クリスマス キャロル 8


朝、10時。


表の拝殿の前に張られた 縄の中へ入り

後列の中央で 龍笛を構える。


オレの右前方で楽琵琶を構える 泰河は

袴に着替える時は あくびをしていたが

まあ多分、大丈夫だろう。


本殿に向き、越天楽を奏で始める。

初詣の参拝客で ごった返す境内も

音が流れ出すと、空気が澄んでいく。


左前方にいる榊の琴の腕前は、たいしたものだ。

姿勢も美しい。


笛を持たされたのは、小学校に上がった時だった。

泰河が、うちの父に 琵琶を持たされたのは

小学三年の時の夏休みが最初だった。

『いたずらや友達とのケンカがすごくて』と

母親同士の雑談をきっかけに

その夏休みは、泰河を うちに通わせることになった。


朝七時から 拝殿の掃除。

オレ達兄弟が すでにやったにも係わらず

雑巾掛けをさせられ、朝食と宿題を済ませる。

昼食後は琵琶の練習。

休憩を挟み、境内の掃き掃除をすると

その後は やっと自由時間になり、暑い中 二人で

外を駆け回っていた


それから泰河は、週に 一度は 琵琶の練習に来て

こうして楽士として演奏出来る程になった。



越天楽を 五辺 繰返し、ほっと息をつく。

これで 正月の仕事は終わりだ。


御守りや神札などの授与は、バイトの巫女さんにまかせているが、それでも人手が足りない。


新年... 深夜から参拝客に甘酒を振る舞い続け

二時間ほど前に 朝の臨時バイトと交代した。

寝ていないので、殊更に日差しが眩しい。


笛を持ったまま退場する時に、人混みから拍手に混ざり「泰河、朋樹! 榊さぁーん!」と 聞いた声がする。


ルカだ。ジェイドと、ヒスイも...


「おう! ルカ、ジェイド!」


泰河が オレの腕を がしっと掴み、声の方へ引っ張って行く。

榊も「ふむ」と意味深に呟き、一緒に付いて来た。


「明けましておめでとーう!

何、おまえら かっこいいじゃん!」


「まあな、雅楽ってやつだ。伝統デントー」


「うん、素晴らしかった!

最古のオーケストラと言われているね」


「おっ、物知りだな ジェイド。

でも おまえ、一反木綿の他にレクチャーして欲しいものあるか? 何でも教えるぜ」


泰河が調子良く話す中、オレはヒスイに

「やあ」とか言っていた。


「ステキだったわ。

日本に来て、何よりエキゾチックだった」


ヒスイは笑顔を見せた。

この目眩は 寝不足のせいだろう。


「朋樹、儂を紹介してもらえぬかのう?」


榊が 隣で言う。

やたらにヒスイを じっと見つめながら。


「ああ、そうだな... 」


ヒスイに 榊を紹介した。

「榊は、クリスマスのサンタのとこの子で

今日は さっきの琴の演奏を... 」


「ねぇ朋樹。私、なんか疲れたわ。

もう着替えに行こ」


えっ?


普通の女の子風に言った榊が、オレの腕に 自分の腕を絡ませて、どんどん歩いていく。


「おい、榊... 」


ヒスイを振り向くと、表情のない表情をしていて、人混みで見えなくなってしまった。


「さてさて、朋樹。

大急ぎで戻った方が良さそうじゃのう」


榊は オレの腕を離すと、ニマっと笑った。


「ああ?」


「行け。今戻れば、儂を振りきって戻ったと思うであろう。こういったことは、わかりやすく陳腐な方が良いのじゃ」


「榊 おまえ、余計なことは... 」


「ぐずぐずするでない。

仕掛けが これだけと 思うておるのか?」


「は? 何をした?」


「はて。儂は無粋なタチでのう...

では、客間に戻るとするか。

雑煮を食して 一休みした後は、お前の父上と

将棋を指す約束がある故」


榊は 狐に戻ると、人の脚の波の間を縫って

オレの実家の方へ駆けて行った。


なんだよ、まったく。

再会して 普通に話せてた ってのに。


しかしだ。


この場合、あんなに普通なのが 普通なんだろうか? まるで 久々に会った友達みたいに。


急に ポニーテイルの赤いゴムを思い出す。

話す時によく見ていた、川島の口元のほくろも。

... 時々 普通に話せるだけで と。


突っ立っていると、参拝客にぶつかり

「すいません」と謝った。

急いでさっきの場所に戻ったが、もうどこかに移動したようで、ヒスイは おろか、ルカや ジェイドもいない。


だが、アッシュブロンドの髪の色は目立つ。

表の拝殿の脇にいた。少しホッとする。


近づいていくと、ヒスイが誰かと話しているのが見えた。


晄だ。


「... ほんと、こんな綺麗な人初めて見たよ。

肌も 月下の雪みたいだね」


なんだよそれは。下手な上 気持ち悪ぃな。

甘い顔をして口説いてやがる。

で、オレに気づいても無視しやがった。

ちょっと本気じゃねぇかよ...


晄の前から、無言でヒスイの手を取って

すたすたと歩き

裏の拝殿も越え、右側にある 森を見立てた木々の間に入った。


そこでやっと ヒスイに振り向くと

ヒスイはキョトンとして オレを見ていた。


「あのさ」


ヒスイは黙って、オレが言葉を接ぐのを待っている。


「... なんでもない」


クスクスと笑われるが、熱くなった顔を背けることくらいしか出来ない。


「あの人、キレイね」


「えっ? 榊か?

あいつは狐なんだよ」


ヒスイは ますます笑う。


「手、繋いだままね」


ハッとして離そうと、手の力を緩めると

ヒスイが「いいわ。温かいから」と

繋いだ手を 軽く握り返した。


「その笛、なんていうの?」


そうだ。笛を持ったままだった。


「リュウテキだよ。

音は、龍の鳴き声を表してるんだ」


「りゅう? ドラゴンのこと?」


「そうだけど、たぶんヒスイが考えているようなものとは違う。形は 大蛇みたいに長い」


兄が吹くのが 笙。

これは、天から差し込む光を表していると言われている。

弟の晄は 篳篥。地上の人間の声を表す。

オレは龍笛。龍は天と地の間、空を駆ける。

天、空、地を表す笛で合奏することによって

宇宙を表すという。


「ステキだわ。そうね、合奏を聞いている時

神聖な気持ちになったわ。

きっと日本の神様も聞いていたのね」


「そう。あの演奏は奉納するためのものだ。

そうだ、こっちに来て」


森に見立てた木々の間の、一本の杉の木の前に連れて行く。


「この木は、願掛けの木なんだ。

氏子でも知ってる人は少ない。

両手を合わせて何か願うといい。神に届く」


オレが 手を離すと、ヒスイは 木を見上げて

両手を合わせ、眼を閉じた。


横顔に見とれていたが

「朋!」と呼ぶ 父の声に振り向く。


「おまえ、何やってんだ? 早く着替えろ。

笛も傷んだら... 」


父は 近づいて来ようとしたが、木の影になっていた ヒスイに気づくと「あっ」という顔になり

口の端を緩ませて去って行った。


まったくなぁ...

「今の人は?」と聞くヒスイに

「父さんだよ」と答えると

「どうして、こっちまで来なかったの?」と聞かれる。


「気を使ったんだよ」

「私に?」

「いや、オレに」

「家族なのに? よくわからないわ」


「オレがさ、そういう顔で女の子といたから、

邪魔しちゃ悪い と思ったんだよ。

とにかく笛も邪魔だし、着替えるから ついてきて。実家は すぐそこなんだ」


まだ腑に落ちない顔のヒスイを連れて

裏の鳥居から境内を出た。

小高い丘に建つ神社の、すぐ下が実家だ。



「やあ、朋樹。おじゃましているよ」


居間には、もれなくヤツらがいた。

こたつの 一辺には、泰河が寝転んで うとうとし

「おばさーん、これもう焼けてるぜ」と

台所から ルカの声がする。


「あら、じゃあ お椀に入れてちょうだい」

母が台所から顔を見せ「あらっ!」と 一際 大きな声を出す。


「あらあら! 今年は華やかなこと!」


「おばさん、こいつは僕の双子の妹なんだ。

ヒスイっていうんだよ。

朋樹には 特にお世話になっている」


ジェイドが余計な言葉を添えて紹介すると

「あらっ! あらあらまぁ、綺麗な子だこと...

どうぞ、座ってちょうだい。

泰ちゃん! 起きなさい、場所取りすぎよ!

もう お雑煮も出来るわ。榊ちゃんを呼んで来てちょうだい」


泰河の肩を ぺしぺしと叩いて起こし

「ジェイドくん、そこのお重を持ってきて開けてちょうだい」と、あっさりとジェイドも使う。


「おっ、朋樹。ヒスイも」


台所から顔を出した ルカは

「ルカちゃん、お雑煮は八つよ。

お父さんとお兄ちゃんの分は まだいいわ」と

また台所に引き戻された。


「ああ、眠ぃ... 」


泰河のケツを叩いて 居間から出し

「あらっ! そうだわ。

ちょっと 晄! お屠蘇の準備しなさい!」

二階の自室にいるであろう弟に 声を掛けると、

「ヒスイちゃん、ちょっと いらっしゃい!」と

ヒスイを引っ張って 居間を出た。


「元気な母ちゃんだよな、おまえん家」

「ルカ。食事の準備をしておかないと

たぶん僕らも 平等に叱られるぞ」


二階から降りてきた弟も 台所へ向かう。

泰河が、客間から 仏頂面の榊を連れて来た。


「榊、座れよ」


泰河が言うが、榊は 泰河の背の影から出ない。


泰河が こたつに入ると、泰河の後ろに座り

肩の上から ちらっと顔を出す。

御節の重箱を開けている ジェイドが顔を向けると、また隠れた。


「何やってるんだよ、おまえ。

まだ ジェイドが怖いのか?」


「むう。怖くなどあるものか...

朋樹、お前こそ女子おなごとは どうなのじゃ?

儂のことなど言えたものかのう」


「はじめまして、榊さん」


「のっ!」


ジェイドが オレの隣に来て言った。


「ジェイド・ヴィタリーニです

きれいな着物だ。あなたに よく似合う」


しゃがんで、小さくなっている榊に挨拶をし

握手を求める手を差し出すと、榊は

「... む。朋樹のお母上から いただいたのじゃ。

野の者の魂を よくぞ... 感謝しておる」と

ぼそぼそと言って、握手した。

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