花の名前

琉加



ふぁあ... いい天気だよなぁ...


公園にも川沿いにも、遠くの山とかにも

重たそうなくらい枝いっぱいの桜が咲いて

時々思い出したようにやわらかい風が吹く。


あくびばっか出るし。


これでもかってくらい春全開の昼間。

実家に向かって、愛車のドラッグスターを走らせている。


実家、とは 言っても、同じ市内だし

意味なくよく帰ったりしてるけど。


途中、コーヒーショップに寄って

母さんが好きな種類のコーヒーの豆を買い

リカーショップでは父さんの酒を買う。


リンには... いいか、会ってからで

あいつが喜ぶもんて よくわからんのよなぁ。


実家に着くと、リンの自転車の隣に

むりやりバイクを停める。

狭いよなぁ... バイク停めてる限り自転車は出せそうにない。


世間は春休みだが、父さんは仕事らしい。

車ないし。

母さんは教会の集まりかなんかかな?

ママチャリもないし。


鍵開けて家にあがると、左手にあるリビングからテレビの音がする。

どうやらリンが古い映画を観ていたようだが

もう画面にはエンドロールが流れている。


リンは観ている途中で寝てしまったようで

ソファーで寝息を立てていた。


うん。ここは映画に合わせ、歌ってやろう。


オレは、その時に合わせ

息を深く吸い込んだ。


今だ


「····ソッ ダアリンッ ダアリン ステンッ

バァイ ミィイ!」


小さく「きゃっ」とか言って

リンが飛び起きた。


「オ~ォ ステンッ!」


「... もう! ばかニイ!」


バカだってよー

あははー


「寝てたんか、おまえ」


「え? 見ればわかるよね」


うーわ、笑えねー。

17歳にもなると兄貴の扱い雑になるな····


気を取り直して


「父さんは?」


「仕事」


「母さんは?」


「教会のボランティア」


「で、おまえは寝てたんか。

いい天気だぜ、外。

カレシとデートとかしねーの?」


リンはあくびしかけていたが

キッとオレを睨む。


「... 先輩は遠くの大学に進学したって

話したよね?」


「あっれぇ~? そうだっけー?」


かっかっかっ、遠距離になってやんのー。

そのうち終わるな これ。


オレ、こいつの今彼

気に入らなかったんだよねー。

やたら男前だったり、何ヵ国語もペラペラだったりしてさぁ。


お?


リンがオレの前を素通りし

リビングを出ようとする。


「よう、待てよ。リン」


リンは、182センチのオレより

20センチほど背が低いので

リンの頭を 上から片手で掴んで止める。


「... 手、どけてよ」


おやまぁ...

兄さんに冷たい眼が出来るようになっちまって、この子は。


「オレがデートしてやるし」


「は? いいわ」


うわぁ...


いや、負けん!


「そんなこと言うなよ!

ほらっ、行くぞ! 着替えて来いって!」


「... これでいいじゃん。

着替えるのメンドクサイもん」


「ジーパン穿いてこい!

バイクだぞ、スカートはダメだ!」


リンは

「ニイが遊んで欲しかっただけじゃん」とか

軽く図星を突いて、2階へ着替えに行った。


バレてんなぁ。


だって、カレシ出来てから

オレつまんなかったんだよね。


それまではさー

『ナントカちゃんがニイのことカッコいいって言ってた』とか

『ニイ、学校まで迎えに来てよー』とか

言ってたのにさー


カレシ出来たら、途端に

『また帰って来たの?』とかだぜ、まったく

びっくりするよなー。


とりあえず、ジーパン穿いて来たリンに

ヘルメット被せて、バイクの後ろに乗せる。


「どっか行きたいとこあるか?」

「えー、別に」


ふっ。


「じゃ、欲しいもんは?」

「いっぱいある」


ふふ。


「よし、3つまで買ってやる」

「本当?! じゃあまず百貨店!」


バイクのエンジンを掛ける。

こうして世の兄は妹を甘やかしていくのだ。




********




ブランドもんのバック、サンダル

夏のワンピースを買ってやって

リンはやっとほくほくした笑顔を見せた。


「ニイ、ありがとうね」


「おう」


今は喫茶店でチョコレートパフェを食べている。


しかし、当たり前だけど

大きくなったよなぁ。


リンは、イタリア人の母さん譲りの

顔をしている。


白い肌。深い二重の瞼に長く揃った睫毛。

色が薄いブラウンの眼は大きく

目尻がちょっと釣り気味で、猫っぽい顔だ。

高くすっとした鼻。

血色がいい唇は口角が少し上がっている。


長くて毛先をすいた髪も、眼と同じブラウンで

中学の時は気にして自分で黒く染めていた。


「ニイはさぁ、彼女とかいないの?」


「ん? 今は別にな」


「まあ、そうだよね。

27にもなってフラフラしてるもんね」


「うん、まあな!」


... 言うようになったよなー

コーヒー吹きそうになったし。


そう、オレは定職に就いてはないけど

自営業で食っている。


とか言っても、従業員はオレ一人。


職種は... 祓い屋と言えばいいか

探偵?と言えばいいか... 迷うところ。


「まあ、彼女出来るまでは

たまにデートしてあげるよ」


「はいはい、おまえが欲しいもんある時な」


「はい、これ」


リンはオレに紙袋を渡してきた。


「え? なんだよ?」


中には男もんのTシャツが入っている。

ターコイズブルーの。


「私がワンピース選んでる時に、ニイ

トイレに行ったでしょ? その時に買ったの。

冬のバイト代、ちょっと残してたから」


「マジか!」


やばい...


感動してじわっときた。

バレンタインの余りチョコをもらうのとは

訳が違うし。


「次のデートで着てよね」


「おう、なんなら今から着るぜ」


「じゃあ、夏休みまでにトランク買って。

革製のがいいなぁ」


「おう、なんなら今... ん? トランク?

なんでだよ?」


あっさり引っ掛かるところだった。

聞いてみると

どうやら、夏に短期留学に行くらしい。


「イタリアぁ? 生意気だろ」


「ニイだって、大学の時に半年アメリカ行ったじゃん。なのに英語喋れないけど」


うるせー。


「私は、イタリアの叔父さんのとこに二週間お邪魔するの。それなら、パパもママもいいって」


「ふーん。そりゃ、オレも

父さんと母さんに直に聞かねーと」


冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がると


「なんなのー?

ニイ、どうせ反対するんでしょ?」とか言って、リンは口を尖らせる。


会計を済ませてバイクに乗る前に

「... 夏休みは、その先輩だかカレシだかも

帰って来るんじゃねーのかよ?

おまえ、いいのか? 会えなくて」と聞くと


「お盆の前に、行って帰ってくるから

大丈夫なの!」らしい。


あっ そう。


ちょっと黙って運転してると

後ろから、バイクの音に紛れて

「ニイ、トランクはー?」とか言ってくる。


「夏までに買やぁいいんだろ?」

オレもでかい声で返すと


「ゴールデンウィークに家族旅行したかったのにぃ、ニイも一緒に!」


オレは住宅街から あっさりUターンした。

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