クリスマス キャロル 4


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玄翁げんおう、大丈夫だって」

浅黄あさぎも座れよ」


教会の裏、ジェイドの家のリビングで

玄翁と浅黄が固まっている。


今日は12月24日。クリスマスイブだ。


教会では、子供たち向けのパーティーが催された。カトリックを信仰していなくても、誰でも参加が出来る。


昼間は、教会の前の芝生に テーブルを置き

サンドイッチやフライドチキン、ジュースや

クッキー、スナック類が並べられた。

子供たちは芝生の上で騒ぎながら食べ

周りにいる大人達は、ワインを片手に笑顔で談笑していた。


夕方近くになると、暗くなる前に皆で教会に入り

あちらこちらで、様々な本の読み聞かせが始まる。

長椅子の下にも断熱シートが敷かれ

どこに どんな風に座ってもいい。

さっき芝生の上で騒ぎ尽くして、胃も満たされているせいか、子供たちは 大人しく集中して

読み聞かせの物語を聞いている。



「... 困ったことになった」


本棚の近くにいた オレと泰河のところに

神父姿のジェイドが来て ひそひそと言う。


「どうした?」と 聞くと

イベント系の派遣会社に頼んでいたサンタが

手違いで来られなくなった... という。


「まだ 時間あんのか?」と

泰河が ジェイドに聞くと

「読み聞かせの後は、少し自由時間を設けて

最後に、祈りとケーキの予定なんだ。

サンタの出番は その後。あと 二時間後くらいかな... 」ということだ。


「よし。サンタ連れて来てやるよ」


泰河と二人で、すぐに展望台の山へ向かった。




山の楠の広場で、玄翁や榊に事の次第を話して

頼み込んだが

榊は「儂は行かん」と、ふいと横を向いた。


「おまえ、まだ ジェイドが怖いのか?」


「その伴天連バテレンには、先のことで恩もある。

だが儂は、あの教会とやらが落ち着かぬ。

いずれ ジェイドとやらには 礼を申すが

山に連れて来るが良い」


完璧な人化けが出来る狐は少ない。

困ったな... と、思っていると

「子等のためであるなら 仕方あるまい。

儂が行こうかのう」と、玄翁が言った。


それで、護衛の浅黄と 一緒に 教会に来てもらい

二人は出番まで、ジェイドの家のリビングで

待機しているところだ。


「ワインでも飲もうぜ。

こないだは赤だったから、白にしよう」


やっと ソファーに座った玄翁と浅黄のグラスに

白ワインを注いで、チーズやクラッカーをつまみに出すと、泰河がスマホで サンタの画像を見せた。


「サンタってのは、でかくて腹も出ててさ。

長くて白い髭があるんだ。

ちょっと ほっぺたが赤い、穏やかな じいさんなんだよ」


「これは、何じゃ?」


浅黄が、スマホの画面の何かを指差して質問している。


「子供たちのプレゼントを積んだソリだよ。

トナカイが引いてるんだ」


ワインを飲んで、つまみに手を伸ばし

玄翁と浅黄は 少し落ち着いてきたようだ。

オレも 向かいのソファーに座ると、あくびが出た。


今日は、朝から忙しかった。

外のテーブルの設置や買い出し、断熱シートの準備、予約したケーキの手配。

だが、ここまでは うまくいっていて

大人も子供も楽しんでいる。


自分のグラスのワインを 一口飲むと

また あくびが出た。




********




「オレさぁ、2000人以上 友達がいるんだけどー。

会ったことない?」


頭に王冠を載せた ルカが言う。

夜空のような藍色の長いローブを着て

手には何故か 松明を持っている。


広くて豪華な屋敷の中にいるようだ。

その広間には、大きく長いテーブルがあり

丸いグラスに入ったキャンドルが等間隔に置かれ

七面鳥の丸焼きや プディング、ケーキやシャンパンが並んでいる。


大勢の人達中には、ジェイドや泰河の姿もあって

グラスや皿を片手に、知らない人達と 笑って話をしていた。


「... 何言ってんだ? おまえ。

その格好は 何なんだ?」


ルカは 知ったような顔で オレを見て笑い

「まあ、いいや。とりあえず行こうぜ」と

オレを窓から連れ出した。


窓から出ると、沙耶ちゃんの店に着いた。


店のドアには リースが掛けられ

店内にはツリーが飾られている。


いつものようにカウンターの席に座る。

泰河の席は空けて、オレは いつもの席に座り

ルカが その隣に。


沙耶ちゃんが いつもと変わらずコーヒーを出してくれたが、そのまま別の客の元へ向かった。

若い男と女のテーブルだ。


「沙耶夏さん、すみません」

「ありがとうございます」


「いいのよ。今日 一日くらいは

甘いものを食べても大丈夫かしら?」


沙耶ちゃんは、二人に小さなホールのケーキを出している。

赤い大きなハートの上に、羽がついた天使が乗ったケーキだ。


「クリスマスだものね。

でも、お酒は出さないわよ。お腹の子に悪いわ」


ああ あの子たちは、ウェンディコ症の時の

... 確か、ヒロヤとリホだ。


ハーゲンティの話では、妊娠してるってことだったよな。本人たちも気づいたのか。


「でも なんとか、先に住むところよね... 」


「はい。どっちも単身向けの部屋に住んでいるので...  大学も辞めないと... 」


「リホちゃんは 休学すればいいんじゃない?

ヒロヤくんは、ご両親に相談出来ないの?」


「殴られました。以来 口も利いてくれません。

僕は、大学を辞めて働きます」


「でも、学校の先生になりたいんでしょう?

民俗学の研究もしたい、って... 」


なんか、困ってるみたいだな。


「喚んだか?」


えっ? ハーゲンティだ。


黒いスーツから出た深紅の肌の手。

その腕を組んでいる。


「金が、必要なんです」


「契約するほどの事ではなかろう?」


「だけど、もう仕送りも止められましたし

お腹の子たちは双子なんです。

生まれてきたら、オレも働いてばかりもいられません」


「... 経済的に不自由のない人生、といった願いか。契約するのは どちらだ?」


冷めたコーヒーのカップをカウンターに置いて「待てよ」と立ち上がるが

立ち上がったオレを ルカが止めた。


「おまえさぁ、何 言うつもりなんだよ?

何も出来ねーだろ。現実的にさぁ。

朋樹、オレは第二の霊。現在なんだ」


ルカのローブの下から

青い顔の子供が顔を出した。


『... 大型犬じゃねぇか。

だいたいな、一匹や二匹 保護したところで

あとはどうするんだよ?

世の中には、こういう犬とか猫が

ゴマンといるんだぜ』


青い顔の子供の隣から

白い顔の子供が顔を出した。


『まだ置いてあったら、あとで保護施設に連れて行けよ。それが早いだろ。

それより仕事入ってんだよ、行くぞ』


これは、もっと若い時に オレが言った言葉だ。

泰河が、段ボール箱に入った捨て犬を拾った時に。


「この時の仔犬、一匹は 泰河の実家にいるよな?

他の仔犬の飼い主も、あいつは 一人で探したんだ。泰河は仔犬を救った。一匹でも確実に」


ルカが、冷たくなったコーヒーを 一口 飲んで

松明を振ると、炎の残像の中に たくさんの場面が現れた。


どの人も困っている。

ヒロヤとリホ、知らない小さな子供たちや

痩せた犬、寒さに身を寄せ会う仔猫たち。


「全員を救えない。現実的にはね。

じゃあ、誰かに やってもらえばいいんだ。

自分じゃない人に押し付ければいい。

ダメだった時、自分は傷つかずに済むしな」


いや 違う。

あれから ずっと気になってはいたんだ。


あの時、泰河はムッとして

もう捨て犬については オレに何も言わなかったが、泰河の実家の犬が この時の犬だ っていうのは知っている。


『いつもそうね。見ないフリ』


黒い顔の女の子がローブから顔を出した。

顔は影になっているが、川島だ。


『私、毎晩 泣いてたわ。

中学二年生のバレンタインの日だった。

公園に来てって言った時

あなたは、頷いたのに来なかった。

翌日から、他の女の子と 一緒に帰ってた』


『いつもそうさ。賢いフリしたバカなんだ。

僕の名は無知だ』

青い顔の子供が言う。


『僕は貧困。心のね』

白い顔の子供が言った。


「泰河といると退屈しない、って?」


ルカが言う。


「違うよ。おまえは あいつに憧れてるんだ。

あいつの まっすぐさや、熱さにね。

泰河と出会った時は 幼すぎた。

どうするか選ぶこともせず、もう隣にいた。

あいつが好きで、嫌われたくないんだ」


ルカが 松明を消すと、店内の照明が落ちる。

オレは、きらきらと光るツリーを見つめていた。




********




「朋樹、そろそろ教会に戻るぜ。

オレが玄翁連れて正面から入るから

おまえは浅黄と通用口から戻っておいてくれ」


ああ、時間か...

今ちょっと寝ちまってたな。


「行こうぜ、浅黄」


オレと浅黄は、通用口から そっと教会に入った。

教会では祈りが終わった後のようで、子供たちが小さなブッシュドノエルを食べている。


「おお、あれはツリーだな。きれいだ」


浅黄は ツリーを見て、嬉しそうな顔をした。


「そうだな...  きれいだ」


さっき、夢でもツリーを見た気がする。


「朋樹、すまない。サンタは到着したかな?

この方は?」

ジェイドが隣に来て、浅黄に眼を止めて言う。


「浅黄だ。玄翁の護衛なんだ」


「そうか。

····はじめまして、今日はよく来てくださいました。ジェイド・ヴィタリーニです」


ジェイドが丁寧な挨拶をし、握手を求めると

浅黄は背筋を伸ばし、ガチガチになりながら

「浅黄だ」と、その手を取った。

浅黄でも伴天連には緊張するらしい。


教会の扉が そっと開き、ルカが入って来た。

そういや今日、あいつ教会にいなかったな····


誰かを手招きしている。


続いて入って来たのは、ジェイドと同じ髪の色をした ショートへアの女だ。

グレーのレザーのショートブルゾンの下に

インディコのスキニー

黒い編み上げブーツを履いている。


ルカと女は、教会の左の壁に沿って

すれ違う大人に会釈しながら

オレらのところに来た。


「朋樹、浅黄。こいつは僕の双子の妹で

ヒスイっていうんだ。

クリスマス休暇で日本に遊びに来てね。

今日ルカに空港まで迎えに行ってもらったんだ」


女はシルバーのアイメイクの大きな眼を

浅黄とオレに向けた。

なぜか、鳥の翼をイメージする。


「はじめまして」


ボルドーの くちびるで、そう言って笑った。

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