10


広間には、たくさんの人がいた。

年も人種も 性別もバラバラ。

シェムハザの元で働いている人々のようだ。


暖炉の近くには、2本の角や牙が目立つ

ボティスがいて

深紅の肌をしたハティは、誰かと話をしている。

他にも、さっきのディルを始め

明らかに 人じゃないのも、何人かいた。

ここでは これが当たり前みたいだ。


オレらや ハティ、ボティスは

シェムハザに紹介され

「では皆、楽しんでくれ」という挨拶の後

それぞれ近くの人と グラスを合わせる。


立食スタイルなので

自然と いろんな人たちと話すことになるんだけど、オレらは フランス語がサッパリだった。


「Bonsoir. En anglais?」

ジェイドが 相手に、英語でいいか 聞いて

ちょっと話したり


「Culture du raisin j´ai」

「え? 丸いやつ? ... 小さい丸?」

「んー...  ん?... わかった! ぶどう!

農園の人なんだな!」

英語もムリで

オレも泰河も 手振り身振りだけだったり。


「Pere?」


小さい女の子が寄って来た。見た感じ5歳くらい。パーティ客の誰かの子かな?

他に子供はいないけど。


「ん? どうした?」


「神父か と聞いている」


隣にハティが来た。


「いや、オレは違うよ。

神父は あっちにいる人だよ」


ジェイドを指差すと、女の子は オレに手を振って、ジェイドのところへ行き、服の裾を引っ張っている。


「なんだ?」


ハティが ジェイドと女の子の元へ向かったが、

オレと泰河は ボティスに呼ばれた。


「ちょっと広間を出る。お前等も来い」


「えー、なんだよ。せっかく みんなと打ち解けてきてたのにさぁ」

「日本語だけでも なんとかなるもんなんだな。

テーブルのチーズは、あのおばさん達が作ってるらしいぜ。もう、食え食え って言うから... 」


ボティスは オレらの話は無視して

広間のドアへ向かって行くし

片手にチーズ持ったままの泰河と、渋々

ボティスの後を追う。


広間を出る時に、ジェイドとハティがまだ

さっきの女の子と話していて

アリエルは、ディルといるのが目に入った。

目立つはずのシェムハザの姿がない。


玄関ホールは、明るいけど 静まり返っている。

ボティスは、玄関ホールの

緩やかな螺旋階段を昇って行く。


「どこに行くんだよ?」


「保管庫だ」


ボティスは 二階に上がると、長い廊下を渡り

突き当たりの部屋の鍵穴を 手のひらで塞ぐ。

カチ、と 小さく 解錠する音が鳴った。


「鍵かかってたんじゃん!

なんか、ドロボーみてぇじゃねぇかよ」

「シェムハザは、オレらが

ここに入ること知ってるのかよ?」


「この鍵は、ここで働く人間の安全のためだ。

中には 人間には有害な物もあるからな。

まあ、開錠 出来るのは

シェムハザと ディル、俺と ハティ

あとは 懇意にしている幾人かのみだが」


ふうん。じゃあ 入っても問題ないのか。


飾り枠のドアを開けて入ると

室内の照明が点く。


「えっ、自動で点いたぜ」

「古城なのに 動体検知かよ?」


「シェムハザは、人と共に生きているからな。

玄関ホールや広間は 以前のままだが

城の他の部分には 人間の文明を取り入れている。

城の温度も 一定だろ?」


言われてみれば

玄関ホールも廊下も 寒くなかった。


部屋は広い。

たぶん、オレん家 まるまる入るくらい。

白い石の床の中央に、グレーの地に

蒼で描かれた木々や 鳥の模様の、でかい絨毯。

天井にはシャンデリアと、一面に描かれた魔法円。

壁を覆い尽くす本棚は本で埋まり、左右には

ガラスケースの陳列棚や陳列台が並ぶ。


「何にも手を触れるなよ」


陳列棚や陳列台には、瓶詰めの何かとか

何かの頭蓋骨、古い羽飾りやネックレスや指輪。ランプ、チェス盤、短剣...


「これ、映画のキャラじゃねーの?」


泰河が指差したのは、ガラスケースの中の

フィギュアのひとつだった。


「モンスターフィギュアばっかじゃん」


その隣に、あの獣の頭蓋がある。

いや、扱い...


「シェムハザは、映画鑑賞も趣味のひとつだ。

触るなよ」


これも触れねーのかよ。

よく見ると、日本製のものも いくつか混ざってた。


「マンガも多いよなぁ... 」


日本マンガのフランス語版も目立つ。


「絨毯から降りろ」


ボティスに言われ、絨毯のない床の部分に移動すると、ボティスが長い牙の間から ふっと息を吹いた。

絨毯が巻かれ、床下に続くような扉というか

四角い蓋がある。


ボティスが指を動かすと、その重たそうな石の蓋が開いた。一階に続く階段だ。


「降りるぞ」


階段を降りると

黒地に ベージュの魔法円の絨毯の上に

4つの白いソファーと 白い石のテーブル。

壁に等間隔に設置された ランプ型の照明が点く。


ソファーの後方の壁には

鍵が掛かるガラスのドア付きの本棚と

いくつかの金庫。

本当に まずい物は、ここに保管されているらしい。


古い映写機とフィルムもある。

テーブルの前方の壁にはスクリーン。


「ソファーに座れ」


スクリーンに面するソファーに泰河と座ると、

ボティスが また息を吹いて、照明を落とした。


「今から見せるのは、事実だ。

シェムハザは今、日本にいる。

お前の願いを叶えるためだ」


ボティスが、何語か わからない言葉で何か言うと

スクリーンに ぼんやりと映像が映り出す。


壁も床も白いが、この城とは違って

無機質で味気ない廊下。大きな建物の中だ。


「視点は、シェムハザのものだ」


シェムハザが見ているものが、そのまま

スクリーンに映し出されているらしい。


「病院だな」


看護士と すれ違った。

シェムハザには気づいていない。

シェムハザは、姿は消しているようだ。


スクリーンの中の シェムハザの手が

病室のドアを開けると、狭く白いベッドには

顔に包帯を巻かれた人が横になっていた。


『... だれ?』


掠れた声。若い女だ。

顔を喰われたっていう被害者だな。


シェムハザは、ベッドに歩み寄ると

包帯が巻かれた顔に 手をかざした。

包帯から覗いていた眼が閉じる。眠ったらしい。


『... ジーク』


シェムハザが 息を吹いたようだ。

スクリーンの中に、白く小さな炎が現れた。


「ジーク、って... 」


「シェムハザの、前の奥さんだよな?」


白髪を結った、品のいい、優しそうな

小さな おばあさんだった。琥珀色の瞳の。


『君の魂の 一部は、俺と永遠に共にある。

だが、哀れな彼女を見よ』


白く揺らめく小さな炎は、包帯の女の顔の上に

ふうっと移動した。


『彼女を頼む。

ジーク 今 一度、彼女と共に生きよ』


「待てよ!」


ソファーから立ち上がった。

まさか、ジークが犠牲になるのか?


白い小さな炎は、包帯の女の上に融けた。


『彼女が天に昇る時、君も共にいけ。

御国で心穏やかにあれ。君を愛している』


シェムハザが 再び女の上に手をかざすと

包帯が外され、床に落ちた。


女の顔には、傷ひとつない。


シェムハザが額にくちづけると、女は眠ったまま涙を流した。しあわせそうに。

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