「... 怖かったか、じゃと?」


榊は やっと腹から顔を出し、長い鼻先をオレらの方に向けた。


「奴は 伴天連ぞ!」


いや、バテレンて。


「何?! 榊、それは誠か?」

「わっ、なんだよ玄翁げんおう!いたのかよ!」


小柄な墨色の狐が 楠の裏から突然声を出した。

こいつも榊と同じく妖孤で、この山の山神だ。


「バテレン、て 宣教師のことか?」


気を取り直して聞いてみると、朋樹が

「元は、神父や宣教師のことを言ったみたいだが、今はクリスチャンのことも言うみたいだぜ。カトリックの総称みたいなもんだろ」と答えた。


今は って

そもそも今は バテレンって言わねぇだろ。


「で、なんで それが怖いんだよ?

クリスチャンなんて日本にも たくさんいるじゃねぇか。それぞれ宗教の自由ってもんが... 」


「違うのじゃ、泰河よ。

榊の言う伴天連は、ここでいう お主たちのような者たちじゃ」


黒狐の玄翁は 難しい顔でオレの話を遮った。


オレら?


「祓魔師か?」


朋樹が聞くと、玄翁が うむと頷く。

祓魔師... エクソシストか。


オレと朋樹の本業は、まあ、そういうヤツだ。


朋樹は 主に霊関係。元はヒトだったもの。

オレは それ以外。

簡単に言えば、榊や玄翁みたいなのとか

他の よくわからんヤツとか。


それでも、被害者がいて

そこから仕事... 金になればの話。

害がない とか、金にならない とかであれば

特に関与しない。



玄翁は「どう説明すれば良いかのう... 」と

少し迷って、話を続けた。


「奴らは、他を認める ということがない。

己の唯一神以外の者は、全て悪なのじゃな。

他の者にとっての信ずる神であっても

もちろん儂等も」


「だからって、危険は ないんじゃないか?

玄翁や榊を狩りに来た訳じゃないんだろうし。

店で賭け やってたんだろ?」


朋樹は、肩に届く艶やかな黒髪を雑にかきあげながら、前半は玄翁に、後半はオレに言った。


なんだろう。見慣れてはいるが

こういうしぐさが自然にサマになるヤツって。


朋樹は、背はオレより少し低いが、脚も長く

モデルばりに均整が取れている。

二重の眼は黒眼の色が深い。

整った鼻や唇で、全体的にしゅっとしていて

ガキの頃からよくモテた。

まあ、そりゃ 様になるか。


ともかく、オレも話に入る。


「ああ、しかもエクソシストって教会の命で動くんだろ?

悪魔に憑かれたヤツから祓うにも、確か最初は

患者を病院に行かせたりするんじゃねぇの?

その辺りは厳しいみたいだぜ。

闇雲に、やたらと祓わねぇだろ」


そう言ってみたが

榊は まだそっぽを向いている。


「じゃがのう... 」


玄翁は黒い前脚で 枯れ葉の下の地面を少し掻き、まだ不安な眼で話し出した。


「この国に宣教師等がやってきた頃の事じゃ。

教えを広げることが目的ではあるが

其奴らは、渡った場所の経済や教育の水準を上げるよう尽力もした。

疫病などが流行らぬよう衛生にも努めた。

そしてそれは、宗教上の教えによる利他的精神に依るものじゃった。

人等は奴等に感謝し、徐々に受け入れるようになり、やがては改宗する者も増えていった」


確か、15世紀頃だよな


フランシスコ・ザビエルが、ヤジロウとかいう日本人にこの国の存在を聞いて布教に来たのが最初で、その後、他にも 何人かの宣教師たちが渡って来たらしい。


開港していた長崎で 教徒の規模を目の当たりにした豊臣秀吉は、自分達より力をつけられるのを恐れ、キリシタン追放令を出している。

これが、後の鎖国にもキリシタン弾圧にも繋がっていった。


また時を経て、明治の頃になると

日本が再び開港しても

『我らの宗教を否定するなど』と

諸外国に相手にされなかったようだ。


それで日本は また考えを改めだした... と


昔 学校で習った時に、朋樹から教科書にない補足まで聞いた事を うっすら思い出した。

朋樹の実家は神社なので、自然と他宗教にも興味が沸くらしい。


話を聞いていた榊が「ふん」と 鼻を鳴らしたが、玄翁は続けた。


「奴等は、その土地の文化や風習を尊重した。

鉄砲や南蛮の酒を伝えはしたが、土地ごと異国に染めようとはせなんだ。

その頃は まだ儂等も、今よりずっと人等の近くに暮らしておった。

今よりずっとあやしの文化もあったのじゃ」


つまり、今より化かすことが盛んだった と。


「人々は 儂等を疎ましく思うておった。

畑を荒し、魚や揚げを盗まれる。

人に憑いては狂わせる、と。

儂等を無意味に狩って遊ぶといったことは

さておきのう」


身につまされる話になってきたな...

朋樹が バツが悪い顔になった。

多分 オレもだろう。


「人等が困れば、奴等は その利他的な精神で人等を助けようとする。

子を撃たれ、仇討ちに憑いた同胞は

奴等の儀式によって無になった」


... 無?


「憑いたヤツを剥がすだけじゃねぇの?」

オレが そう聞くと、玄翁は

「あれは... どういえばよいのかのう。

人の身から剥がされると、そのまま魂魄は元の身に還らず、蒸発するかのように見えたのう。

弔おうにも、身も消えるのじゃ。

輪廻の道からも外されるのやもしれぬ。

儂等は 大勢の同胞を失った 。

憑いた者や化かした者ばかりか、山で静かに暮らしておった者共すらものう」と 答えて、空を仰いだ。


どうやら、憑いたヤツを祓い落とす とか

死に至らせる とかでもないらしい。


「儂等は 人と近くにあるが、自然に側しておる。人がおらずとも存在するのだ。

対して、奴等の敵対する魔というものは 人がおらねば存在しまい。

聞けば その魔というものは

元はその神から生み出され 神に仕えていた者だった、と言うではないか。

儂等は... いや儂等だけではなく、自然に側する者共にとっては、魔に対する呪というのは強すぎるのだ。跡形も残らぬほどにのう」


玄翁が 話し終えると、榊が 鼻息を荒くして続けた。


「儂等は、幼少の頃から話を聞かされておるのじゃ! 伴天連どもに、どれだけの同胞が元よりおらぬものとされてきたか...

いつか冥府に向こうても会えぬのだぞ!

儂は 幽世かくりよの番人となって

子が親を、親が子を、妻を、夫を... 幾年も愛する者を探し続ける者等を見てきたのじゃ。

その なんと哀しいことよ。

奴等にとって、に生きる者の尊厳などないのじゃ! 奴等こそが 我等にとっての魔の者じゃ!」


榊は 楠の根元から立ち上がりながら

キッ と オレを睨む。


「儂は もう、あんな店など行かぬぞ!

伴天連がうろつく人里になど誰が行くものか。

儂等だけではない。

他の種の者共だって行くものか!

朋樹は ともかく

泰河、お前は商売もあがったりじゃ。

この辺りでは もう怪異など起こらぬからの。

最近、仕事がないのは このせいじゃな」


「えっ? 何怒ってんだよ、お前」


「だいたいのう、あのルカって男の背後にも

得体の知れぬ影がおったのじゃ!

伴天連まで連れて来よって... 」


「影? 何だよ それ?」


榊は ふいっと顔を背けると、楠の向こうへ駆け出した。


「おい 榊! 待てよ!」


伸ばした手も虚しく、榊は あっという間に山に消えた。


「すまんのう、泰河。あのような態度を取って。榊は 奴等が恐ろしいのじゃ」


「あ、いや... 」


「これに懲りず、また顔を見せに参られよ。

次は酒でも持ってのう」


「あ、うん、悪いな今日は... 」


「儂は 葡萄酒とやらを飲んでみたいのう」と

玄翁も楠の向こう側へ去って行った。

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