クリスマス キャロル 9


「ヒスイちゃん、歩きにくいかしら? 大丈夫?

ゆっくりでいいのよ」


母の後ろから現れたヒスイは、着物を着ていた。名前に合わせたようで、翡翠色の地に

梅と鶯の模様が入り、黄白色の帯を巻いている。


「おっ、いいじゃん ヒスイ」

「うん。しとやかに見えるね」


母は、ヒスイに座り方を教え

ヒスイと榊を見て、満面の笑みを浮かべた。


「私に、この着物をくれる って言うの」


ヒスイは、オレとジェイドに向かって言っていたが、母が すかさず口を挟む。


「おばちゃんがねぇ、若い時のものなのよ。

そんな鮮やかな色のもの、もう着れるもんですか。持ってお帰りなさいね。

私は 一人でも 女の子が欲しかったのに

男ばかりで むさ苦しいったらないわ」


そう言った側から

「ルカちゃん、ジェイドくん、おばちゃんの隣にお座り。お酒が おいしくなりそう」と

あはは と笑う。


泰河が ルカの隣に 榊を座らせ、その隣に自分が座り、ジェイドの隣には ヒスイがいる。

晄が ヒスイの隣に座りかけたので、蹴り飛ばしてやった。


「さ、みんな座ったわね。それじゃあ。

新年、明けまして おめでとうございます。

今年も よろしくお願いいたします」


皆が母の後で挨拶すると、屠蘇が回される。

「本当はね、年長者のお父さんからなんだけど、うちは お正月は忙しいのよ。

どうせ拝殿の前で 樽酒を たらふく飲んでるしね」


「ほら、榊」


泰河が尾頭付きの鯛を、まるごと榊の取り皿に置く。

ジェイドが雑煮の椀から、柔らかくなった餅を

にゅーっと伸ばしていると

「少しずつ食べるのよ。喉に詰まったら大変だから」と、母が注意した。


「おばちゃん、雑煮おかわりしていい?」


もう雑煮を平らげたルカが言う。


「いくらでも お上がりなさい。

でも、お餅は自分で お焼きなさいね」


オレが ヒスイの取り皿に

重箱から食べれそうな物を取って置いていると

隣で晄が

「朋にいさぁ、ヒスイちゃんのこと、本... 」

たぶん『本気なのか』みたいなことを

わざわざ本人の前で聞こうとしたようだが

全部 言い終わる前に、泰河が 晄に裏拳を食らわせた。


「痛ぇよ 泰ちゃん! だいたい オレなんで

朋にいと 泰ちゃんの間なんだよ」


「オレが おまえを好きだからだよ。

文句あんのか? 黙って食え」


泰河が 晄に微笑む。


晄が榊を ちらっと見ると、榊は鯛を口に運びながら『不甲斐ないのう』といった顔をしていた。

榊... また晄を使ったのか...


「晄。おまえ、榊が好きなのか?」


晄が 榊の言うことを聞く理由はこれしかない。

榊は、外見は切れ長の眼をした つややかな美女だ。

晄が憧れるのも無理はない。


「あら。晄 おまえ、それは無理よ」

晄が口を開く前に 母が言った。


「だって榊ちゃんは、お狐様だもの。

おまえなんて相手にされないわ」


「オキツネサマぁ? アハハハ!

何言ってんだよ、母さん」


晄は、霊感などの類いはある。

だが実際に見ても、絶対に信じない。

頑なに真っ向から否定する。

最近は、本人も気づかずに自分の周囲に結界を張っていて『幻覚は見なくなった』と言っていた。


「ふむ」


榊が 人化けを解いた。


ヒスイも驚いて オレを見るが、晄は 箸を落とし「えっ、あの... 」と、口をパクパクさせる。


「ほら、言ったでしょうに」


母は、ジェイドにグラスを差し出して酒を注がせ「ルカちゃん、かまぼこ取ってちょうだい」と

自分の取り皿を指差す。


榊は、前足で鼻を掻き

「晄樹よ。こういったことはあるのだ」と

また人化けし

「おまえの気持ちには応えられぬ。

頭が固く、つまらんからのう」と

重箱から伊勢海老を取った。




********




実家を出て、また境内を歩く。


「着物きつくないか? 悪いな、母さんが... 」


「コルセットを締めてる感じね。

でも、背筋が伸びて 気持ちいいわ。

プレゼントには驚いたけど、悪くなんてないわ。着物が着れるなんて嬉しい」


ヒスイは 腕を少し上げ、着物の袖を見ている。

翡翠色の地に 梅の枝と蕾。

鶯は 薄い黄白色に縁取られ、光沢のある黄白の帯とよく合っていた。


「よく似合ってるよ。髪の色にも」


「本当? 嬉しい。

なんだか、おとぎ話の中にいる気分だわ」


ヒスイは 朝、ジェイド達と ここに着いた時に

手や口を清めて 参拝したようなので

神籤を引き、御守りを幾つか買った。

家族への 日本土産の 一つにするらしい。


うちの神社には、鳥居が 三つある。

表と裏、本殿から右側の方にも 一つ。

今は その右側の鳥居を抜け、竹林の道を歩いている。

この先には、小さな社や祠が祀られており

その奥からも 一般道に出れるようになっている。


一般道に出るとすぐ左側に、古民家を改築した喫茶店がある。

この店は、昔の茶屋のような雰囲気があり

囲炉裏がある座敷、竹製のテーブルと椅子。

メニューには、紅茶やコーヒーなどもあるが

抹茶や和菓子も置いている。


その喫茶店に入り、抹茶を 二つと

ヒスイが選んだ 白玉と きな粉が添えられた

小さなソフトクリームを注文した。


「ねぇ、あの写真の女の人の格好は

着物とは少し違うようね」


ヒスイが指を指したのは、壁に飾られた幾つかのモノクロ写真の 一枚で

短い おかっぱ頭に 袴を穿いた女性のものだった。


「ブーツを履いているわ」


「あれは たぶん、明治か大正くらいのものだと思う。着物から洋装に移り変わる時のものだ」


「ステキね... クールだわ。

持っているバッグは、巾着というものね?」


ヒスイは、靴やバッグのデザインや製作をする仕事をしているらしく、今 自分が履いている下駄にも興味を持っていた。


「子供の頃に日本に来た時は、ずっと

生まれたばかりの リンドウを見ていたわ。

その時に産院で、ソックスを編んだの。

カギ針でね。小さな小さなソックスよ。

それが私の 一番最初の作品だったわ」


「物を作るのが好きなんだな」


「そうね 彫刻にも興味があるわ。

こっちのお寺で見た仏像や菩薩像にも 感動したわ。線が しなやかなのね。

あなたは、神父のような仕事なの?」


「神父というよりは、エクソシストに近い。

実家の神社を手伝うのは、正月だけだし」


四角いトレイにのせられた 白玉ソフトと抹茶が

テーブルに置かれる。

正月のサービスで、小さなグラスに入ったコーヒーゼリーも添えられていた。


「ジェイドもだけど、大変な仕事よね」


「そうだな。でも、人によっては見えないものだし、直接に触れることも そうない。

曖昧な仕事ではあるよな。

ヒスイみたいに 形を残せる仕事は、仕上がった時に 達成感があるんだろうな」


「そうね。イメージ通りに出来て、誰かが 気に入って選んでくれた時は、本当に嬉しいわ」


話している間に、ソフトを食べ終わったので

コーヒーゼリーに ミルクを入れていると

「これは何?」と、ヒスイが聞く。


「コーヒーゼリーだよ」

当然のように答えると

「ゼリー?」と、不思議そうにスプーンで掬った。


「... 本当だわ。甘いけど、コーヒーの味もする。

日本では ポピュラーなものなの?」


「コンビニでも売ってるぜ。イタリアにはないのか?」


「ないわ。私は冷たいコーヒーも飲まないもの。驚いたわ」


だが 気に入ったようなので

帰り道は少し遠回りして 近くのコンビニへ行き

コーヒーゼリーを 三つ、あるだけ買う。


回り道をして 実家や裏の鳥居の近くに出ると、

ちょうど実家から ジェイドとルカが出て来た。


「お。朋樹、ヒスイ」


ルカが 気づいて声をかけてきた。

今日は、ルカの家の車で来ていたらしく

もう車を返さないといけないようで

これから帰る という。


「朋樹、お世話になったね。お母さんにも

もう 一度 よろしく伝えておいてくれ。

ヒスイ、おまえは どうする?

後で 朋樹か泰河が送ってくれるなら... 」


「いいえ、一緒に帰るわ」


即答 だな...

ジェイドやルカも 意外そうな顔をする。


「そうか... 」


「着ていた洋服を持っていくから、先に駐車場に行ってて」


ヒスイと実家に戻り

着物に着替える前に ヒスイが着ていた物を

紙袋にまとめた。


「また いらっしゃいね」という母に

「お食事ごちそうさまでした。美しい着物をありがとう」と ヒスイが挨拶をして、実家を出る。


裏の鳥居には入らず、神社の外側をぐるりと回って、表の鳥居近くの駐車場の前に出た。


「もう、帰るのか?」


着替えが入った紙袋を渡しながら聞くと

ヒスイは、オレの眼を見た。


「私、あなたに ちゃんと言ったわ。

あなたを好きになった って。

クリスマスの夜に、眠る前にね」


ヒスイの指が、オレのくちびるに触れる。


「あなたは、触れられる夢ね」


指を離すと、オレに背を向けて歩き出した。

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