クリスマス キャロル 5


「ホー ホー ホー!

メリー・クリスマース!!」


教会の扉が開くと、二頭のトナカイとソリが教会の通路を通って行く。

ソリには、完璧なサンタに人化けした玄翁と

プレゼントの白い大きな袋が乗っている。

子供たちだけでなく、大人からも歓声が上がった。


おかしい...

通路の幅を考えると、二頭のトナカイが並ぶことや、ソリが通ることは出来ないはずだが...


浅黄が床に手をつけているところを見ると

どうやら更に幻惑を加えているらしい。


玄翁サンタは、教会の前まで来ると

「さあ、一列に並んで」と、ソリを降りて

にこやかに言った。


子供たち ひとりひとりに、穏やかな笑顔で

「メリークリスマス! 君は鉄棒が得意なようだ」「君は、漢字を たくさん覚えたね」と

握手やハグをし、プレゼントの 子供用の聖書と

キャンディが入った小さなクリスマスブーツを渡す。


玄翁は、すごい。

あの里を作り上げただけはある。

子供たちの顔は上気し、眼は きらきらと輝いている。感動のあまり泣いてしまった子もいて

「すばらしい... 彼に是非、挨拶がしたい」と

ジェイドも感心している。


すべての子にプレゼントを渡し終えた 玄翁は

「君たちが笑顔であることが、大変に嬉しかった。主も とても喜んでおられる。

また来年も こうして会えることを楽しみにしているよ、素晴らしい子供たち。よい夜を」と、

ソリに乗り、手を振って教会を出た。


わー っと、子供たちが外へ出ると

玄翁サンタは 十二頭のトナカイに引かれたソリで空へ走った。幻惑はリアルな夢だ。


雲の彼方へ消えるまで、皆 見つめている。

きっと、一生忘れない夜になるのだろう。



迎えに来た大人たちと 一緒に子供たちが帰った後は、残ったボランティアの人達に手伝ってもらって片付けをし、そのまま教会で ささやかな打ち上げをするという。


ジェイドは家の方のリビングで、戻ってきた玄翁の手を両手で取り

「本当に ありがとう。感謝しています。

なんと言っていいのか わからない程だ」と

固まった玄翁を引き寄せてハグをした。


「礼を申すのは、こちらの方じゃ。

長き時を経て、幽世かくりよに我ら野の者達の魂が帰った。近くに是非 里に参られよ」


ジェイドが「もちろん!」と、腕を離すと

玄翁は「ふう」と 息をついて笑顔になった。


打ち上げにも参加しないか? と 誘われると

「じゃが、このような催しは なかなかに良い。

里の子等にも贈り物をしようかのう」と

今夜は 里でもサンタになる気のようだ。


「おお! ならさ、オレがプレゼントを選んでやるよ」と、泰河が言い

「女の子向けのは オレが選ぼうか?

妹いるから 多少わかるぜ」と、ルカも言う。


玄翁と浅黄は、ジェイドと また固い握手をすると

泰河や ルカと 一緒にリビングを出た。



教会の片付けが済み、ジェイドと助祭の本山さん

ボランティアの人達と、あらためて乾杯をした。


「読み聞かせ以外は 初めての試みでしたが、

とても うまくいきましたね」

「これから子供たちは、本を読みに

教会に通うかもしれません」

「特別な日だけでなく、週に 一度ほど

読み聞かせの機会を作りませんか?」


ワインが入った紙コップを片手に、皆 笑顔で話している。

ジェイドは 次々に話しかけられ、応対するのに大変そうだか、楽しそうにも見える。


不思議だけど、仕事とは違う充足感があった。

こういう催しに参加するのは初めてだが

ここで笑顔で話している人達の気持ちがわかる。


ちょっと、夜風に当たるかな。


紙コップをゴミ袋に入れて、教会を出た。



夜の澄んだ空気の中、空を見上げると

満月に近い月と冬の星座が瞬いている。


教会の後ろの壁が、本で いっぱいになったら

書庫を増設することになるかもしれないな。

教会の敷地には、まだ余裕がある。

今日の催しで テーブルを出しても、向かって右側は空いていた。

あの雑草を片付ければ 書庫が建てられる。


そんなことを考えていると、背後で教会の扉が開いた。

ヒスイ... ジェイドの妹が立っている。

眼が合うと、ヒスイは 少し笑った。


... ジェイドに似てるな。

ジェイドは 見た目は穏やかな麗人といった感じだが、ヒスイは クールな美人だ。


背は オレより少し低いくらいで、170くらいある。髪の色も眼の色も ジェイドと同じ色だが

ヒスイの方が 眼が少し大きい。


教会では、ジェイドは 皆に捕まっているし

ルカもいない。


「退屈になった?」


オレが聞くと、ヒスイは

「違うわ。あなたが外に出たから」と言う。


「あなたって、色のないイメージ。

白い紙に墨で描いた絵みたい」


それは オレが、ヒスイの眼を見て

鳥の翼のようだ と、感じたようなものなのだろう。


ヒスイは オレの手を取って、教会の門を出た。




********




こちらに背を向けた 黒いフードの男が

右腕を前に伸ばし、何かを指差している。


男の腕は陶器のように白く、黒 一色の墨で

その腕の骨格と、それに巻き付くコブラが彫られている。


指差す方向には、黒い粗末な布に包まれたむくろがある。

骸だと わかるのは、布から出た 血の気のない青白い爪の足のせいだった。


「味気ない部屋ね。この人の人生だわ」


沙耶ちゃんが笑う。


「うん。不必要な物が無さすぎて

どんなヤツだったのか わからねーよなぁ」


ルカが 呆れたように言った。


「見ての通りだよ。つまらんヤツだ。

あーあ、クリスマスの夜だってのにさ」と

泰河は あくび混じだ。


「だけど、お金になるようなものはあるわ」

リホが言うと、ヒロヤが頷いた。


「これは、私が もらうわ」

川島が 腕時計を手に取る。


「じゃあ オレたちは、このゴールドの板をもらうよ。子供たちのために」


「いいんじゃねーの?

死人が持ってても 意味ねーだろ」


「バッグや本も、売れば幾らかにはなるぜ」


「私は 何もいらないわ。

お金になったって、この人の物は欲しくない」


男が着ていたフードが床に落ちた。


左の肩にはクロス。腕には祈り合わせる両手や、牙が生えた髑髏。炎が黒く彫られ、

背中には 右側にだけ片翼が彫られている。


アッシュブロンドの髪。ジェイドが振り向くと

場所は 墓地になっていた。


「やあ、朋樹」


ジーンズだけを穿いたジェイドの胸には

心臓の位置に皮膚が裂けたような模様があった。

そこから、眼が覗く。


「僕は 第三の霊だ。未来だよ」


ジェイドが墓石に手を置いた。

その石に書かれているのは、オレの名前だ。


「僕らは、立ち向かうべき時に

絶対に 相手や 自分の弱さに屈しないだろう?

だけど、いつ こうなるかなんて わからない。

普通に生きるより、ずっと死に近い」


ジェイドは、墓にポツンと供えられた 小さな酒の瓶を取り、蓋を開けて 一口飲んだ。


「死んだ後、魂が どこに行くのかなんて わからない。天なのかもしれないし、幽世や地獄かもしれない。

肉体を離れた世界だ。

人の数だけ、それは存在するんだろうしね」


瓶に残った酒を墓石にかけ

「おいしいかい?」と聞くが、オレは黙って

ジェイドの胸の眼を見つめていた。


「だけど、それは僕も どうだっていいんだ。

僕の魂の行方なんてね。

問題は、遺したひとたちの心だ。

朋樹。君は、誰かに何かを成しているだろうか? 心に何を遺す?」


ジェイドの左腕の、牙が生えた髑髏の眼窩の闇が、オレに向いた。


『痛みから眼を背ける者に、他人の心の在りようなど わかるものか。心に遺すものなど何もない。

自分の心すら わかっていないのだから』


右肩で牙を向くコブラの眼が、オレを見る。


『こいつは、生きていないからな。

肉体が活動しているだけに等しい。

心などなく、感情しか持ち合わせていない。

考えることや感じることはあっても

想いはしない』


胸の眼は、黙って オレを見つめ返す。


「パンだけで生きる君は、他人にもパンしか与えない。

大切なものがあると、立ち向かえなくなるからだろう。君は弱いんだ。

だけど、“人はパンだけで生きるのではない

神のことば 一つ 一つによる”

君は きっと、痛みを知るべきだね」




********




「... ーい、朋樹ぃ」

「上がるぞー。ルカが バイク返せって」


聞きなれた声が聞こえる。

夢の中でまで、うるさいヤツらだ。


寝室のドアが開く音がし

「うおっ?!」っという声で 我に帰った。


「ヒスイ おまえ!! 乳しまえ!」


ルカが バン! と、今 開けた寝室のドアを閉める。


ドアの向こうからは

『ヒスイ ここだわ 乳 出てやがる』

『えー、バイクだけ持って帰ろうぜ。テーブルに鍵あるじゃねぇか』という、ルカと 泰河の声。


オレと泰河は、仕事の関係上

お互いの家の鍵を持っている。

どちらかが動けない場合に、どちらかが お互いの家から必要な物を取ってこれる だとか

単に便利だから という理由だが。


「... 待って、ルカ。私も帰るわ」


ヒスイは、ベッドから降りると

下着や服を身に付けた。


白く細い背中。左側だけの片翼。


ベッドのオレに振り向き

「scemotta」と 軽くキスをして

寝室のドアを出た。

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