「まいったよな、しかし」


ため息をついて 食後のコーヒーを飲む。

うん、やっぱりうまい。


カウンターで オレの隣に座っている朋樹が

沙耶ちゃん... この喫茶店の主から サービスのタルトを受け取り、その 一つを オレの前に置いた。


ども、と 沙耶ちゃんに手を上げてお礼をし

添えてあったフォークは使わず

親指と人差し指にタルトを挟んで口に運ぶ。


「うまっ!」


思わず口に出ると、沙耶ちゃんが笑った。


オレと朋樹に入る仕事の依頼は、他の同業から回ってくるものや、過去に仕事した客の紹介で また新しい仕事が入ることもあるが

大半は この沙耶ちゃんからの紹介によるものだ。


沙耶ちゃん... 如月きさらぎ 沙耶夏さやか

おそらく、オレらより年上。

どう見ても そうは見えないが。


華奢で小さく、明るい髪色の柔らかい毛先は

肩の少し上で揺れている。

二重まぶたの大きなの眼、長いまつげ。

ナチュラルな色のグロスがよく似合う。

一言で言えば、可憐な感じだ。


白いレンガの壁の店内には、明るいが眩しくはない照明の下に、様々な観葉植物の緑がよく映える。

カウンターの奥には、この店に不似合いな手書きのボード。

 “占い、御払い等承ります。どうぞお気軽に”

... 不似合いなので、すぐに目に止まる。


占いは沙耶ちゃんがやるが、当たる! と すこぶる評判が良く、半年先まで予約が埋まっているらしい。

まあそれは、沙耶ちゃんが 一日に占う客の人数が

せいぜい五~六人だってことも理由にあるようだが。



「榊の予想がマジならさ、ここんとこ泰河が暇なのは、それが理由かもしれねぇよな」


朋樹が言うと、沙耶ちゃんも頷いた。


「そうね。朋樹くん向けの依頼は ちょこちょこ

入るんだけどね」


沙耶ちゃんは話しながら、慣れた手付きでサイフォンをセットする。他の客のコーヒーの支度だ。


「コーヒーがあがるまでに戻って来るけど

ちょっと奥に、このお客さんのセットのデザートの用意に行ってくるわね」


沙耶ちゃんは、キッチンに去り際

「それ、もう 一個 食べる?」と

空のタルトの皿を指差して オレらに聞く。

「食べる食べる!」とオレらが頷くと

ニコッと笑って奥へ向かった。


「で、その祓魔連れて来た ルカってやつ。

どこで、おまえらが賭けやってるって聞いてきたんだろうな?

その店の常連としか やってなかったんだろ?

そいつも常連だったのか?」


朋樹が コーヒーを飲み干しながら言う。


「いや、昨日までの 一週間は まったく見たことなかったけど。それ以前は ちょっとわからんな」


昨日のバーは、オレ自身も ちょくちょく飲みに行く店だ。


仕事が暇で、榊が使える と わかったオレは

顔見知りの店員に話を持ちかけ

店側は 一切関与していない という前提で

奥のテーブルを賭けに使わせてもらった。


賭けに乗ってきたヤツらも、店で何度か見たことがあるヤツばかりだった。

あのガキにしても、ここ1~2年くらいは

ちらほら見かけたことがある。


ルカは 割りと目立つ部類だ。


たぶん 一度見ただけでも、次にまた会えば

『こいつ、見たことある』くらいの

印象は残るだろう と思うが、昨日まで 一度も見たことはない気がする。

あの店に限らず、まったくの初対面だと思うんだよな。


「ふうん...

たまたま おまえが飲みに行ってない日にそいつが行ってたか、その店の常連の知り合いとかなんかな?」


朋樹は、空にしたカップに おかわりを淹れようと

カウンターのイスを立った。


沙耶ちゃんの手が空いてない時に、朋樹やオレがここのカウンター内に立つことは よくあることだ。

必ずコーヒーのおかわりするので、オレらが来ると 沙耶ちゃんはその分も含めた量をサイフォンで淹れ、カップに注いだ分以外は 保温ポットに移しておいてくれる。


「おまえも飲む?」と 聞く朋樹に

残ったコーヒーを飲み干して 空のカップを渡す。


店のドアベルが鳴り、来客を告げた。

キッチンから「はーい」という沙耶ちゃんの声がする。


朋樹が、コーヒーのポットとカップから眼をあげて「いらっしゃいませ」と言いながら

ドアの方を見たが、眉間に微かにシワを寄せた。


座ったままカウンターから ドアを振り向くと

ルカが立っていた。




********




「よう、泰河。昨日は ごちそーさん」


思わず、イスから腰を浮かしかけた。

偶然? いや、違うよな...


「ルカ... 」


オレが言うと、朋樹がオレを見た。

キッチンからデザートの皿を持って出て来た沙耶ちゃんも驚いている。


「えっ、何? なんか帰った方がいい?

すげー殺伐としてない?」と

ルカが 黒目がちな眼を丸くする


「あ、いえ、どうぞ。いらっしゃいませ。

テーブルがいいかしら?」


沙耶ちゃんが言うと、ルカは

「いや 一人だし。カウンターでお願いしまーす」と、オレの隣に座りかけた。


そうだった...

なんか、こういうヤツなんだよな。こいつ。

昨日も 誰が置いたかわからんようなビール

普通に飲んでたしな。


「そこ、オレ座ってんだけど」


カウンター内から朋樹が言うと


「あっ、ごめん!

お兄さん、お店の人じゃないんだ」と

朋樹に謝り、オレに

「彼女だけじゃなく彼氏もいんの?」とか聞く。


「いねぇよ!」

「な訳ねぇだろ!」


朋樹と同時に突っ込むと、ルカは笑いながら

「じゃ、ここでいいや」と

オレから ひとつ空けた席... 朋樹のイスの隣に座った。


「朋樹くん、メニュー お願い」と 沙耶ちゃんに言われて、朋樹が メニューをルカに渡す。


「何にするか決まったら言ってちょうだいね。

ちょっと失礼して、これ出してくるわ」


沙耶ちゃんは ルカに言うと、デザートと 一緒に

淹れたてのコーヒーをトレイに乗せて、テーブル客の元へ向かった。


「オレ さっき、飯食っちゃったんだけど

もう 一回 食おうかなぁ...

なんか オススメとかある?」


ルカはメニューを ふうむと見て


「さっきはハンバーグ食ったんだけどー...

おっ、ここ、ヒレステーキとかもやってるんだ。

やっぱ肉かなぁ?」と迷っている。


「グラタンがうまいぜ」


朋樹がピッチャーからグラスに水を注いで

ルカに出しながら言った。


「うまいな。パスタも勧めとくけど。

ルカ、おまえ、誰に聞いてここに来た?」


昨日といい今日といい、偶然とは思い難い。

ルカはメニューから眼を離して、一つ向こうの席からオレを見た。


「ハーゲンティ」


「... は?」


オレではなく、朋樹が反応する。

ハーゲンティ... って何だ?


沙耶ちゃんが戻ってきて

「何にするか決まった?」とルカに聞く。


「うん、ハンバーグセットで!」


「おまえ!」

「グラタン食え!」


何なんだよコイツは!

昨日に輪をかけて調子が狂う。


「ハンバーグセットね。ドリンクは?」


カウンターからキッチンへ向かいながら

沙耶ちゃんが聞く。


「いや、沙耶ちゃん!

こいつハンバーグ食ってきたんだぜ!」

「二回目は許しがたいよな」


沙耶ちゃんは オレらにハイハイと返事して

ルカから「コーヒーで」と聞くと、キッチンへ

引っ込んでしまった。

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