トランクを選ぶリンを見ながら思い出す。

オレが留学していた時のことを


大学2年の夏だった。


バイトもせず、実家でだらだらしていた。

なんかやけにその夏は暑かったし。


単位足りねーなぁ やべーなぁ とか

どっか他人事で考えてた。


いいかげんだったんだよな。

今もだけど。


「ルカ」


仕事が休みだった父さんが

瓶ビール片手に、オレの部屋にきた。


その時、オレは部屋で 古い映画を観てたんだ。

さっきのリンみたいに。


父さんはグラスふたつにビールを注ぐと

「おまえ、今の大学で本当によかったのか?」と、聞いてきた。


オレは頬をつけてたテーブルから

顔を起こして父さんを見た。


「おまえは自分がしたいことが、よくわからないんだろう? まだハタチだもんなぁ」


オレは黙って、冷たいビールを飲んだ。


正直言うと、したいことが何もなかったから

オレの学力で入れた大学に進学しただけだった。たぶん、それは

父さんも母さんも初めから知っていた。


「したいことがわからなくても、大学で学ぶことのどれかが何か、おまえのためになるならいいと思ってたんだが、それもまた違うのかもなぁ····

おまえは昔から体育や美術は得意だったが

文系でも理系でもないし···· なぁ?」


「あっ、うん···· 」


「おまえが持って生まれたものを活かすのも

なかなか難しいしなぁ」


この、持って生まれたもの というのは

死んだヤツが見えたり、他にも よくわからない存在のものが見えたりすることだ。


誰かが、物や人に 強い想いを残していると

それに触れて読み取ることも出来た。


実際に今は、それで食っている。


無くした物を見つけたり、遺品から想いを読んで遺言を伝えたり、死んだヤツの想いを聞いたり。


だけど、この頃はまだ

そういうものから自分を遠ざけていた。

見ないようにすること、聞かないようにすることに意識を向けていた。


疲れるから。


「でもなぁ、母さんとも話してたんだが

最近おまえ 笑わなくなったなぁ。

良くないぞ、それは」


オレはまた黙ってビールを飲んだ。


言われてみれば、そうかもしれない。

自分でも気づいてなかったけど····


「どうだ、ルカ。

休学して、違う国の文化に触れて来るのは?

何か変わるかもしれんぞ」


「えっ、でも···· 」


「父さんが、おまえの母さんと出会った時は

無一文だった。

若い時に、旅費だけ貯めると会社を辞めてな

世界旅行したんだ。

自転車だったし、スペイン、フランス、イタリアの三カ国だったけどな」


父さんは、イタリアで母さんと出会い

イタリアのワイン工場で働いた。


結婚して、オレが生まれ

オレが4つの時に家族で日本に戻り

今は小さなワインの会社をやっている。


「若い時にしか出来ないこともある。

いや、本当はいつでも出来るんだが

大切なものが増えるんだな、腕の中に。

おまえはまだ、父さんと母さんの腕の中にいるんだ。今の内に、見識を広げるのも悪くない」


父さんは話し終えると

結露がついたグラスからビールを飲んだ。


オレは、父さんが言ってくれたことが

嬉しかったのに

何て答えればいいのかがわからなかった。


困って ちょっと俯くと

古い映画の音声だけが聞こえてきた。


『世界を あげる』


映画の中で、女は そう言って

男の手のひらに 小さな地球儀を渡した。


「父さん」


「ん?」


「オレ、アリゾナに行ってくる」


「えっ、おまえ····それは

この映画のタイトルじゃないのか?」


オレはてきぱきと準備を進め

その秋にはアリゾナに旅立った。


オレも世界が欲しかった。




********




生まれ持った面倒なもののせいで、いつもどこかに疎外感を抱いていた。


それはとてもちっぽけなことだったと、赤い土の悠然とした大地を見て思った。


オレは、勝手に膝を抱えてたんだな。

父さんや母さんに護られながら。


世界は広がっている。

オレの中にだけでなく、外に向けて。


アリゾナは暑かった。

日本の真夏なんか比じゃない。

その分、水は貴重だ。

この暑いのにシャワーも時々ってくらい。


ホームステイ先のホストファミリーは良い人たちで、おじさん、おばさん、まだ5歳と3歳の男の子が二人だった。


オレは二階の余っている部屋を一室借り

朝夕の食事は、その家族と一緒に食べた。


昼間は大学に通って美術を学び

夜はソーダを飲みながら、チビ達とゲームして遊ぶ。


寝る前はチビ達がいつも「ルカ!」と、本を持ってくる。

簡単な絵本ならまだいいが、英語の長い物語系は読めないので

オレは日本の昔話をいくつか紙芝居にして

それを読み聞かせた。


言葉が違っても、絵にすると なんとなく伝わるようだ。

チビ達は大喜びし、何度も読んでやったので

結構日本語を覚えていた。



休日になると、家族はオレを観光に連れていってくれた。


サボテンが大地に群生する様。

グランドキャニオンの雄大な眺め。


燃えるような夕陽が当たっている時など

赤く輝く岩壁に圧倒され、泣きそうになった。


夜に空を見上げると、星の中で暮らしていることがよくわかる。

空中いっぱいに地平線まで、周囲を星々が取り巻いていた。



大学でも、仲いいヤツが何人か出来るとカフェで話したり

ホストファミリーの許可が出れば、飲みに行ったり、泊まったり。


この頃には、だいぶ英語はわかって来たが

オレは相変わらず日本語で話していた。

日本語を学びたい、というヤツも多く

割りと重宝されていたせいもある。


それはベッドでも同じだった。

まあ、そういう盛りだったしな。


でも、特に付き合ったりとかはしなかった。

だってオレ、日本に帰るし。


そういう雰囲気になると

お互い今夜だけ と、了承を得たし

相手にも、遊び相手を探すような子ばかり選んでたから、トラブルになったことはなかった。


その夜もブロンドの子と楽しんで

ヘマした と わかったのは、その翌日だった。


昨夜一緒だったブロンドの子が

男に殴られていた。


ああ、男いたのか···· 悪いことした。

でもオレは、女殴る男はキライだし

「待てよ」って、間に入っていったんだ。


「彼女は悪くない、オレが強引に誘ったんだ。

かわいかったから。

もう二度と近寄らないから、殴るなよ」


アフロの男は、じーっとオレを見た。


こいつ、見た目ファンキーだけど

根は暗かったんだよな。


その場では「OK」って言ったんだぜ?

オレの背中をぽんぽん叩いて

カフェでも行こうぜ ってさ。


大学のカフェで、アフロはオレにコーラを奢った。

渡されたコーラを飲みながら、アフロの話を聞いてたんだけど、目眩がしてきて立っていられなくなった。


気がつくと、オレは

雄大な赤く輝く大地に転がってたんだよな。

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