クリスマス キャロル 6


「やあ、朋樹。

昨夜は ヒスイが お世話になったようだ。

すまなかったね」


「あ、いや... 」


後々 気まずくなるのも何なので、ジェイドに会いに 教会に来てみたが

昨夜のことは 特に何も気になってはないようだ。オレが考えすぎたか...


「それでなくても 昨日は朝から忙しかったというのに。疲れただろう?

だけど 本当に助かったよ。ありがとう。

今夜は、教会では祈りだけの予定なんだ。

夜は、ルカの実家に おじゃまするんだけど

朋樹も行く?」


「えっ? いや、オレは いいよ」


「そう? もうすぐルカと 一緒に、ヒスイも ここに来ると思うから、コーヒーでも... 」


「あっ いや もう帰るわ。

ちょっと寄っただけだし。じゃあ」


軽く片手を上げて、さっさと駐車場の車に戻る。

何をやっているんだ オレは...


車を出すと、沙耶ちゃんの店に向かう。

そういえば 朝飯 食ってないな。


花屋に寄って、沙耶ちゃんへのプレゼントに

店に飾る鉢を買う。

店頭には ポインセチアが たくさん出されていたが、らし過ぎる気がする。


店内に入り、俯き気味に咲く可憐な花に眼を止めた。寂しげでもあるが、しとやかだ。

すっと伸びる何本もの細い茎の 一つ 一つに

五枚の花弁の花。

クリスマスローズ という名前の花らしい。

これにするかな。



花の鉢を持って店に入ると

カウンターの いつもの席に、泰河が座っていた。


「あら、朋樹くん。おはよう」

「おっ、よう」


「おはよう。あと、メリークリスマス」と

沙耶ちゃんに 鉢を渡す。


「まあ、毎年ありがとう。

クリスマスローズね、かわいいわ。

コーヒーで いいかしら?」


「あ、いや 飯まだなんだ。

トーストか何かでいいんだけど... 」


「あら、朝が まだなんて めずらしいわね。

軽いものがいい?」


沙耶ちゃんは、鉢をカウンターの端に飾ると

「ちょっと待っててね」と、キッチンへ入って行った。


「何してんだ? 座れよ」


泰河に言われて、立ちっぱなしだったことに気づいた。


「あ、おう」


いつものように 泰河の隣に座り

「昨日は、里まで行ったのか?」と、聞くと


「おう。おもちゃは結局さ、けん玉とか カルタとか、あとはボードゲームとか買ってさ。

それは みんなで遊ぶことにして

ついさっき玄翁サンタが 仔狐たちにプレゼントしたのは、結局 クリスマスブーツだったぜ。

けど、すげぇ喜んでた」と いうことだ。


里は 今、クリスマスイブの夜だ。

こちらと 12時間の時差がある。

仔狐たちは、おもちゃに喜んで

今夜は 夜更かしするかもな。

里には ルカも 一緒に行ったようで、はしゃぎまわっていたらしい。泰河もだろうけどな。

容易に想像がつく。



「朋樹、おまえさ

前に ここに来た、ヒロヤとリホって子達のこと

覚えてるか?」


コーヒーを飲みながら 泰河が聞く。


「ああ、ウェンディコ症の」


「リホって子、マジで妊娠してたみたいなんだ。

ハーゲンティが言ってただろ? それでさ... 」


泰河の話を聞きながら

なにか 朧気な記憶が浮かんでくる。


沙耶ちゃんに出してもらった トーストやオムレツ、温野菜サラダを受け取り

「大変だよなぁ。双子だもんな」と

ニンジンにフォークを刺すと、泰河が黙った。


「おまえ 何で、双子だって知ってんだ?」


「え?」


... ここで聞いたんだ。

ルカがいたような気がする。


いや、夢 か?


今朝も 何か 夢を見たな。

何故か、ジェイドが刺青だらけだった。


黙々と サラダを食っていると

「霊視か?」と、泰河が聞くので

首を横に振る。


「とにかくさ、困ってるらしいんだよな。

何か出来ればいいんだけどな」


何か、なぁ...  赤ちゃんが生まれるんなら

その場しのぎ って訳にはいかねぇし...

オムレツを食べながら考える。


待て


この店の 一本裏の道に、中古住宅があったよな。ずっと売家のままだった。

そこなら大学にも遠くないし、近くには公園も病院もある。小児科院じゃなかったか?


カウンターを立ち

「トースト、戻ったら食べる」と 店を出た。



車で 売家の前に着くと、物件を取り扱う不動産屋に連絡を取った。

クリスマスなので暇らしく、すぐに 内見させてくれる という。


15分ほどで、オレより10歳くらい年上に見える

スーツの男が来た。

売家の鍵を開けてもらい、中へ入る。


「水回りのリフォームは済んでいまして。

もちろん、壁や畳も やらせていただきます」


リビングダイニングに カウンターキッチン。

一階に寝室 一つと、二階に部屋が 二つ。

広めのバルコニー。小さいが 庭もある。


「この条件で、破格ですよね?

なんで何年も 買い手が付かないんですか?」


「いや、それは...  私共にも ちょっと... 」


「一階の寝室の男性のせいですか?」


オレが言うと、不動産屋の男は息を飲んだ。


「... やっぱり、何か いるんですか?」


「ええ。ぶら下がってますね」


不動産屋の男は顔を青くして

「一度 外に出ましょう」と、懇願するが

「いや、一緒に来てください。

僕、実家が神社なんですよ」と

男を引っ張って、寝室へ行った。


ぶら下がる男は、中年のようだ。

40代半ば といったところか。


小声で短い呪を唱え

不動産屋の男の肩に手を置く。


「ほら、見えますか?」


不動産屋の男は、へなへなと その場に崩れ

なんとか這って部屋から出ようとするが

結界を張ったので、ドアが どこにあるか わからないようだ。


「なんとかしましょうか?

売値が半額になるなら」


不動産屋の男は、部屋の壁に背を付け ガタガタと震えているが、首を縦に振らない。


「そうですか...  それじゃ、帰りますね。

内見出来て よかったです」


部屋を出ようとすると、男は オレのコートを必死で掴み

「さっ、さん 三割なら、なんとかします」と

言う。


「三割か... 悪くないかな。本当ですよね?」


男は 必死に頷くと

大きく震える手に持った赤ペンで、売家の資料の価格の部分に 横線を引き、その上に 三割引いた額を書いて、自分の名刺と 一緒に渡してきた。


「それでは... 」


ぶら下がる男は、恨みや未練はなく

ただ繋がれているだけだった。

ぶら下がることを選択した自分の罪に。


祝詞を口にすると、ぶら下がる男は

身体を突っ張らせ、びくびくと揺れる。


祝詞が終わると、ぶら下がっていた男は

床に立っていた。


「あなたを導く声に従って進んでください」


男は、涙を拭きながら

『ありがとうございます』と深く礼をし

旅立って行った。


「済みましたよ。

ついでに買い手も紹介しますから。

買い手には、この資料と名刺を持たせますね」


不動産屋の男に 物件を押さえとくよう約束をし、一度 自分の部屋へ帰る。


純金のマリアの板をバスタオルで包み

沙耶ちゃんの店へ戻った。



「朋樹くん、どういうことなの... ?」


「ん? 前の仕事でもらったんだよ。なあ?」


「いや...  “なあ”って、おまえ... 」


これを売って、あの家を買えばいい。

家を買っても 当面は 生活 出来るだろう。 


自分でも、なんでこんなことをしたのかは

よくわからない。

ただ、この板は オレに分不相応な気がしたし

たまたま役立てられる機会に会った。


「クリスマスだからな」


そう。たぶん気まぐれだ。


チーズをのせて温め直してもらったトーストを噛りながら言うと、沙耶ちゃんが涙ぐんだ。


「朋樹くん、ありがとう」


泰河は まだ口を開けている。


「私、朋樹くんのこと、少し心配だったの。

朋樹くんは いつも親切なんだけど、なんだか

優しい訳じゃなくて... 」


喉に トーストのミミが刺さる。

噎せながら「まあ、そうだね」と笑うと

沙耶ちゃんは「あっ! ごめんなさい!」と

口元を両手で隠した。


「だけど、まさかこんな... 」


泰河は口を閉じると、少しムッとしながら

「... じゃあさ、オレが ヒロヤのバイト先を探すよ。割りがいいとこを」と言う。

泰河は いつも、対抗心に溢れている。


「頼むぜ」と答えると、ますますムッとしたが

「なんかさ、おまえ、変わってきたよな」と

ぼそっと言った。


沙耶ちゃんもコーヒーを出しながら

「そう、朋樹くんが花の鉢をくれるなんて

初めてよ。いつもは 花が咲かない鉢なのに」と

店の中の観葉植物を見回す。


「ちょっと待ってて」と

一度キッチンへ入った 沙耶ちゃんは

小さなハートのケーキを オレと泰河の前に出し

「クリスマスローズの花言葉はね

“追憶” とか “私を忘れないで” とかなの」と

教えてくれた。


追憶 か


「あんまりクリスマスらしくないよな」


泰河がケーキをフォークで割りながら言う。


「うん、そうなのよね。他には

“私の不安を取り除いてください” とか

“なぐさめ” “スキャンダル”... 」


なんとなく、それぞれが黙る。


沙耶ちゃんに

「朋樹くん。あなた、恋でも... ?」と聞かれ

なんとか噎せずに耐えてケーキを食べ終えた。


やばい。


沙耶ちゃんは霊視が出来る。


ケーキの皿から顔を上げると、隣で泰河が ニヤけていたが、すぐに表情を取り繕った。


「いやさ、沙耶ちゃん。

朋樹だって もう大人だし、深くは聞かないでおこうって、みんなで... 」


そこまで言った泰河は、ハッとして口をつぐんだ。


そうか...  示し合わせてたのか...


こんなふうになるなら、こないだみたいに

大っぴらに話されて終わる方がマシだ。


だが顔が熱くなるばかりで、何も口に出せなかった。


「あっ、朋樹。えーっと... そう!

おまえさ、年末は実家に帰るよな?

初詣で忙しいもんな!

いやもちろん、今年も手伝うぜ!」


頷こうとした時に

「... ジェイドくんに似てるわね」と

沙耶ちゃんが呟かれ、汗までかいて固まった。

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