


ただ、契約 って

こいつと あの女の子が?


「あの狼は、オドレイだ」


隣に立つ ボティスが言う。


「えっ、狼女なのか?」


泰河が聞くと、ボティスは首を横に振った。


「オドレイは魔女だな。あれは 魔女の狼憑き だ。

身体に狼の軟膏を塗って寝ると、精神が狼となって出る」


その軟膏は、悪魔の術によるもので

睡眠中に抜け出した魂が 狼に変異し

夜の間、自由に行動が出来るという。

人狼の正体のひとつらしい。


「精神って、実体あるじゃん」


「実体はあるが、ないようなものだ。

だが、物質に作用することが出来、

あれを傷つければ、元の身体も

同じように傷がつく」


実体があるけど ない?

泰河と顔を見合わせる。

うん。泰河も よくわかってないな。


「ルカんとこの琉地ルチみたいなもんか... 」


あっ、なるほど。

実体は あるんだよな。ないけど ある。

実体化した精神か。


琉地には こっちから触れることが出来るし、

琉地も 物体に干渉出来る。

だけど、人の夢に入り込むようなことも出来る。


「人間が魔女になるには、悪魔と契約する必要がある。

契約内容は様々だが

“幼な子を贄として差し出す” というものもある」


ボティスが言った途端に

泰河が無言で、つかつかと通路を進み出た。


「おい、泰河!」


どうする気なんだよ。

後を追うけど、本人が契約を結んでるんじゃ

オレらには出来ることはない。


「... あれっ?!」


通路を前へ歩いていたのに、オレも泰河も

何故か、ボティスの隣に着いた。


「ここにいろ。これは茶番だ」


ボティスが オレらを引き戻したらしい。

今オレら、この場ではジャマなんだろうな

たぶん。


でも 茶番って、どういうことだ?


「子供が犠牲になるって何だよ?

あの子の意思じゃねーだろ」


泰河は 沸々と怒っている。


「おまえさぁ、もうさっきのシェムハザのこと

忘れたのかよ?

オレらが かき混ぜない方がいいって。

ハティに まかせようぜ。

今、契約を破ろうとしてんのは

オドレイの方なんだろ」


とは 言ったけどなぁ...

ハティやボティスは、あっち側だ。


「何故、祓魔師などが ここにいる?」


顎ヒゲの騎士マルコシアスは、苛ただしげに

ジェイドに眼を向ける。


「我等やシェムハザの友人なのだ、マルコシアス。

彼は、お前に契約の破棄を命じることも出来る」


ハティが答えると、マルコシアスは ますます苛立ったようだ。腰に携えた剣を抜く。


「契約を結んだのは、その女だ!

そうだな、オドレイ。

孕み子が 5つになった時に、贄に差し出すと。

守れぬなら、お前の魂を... 」と 狼に剣を向けた。


「まぁ 待てよ、マルコシアス」


ボティスが歩みよる。


「ここは教会だ。物騒なものは しまえよ。

お前は、天に戻りたいんだろ?

魔女も人間だ。

契約外の魂を取れば、それは殺人になる。

禁を犯せば ますます天から遠ざかるぜ。

契約したのは、贄となる子の魂だろ?

オドレイの魂じゃあない」


ボティスはマルコシアスの隣につくと

肩に手を置いた。


「もし仮にだ。今 あの祓魔師が 聖母に祈り

それが通じたら、契約は破棄される。

そうだな?

また お前は困ったことに、祓魔師に従順だ。

堕天はしても、天にいた頃の心を失っていない。

祓魔師が お前に “下がれ” と 命じれば

お前は、従う道を選ぶだろう」


ボティスは 話し続けながら

マルコシアスの肩を叩く。

あいつ、交渉が得意なんだよな。

効力は その場限り らしいけど。


しかし、聖母マリアに祈って それが通じれば

契約は破棄されんのか...

さらっとジェイドに教えてるけど、いいんだろうか?

ジェイドが祈れば、天に届く。

話が拗れちまったら、それだな。


「黙れ ボティス... 」


「だがマルコシアス、俺は ただで引き下がれとは言っていない。それでは お前が損になる。

俺が契約した魂を譲ろうじゃないか。

ロシアの天文学者の魂。充分に経験を積んだ良質のものだ。

出来れば譲りたくない。そいつは話が面白いからな。独特の観点で 惑星の振る舞いを見る。

話を聞くために、身に取り入れず取って置いた。

生きながらに、あの天の父の栄光の座を垣間見た者だ」


マルコシアスは剣を降ろした。


「... だが、ボティス。

何故お前が、そこまでする?」


「シェムハザが式を挙げる。ここでな。

相手は 地上に堕天したアリエルの半身だ。

天には、その半身のアリエル

そして腕のいい祓魔師。

俺は、ゆくゆく利になるものを選ぶんだよ。

剣を収めろ、マルコシアス。

それじゃあ 契約書にサイン出来ないだろ?

今、俺との話が まとまらなければ

祓魔師が聖母に祈るか、契約の破棄を命じる」


ボティスが また肩を叩くと

マルコシアスは 剣を鞘に収めた。


「よし、マルコシアス。

まずは 贄の契約を解いてくれ。

俺との契約書は ここにある」


マルコシアスが 何か呪文を呟くと、狼が消え

女の子が 小さな声で呻いて、手首を押さえた。


「手首につけた、贄の印の痣が消えたはずだ」


マルコシアスの言葉を聞いて

ジェイドが 女の子の手首を確認して頷く。


「... 収めちまったぜ」

「あいつ、口先うまいよな」


オレと泰河が、こそこそ話す間に

マルコシアスは 自分の指先を噛んで

ボティスが差し出した契約書に、血でサインした。


契約書をボティスに渡すと

「... しかし、アリエルが堕天しただと?」と

ハティに目を向ける。


「知らんのか?」


「初耳だ。何故 堕天し

どのようにして天に戻った?」


「マルコシアス。お前は、何故わざわざ

シェムハザの近くにある者と契約を結んだ?

幼子を贄にするなど、シェムハザが知れば

黙っていなかっただろう。

また、お前らしくもない契約だ」


ハティの質問に、マルコシアスは

虚をつかれたように黙った。


「何かあるな。シェムハザを担ぎ出そうとしたか?

シェムハザを巻き込めば、いずれ我の耳にも話は入る」


じゃあ、シェムハザだけでなく

ハティのことも、何かに巻き込もうとしてるってことか... ?


マルコシアスは答えない。


「マルコシアス。お前は嘘がつける男じゃない。

もし お前が何か考えているなら

こうした手段に頼らず、シェムハザや我に

面と向かって話しに来るだろう。

誰の駒になっている?」


こいつの裏に 誰かいるのか...

けど、話す気はないらしく

黒い顎ヒゲの上の唇は、真 一文字に閉じられている。


「答えられぬか。では 地界で詳しく聞くことになるが、教会では 我等は無力だ。

地の鎖による拘束は出来ん」


マルコシアスの手が、また腰の剣の柄に触れると

ハティは ジェイドに

「マルコシアスを祓え」と言った。

強引に 地界へ送る気だ。


眠たくなった女の子を抱き上げたまま

ジェイドが口を開く。


「主ジェズの名のもとに、汝マルコシアスに命じる。

お前の在るべき地の底に... 」


「待て、やめろ」


エクソシストに地界に送られると、悪魔はしばらくの間、自分の自由意思では地上に戻れない。

さっきの話が本当なら

マルコシアスは天に戻りたがっている。

地界に繋がれれば

それは ますます遠退くことになる。


「話す気になったか?」


「だが、教会ここでは····」


マルコシアスは オレらの方に眼を向けた。

いや、泰河に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る