クリスマス キャロル 7


それからは何ということもなく、もう今年も終わる。大晦日の昼間。


「今年は、帰って来るのギリギリだったわね。

笛は大丈夫なの? 泰ちゃんも来るんでしょうね?」


実家の こたつに入り、頬杖をついていると

母が 目の前に蜜柑のカゴを置いて聞く。


「ああ、大丈夫だよ。越天楽だろ」


「まったくねぇ... 朋、おまえが帰って来ないかと思って、他の人に頼むとこだったのよ。

普段 好きにしてるんだから、こういう時くらいは

ちゃんとしてちょうだい」


「わかったって」


母は ため息をついて台所へ戻った。


入れ違いに 父が入って来て、蜜柑の皮を剥きながら「泰河は何も変わりないな?」と聞く。


オレが頷くと、剥いた蜜柑を割り

「泰河が来たら、裏に連れて来い」と

一房 口に入れた。


父は毎年、泰河に守護をかける。

これが始まったのは 10歳か11歳だったか。


別に 正月でなくても良いらしいが、大人になってからは 正月くらいしか実家に戻らないので

年に 一度の これは、正月に行うことになった。


オレと泰河は、子供の時に

山で 妙なものに行き合った。

その日 家に帰ると、父は すぐに泰河を呼ばせ

普段は父しか入らない 裏の拝殿に 三人で籠り、

闇の中で 祝詞を捧げ続ける父と、朝まで そこにいた。


裏の拝殿の神が何なのか、オレは知らない。

ここを継ぐ兄だけが いずれ知ることになる。


まあ、気にはなるが

父は「知らんでいい」と 一度言うと

絶対に教えてくれることはない。

そのうち暴いてやろうとは思っているが

今は 大人しくしておく。


とにかく、また 一年分の守護を泰河にかける。

泰河は『勝負事に強くなる必勝祈願だ』と聞かされているので、喜んで受けている。


父が 兄に呼ばれて居間を出た。

テレビのバラエティ番組を、ぼんやりと眼に映したまま、イブのことを考える。


なんで、あんなことになったのだろう。



ヒスイが ルカのバイクの鍵を持っていた。

バイクに跨がると、ヘルメットを 一つ オレに渡し「乗って」と言った。


「どこに行くんだ?」と聞くと

「わからないわ」と答え

光の洪水のような イルミネーションの下

渋滞の車の間を縫って走る。


一時間近く あちこちを走って、充分に身体が冷えきったので、街の外れのカフェにバイクを停めさせた。


クリスマスメニューのディナーがあったので

それを取り、スープを飲むと少し冷えがマシになる。


「寒くなかったのか?」と、聞くと

「寒かった。でも楽しいわ」と 鼻を赤くして笑った。「日本のクリスマスが見たかったの」


ディナーを取りながら話をする。

日本のクリスマスの過ごし方や

どうして オレがジェイドと出会ったのか。


「そう... 日本は不思議な国ね。

他の国の宗教や文化を受け入れて、独自のものに変容させていくのね。

クリスマスも、恋人や家族と楽しむための日のようだわ」


仔牛のワイン煮にフォークを入れながら

「そうだわ。ジェイドと仕事で出会ったと言ってけど、あなたは神主なの?」と 聞く。

「教会にいたけど、神社の人だと聞いたわ」


「実家が神社だけど、オレは継がないし

神主ではないよ。神職の資格があるだけだ」


ヒスイは神道について聞きたがり、オレは聞かれるまま答えたり、説明したりした。


「私も初詣に参加出来るの?」


「参加というか、誰でも行けるよ。

普段でも自由に参拝できる」


テーブルにデザートが運ばれ、ディナーが終わることを意識した。

妙にリラックスしていたが、割りと長い時間教会を空けている。

ジェイドは心配していないだろうか?


教会に送るべきだよな。

だがオレは、大型バイクの免許を持っていない。また後ろに乗せてもらって... ?


ここからなら、住んでいるマンションまで

車なら 15分くらいだ。バイクでも変わらない。

一度うちまで行って、車で送るか。

バイクは明日、ルカに取りに来てもらうことにするかな。


そう考えながら食後のコーヒーを飲んでカフェを出たのに

マンションに着くと、帰す気がなくなった。



ソファーで並んで、なんとなく点けたテレビの

退屈な映画を観る。


「退屈だな」と、ビールを開けながら言うと

「退屈なのが好きなの」と、ヒスイは画面を見つめている。


「ヒスイ」


眼が合うと、キスをした。


くちびるを離すと、ヒスイがオレのシャツに手を入れ、肌に触れる。


「墨絵みたいなのに、温かいのね」


「でも、退屈かもわからんぜ?」


オレが言うと、ヒスイが笑った。



「... い、朋樹って」


「うわっ!」


こたつの向かいに 泰河がいた。

隣には 榊がいる。


「うわ じゃねぇよ、おまえ。

でかい声出しやがって。なんなんだよ」


「白昼夢でも見ておったのかのう」


「いや... ちょっと ぼんやりしてただけだ」


母が、泰河と榊に お茶と茶菓子を出しながら

「泰ちゃんに、こんな お知り合いがいたなんて。助かるわ」と、にこにこしている。


「は? なんの話?」


母は「... ハッ」と、呆れた顔をし

「琴の奏者が高熱を出したのよ。

もう明日のことだし、誰にも頼めなくて。

さっき、おまえにも

誰か来てもらえないか 聞いたわ」


その時、オレはテレビを見たままほうけて動かなかったらしい。


「榊、琴 弾けるのか?」


「うむ。越天楽ならば問題ない」


母が「お願いしますね。客間の支度をしてきますから、寛いでください」と 居間を出た。


「朋樹。何やら腑抜けておるのう。如何した?」


榊が 茶菓子の小さな大福を手に取りながら

オレの顔を不思議そうに見る。

その隣で泰河が、口を緩ませないよう努力しているのがわかる...


「なんでもねぇよ、榊。恋の病だ。

触れないでくれ」


意を決して言うと、泰河が耐えきれず

オレの言葉に飛び付いて来た。


「おまえさぁ、なんで教会に行かねぇんだよ?

ヒスイに会いにさ」


クリスマスの日にジェイドに顔を見せて逃げるように帰った後、一度も教会へは行ってなかった。


「うるせぇな... 」


行こうか と、何度か思った。

思ったまま動けず、今日になっただけだ。


「まぁさ、ヒスイは ルカん家の家族と観光したり、ジェイドとも出掛けたりで 楽しそうだったけどよ」


なら 聞くなよ。


無言で蜜柑を剥く。


「いや、ヒスイは どうであれ

おまえが これでいいのか って話だよ。

うかうかしてたらイタリアに帰っちまうぜ」


だから 余計 動けねぇんだよ。


「泰河よ、無粋ではないかのう?

朋樹は朋樹で考えておるのであろ」


榊が 二つ目の大福に手を伸ばしながら言う。


「だがのう、迷うことは良いことじゃ。

特に 朋樹にとってはの。

朋樹は危機的な状況にあっても、冷静に動くであろう?

それは裏を返せば、危うい ということよ。

頭のみの判断である故。

普段、人霊を相手にしておるのであろう?

扱こうておるのは 心であるのに、朋樹は 頭で動いておるのだ。

良い。迷い迷って、足の裏を地に着けよ」


今の呆けたオレには、榊の話が半分しか入ってこなかったが、要するに オレは人間味を欠いてる部分があり、それに足元を掬われる恐れがある ということだろう。恨まれたりして。


迷いや葛藤が少ない ということは、それだけ想いが薄いからだ。

榊が言うように、いつもオレは 気持ちより

計算で動く。こういう時はこうすべき、って感じで。臨機応変ってやつも利きづらい。


「それにのう、泰河よ。

その相手の女子おなごは、疾うに朋樹のことなど

忘れておるだろうしの」


泰河よ、と 言ったのに

榊は オレを見ていた。


ふてくされて 後ろにバタっと寝転ぶと

泰河と榊が笑う気配がする。


何か言ってやろうか とも考えたが

結局 何も思い浮かばす、イライラと天井を見た。


... あれは、単に一晩を過ごしただけなんだろう。

ヒスイにとっては。


「それを聞けばいいじゃないか」


視線を動かすと、弟の晄樹こうきがいた。


「おまえ...  聞いて... ?」


泰河が

「朋樹! おまえ今、考えてることが声に出てたぜ。重症だな」と ゲラゲラ笑う。最悪だ。


「カッコ悪いな、朋にい」


晄は そのまま台所へ向かいながら

「父さんが、泰ちゃんと来いってさ」と言う。

そうだ、忘れてた。


起き上がると、まだ笑っている泰河と

ついでに榊も連れて、裏の拝殿へ向かった。




********




「朋! この方は?!」


父が 榊を見て、眼を剥いている。


「榊だ。空狐だよ」


誤魔化せないだろうな。

そう判断して、そのまま言うと

父は、榊に深く頭を下げた。


「おおっ、父上殿! 頭を上げられよ!

儂は しがない界の番人なのじゃ」


榊の方が焦っている。


それから しばらく、父と榊は

世話になっている、いやいや こちらこそ、此度は琴を弾くため... 、そのようなことを していただけるとは、今後とも どうか... と、長々と挨拶をしていた。


「お、そうだ泰河。拝殿に上がれ。

榊様も お上がりください」


あまり意識したことがなかったが、榊は空狐だ。

瑞獣、神の域のたぐいだった。

「へぇ... 榊 おまえ、すげぇんだな」

泰河も今さらに言う。


「いや、そのようなことはない。

空狐となっても、術は 今 一つ 玄翁には及ばぬ。

まだまだ儂も小童こわっぱよ」


ふん と 鼻を軽く鳴らした榊と 一緒に

父や泰河に続いて拝殿に上がる。


この拝殿は古い。そして、何もない。

六畳ほどの板の間だ。

照明さえなく、手に灯火を持って入る。


父が 拝殿の奥の小さな台に 灯火を置く。

内部を照らすには小さく、薄ぼんやりとした灯りのある闇になる。

拝殿には、この台以外に 鏡などの依り代になるものさえなく、かといって 奥に本殿がある訳でもない。


「泰河」


父が呼ぶと、泰河が灯火の前に正座をし

その火を見つめる。


父は 泰河の隣で、泰河の背後に 一礼をし

祝詞を捧げ始めるのだが

いつも、日本語なのだろうか? と思う。

意味も よくわからない。

これについても、父は口を開かない。


オレは いつも、入り口近くにいて

泰河の背を見ながら座る。

薄闇に灯火で出来る 泰河の背の影。


祝詞の途中で、泰河の影に 何かが降りる。

それは よく見えず、形も その時によってバラバラだ。


榊が オレの背に右手を添え、左手の手のひらを

肩の位置まで上げた。


白い、見たことのない神獣がいた。


麒麟なのか、天馬なのか...

たてがみと尾に白いほのお

ひづめの上にも同じ焔を なびかせている。


神獣は、泰河の背から身体に潜ると

竜となって 天へ駆け上がって行った。

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