18


屋敷の客間で仮眠を取り、里を出たのは明け方だった。里の外は 夕方に入る時間。16時だ。


なにか 夢をみた。粗末な小屋にいた気がする。

よくは覚えていないが、ぞわぞわとするものが

胸に残っていた。


昨日の沙耶ちゃんの電話によれば、今日はキャンプ場に祠が建つ予定だ。

キャンプ場に確認すると、もう建ったというので朋樹と車で向かっている。


玄翁が、勾玉のことで 白蘭に使者を送ったが

白蘭は「勾玉など知らぬ」と答えたようだ。

膨らんだ腹を抱き「気分が優れぬ故」と

使者は帰されたらしい。


膨らんだ腹、というが

孕んでからまだ 二~三日じゃないのか?


玄翁は難しい顔をして、榊と浅黄にも

四の山... キャンプ場へ向かうよう指示し

二人は、オレらより先に里を出た。


朋樹が 祠に祝詞を奏上したら

二人と落ち合うことになっている。


「白蘭ってヤツな」と、朋樹が助手席で言う。「独りでに孕むらしいぜ」


「えっ? マジで?」


そういえば、子の父親に関することは

聞いたことがない。


「屋敷に入った初日に浅黄に聞いたんだ。

子が異形となるなら、白蘭だけに何かある訳じゃなく、相手に何か理由があるのかも と思ってな。

でも、つがいじゃなかった」


「白蘭は、まさか雌雄同体なのか?」


「いや、そうではないらしいんだよな。

自然発生するみたいだぜ」


なんだそれは...  処女懐胎かよ...


「それは、子供 だよな?」


朋樹が 迷いながらオレに聞くが、質問の意味が

よくわからない。


「そりゃあ、白蘭から産まれるんだから

白蘭の子供なんじゃねぇの?」


運転しながら返すと

「まぁな... 」と、何か考えているようだ。


赤信号で停まったので、ちらっと助手席を見ると

「白蘭自身、って ことには ならないよな?」だとか、また謎の質問をしてきた。

オレに聞いているというより、半分は自分に聞いている口ぶりだったが。


さっぱりわからんので、黙っていると


「オレさ、白蘭の穢れについて考えてたんだよ」と、ちょっと話が飛んだ。


穢れについて


それは、身体についたものや物質的なものだけを言うのではなく、精神的に残った何かも指す、と

オレは以前 ざっくりとは 朋樹に聞いたことがあったが

里で玄翁がイメージしやすく説明してくれた。


例えば、人を斬り殺した刀があったとする。

腹を斬り、腸が流れ落ち 苦しませた。

その血は よく洗い流したが

それで刺身を切って出されたら食えるか? と


オレは、食えん と答えた。


それが穢れだそうだ。

残っていないのに、残っている何か。


「穢れのせいで、呪い子が生まれる。

だけどな、自分の身から

穢れを出そうとしていると考えたら... 」


「待てよ。なら

腹の中に穢れが発生する ってことか?」


それが子供だと? なんかいやだ。

オレは そうは考えたくなかった。


あの四つ眼の獣女の言葉は わからなかったが

自分の意思があるように見えた。


街の外れの白い教会の前を過ぎ、キャンプ場への山道に入る。


「山の勾玉のことさ、しらばっくれてるけど

十中八九、白蘭だろ?

急にそれだけの力をつける術はないらしいし。

蓬ってヤツの話が本当なら、もう神社の白い勾玉は飲んでるんだしな。

白蘭ってヤツは 手段は選ばない印象がある。

他にも何か... 穢れを引き起こすようなことをしていて、白蘭の意志とは関係なく、その報いで

身の内に発生してしまう と考えてな... 」


そう かもしれない。


けど 勾玉のこと以外に何をしたのか わからないし、聞いたところで 白蘭は答えないだろう。


「白蘭に、誰かが呪いをかけてたら?

それが子に出ているとか」


オレが そう言ってみると、朋樹は

「一応 それも考えたが、難しいと思う」と

答えた。


「玄翁は 雄狐なのに山神だろう?

それは、年に十二の子を産まなくても

玄翁 一人で山を守護出来るから だそうだ。

それくらいの力がある」


玄翁... 里を見ても わかるが

小さいじいさんなのに、すごいよな。

里は、一つの村や町くらいの規模がある。

玄翁は それをすっぽりと隠している。


朋樹は「里には 玄翁を慕って手助けする妖狐が多い ということも、理由にあるみたいだけどな」と付け加えて、先を続けた。


「白蘭は尾の数によれば、その玄翁よりも位は上だ。瑞獣にも匹敵するだろう。

それほどの霊獣を呪うのは無理だと思うぜ」


瑞獣というのは、特別な霊獣のことだ。

姿を現す時は、瑞兆

良いことが起こる前兆だといわれている。

狐でいえば、九尾の狐が有名だ。

悪狐としての物語も作られているが、天下泰平の世に現れる瑞獣だという。


確かに、それを呪うとかは無理だ。

通用しない。次元が違う。


「ん? 玄翁の尾の数は?」


そういえば、狐の姿の玄翁を見たことがない。


「浅黄に聞いたところでは 四本だ。

だが狐の姿に戻る時は、一本に見せかけてるんだと。

人化けを解いても術を使って、一切気を抜かんようにしてるみたいだぜ。修行の 一つらしい」


ずっと術を使っている状態というのはすごい。

疲れそうだし、オレが狐ならムリだな。


「白蘭が 瑞獣クラスだとしてもだ」と

朋樹がまた話し出した。


「その子供には陀羅尼や大祓が効いただろ?

よこしまなものには違いない。

だから、白蘭の腹に溜まった不要な部分じゃないかと····」


「不要とか 部分とかって言うなよ」


苛立って言ったオレに

「は? 何... オレは だからって別に、子を軽視してる訳じゃないぜ」と朋樹は言うが

オレは気に入らなかった。他に言い様はあると思う。軽視していないと言うが、心はない。


殴り倒したり、殺っといて言うのもなんだが

榊たちと過ごすうちに、あの獣女に 同情心が湧いてきていた。正直、罪悪感もある。


「泰河、聞いてんのかよ?

おまえが過敏になってるだけじゃねぇの?」


ムッツリと黙るオレに、朋樹もムッとし

どちらも無言のままキャンプ場に着いた。



********



「それではこれより、祝詞を奏上いたします」


キャンプ場の芝生の広場の隅に

白い石祠が建てられていた。


酒やら米やら果物やらを祠の前に並べ

朋樹が祠に 一礼し、祝詞を捧げる。


朋樹の少し後ろに立つ オレの隣には

両手で霊璽を持った所長のおっさんと、事務所のおっさんが立っている。


「高天原に神留まり座します 皇親神漏岐神漏美の命を以て 大山祇大神 白尾の命を請ぎ奉りて... 」


祝詞の最中、おっさん達の後ろに

いつの間にか 榊と浅黄がいることに気づいた。

浅黄は薙刀を持ち、榊は腰に刀を携えている。


ついオレが、榊たちに眼をやったのを気にして、事務所の怖がりな おっさんが、びくびくと自分の背後を振り返ったが

榊と浅黄は、おっさんには見えないようで

おっさんは怪訝な顔で 前に向き直っていた。


祝詞が終わると

「泰河!」と、榊がオレを呼ぶ。


その声に オレが反応すると、おっさんもいちいち反応するので

オレは「失礼」と 鳴ってもいないスマホを耳に当てて、その場から少し離れた。


「白蘭が出産した」


「はっ? 今月は もう産んだだろ?」


そう言いながら、コンビニの駐車場で車に落ちてきた あの白い大人の胎児の眼を思い出した。


「だが、また産んだのだ」


榊の後に、浅黄も言う。


「白蘭の子は、生まれてすぐに

めきめきと骨の音を鳴らしながら成長し

大人程の背丈になった」


オレが 絶句していると

「その後、すぐに逃げたのじゃ。

二本足で走って」と、榊が追いうちをかけた。


オレと榊たちの話が聞こえている 朋樹は

「白尾様の御霊は 祠に御移り頂きました。

霊璽をこちらに」と、手を差し出して

所長おっさんから霊璽を受け取り、さっさと終わらせるためか、適当にも祠の中に入れてしまった。

「守護していただけるよう、祠は清浄に保たれることをお願いします」と締め括る。


「では」と、挨拶している時に

事務所のおっさんが所長おっさんに飛び付きながら、裏返った声で

「あっ、あれ!」と広場の遠くを指差した。


まだ夕方になったばかりで、辺りは暗くなっておらず、遠くても姿形が見えた。


白い獣毛に包まれた女だ。

頭は... 狐に見える。二本足で直立している。


すぐに 走って追おうとしたが

獣女は森に消えた。


「かっ、梶谷さん、雨宮さん!

あれっ あれは... 」


所長おっさんも青くなり震えている。


「えーっと... 」


そのままオレが口ごもると、朋樹が

「まだおられましたね。

おそらく、白尾様と同じに迷っておられる。

私共が なんとかいたしましょう」と切り出した。


一度、獣女の遺体を見ている所長おっさんは

すんなり「どうか、よろしくお願いします!

解決までキャンプ場は閉鎖しますが、なんでもどこでも お好きなようにお使いください」と

オレらに頭を下げた。


「ああ、それと」と、オレも切り出す。


「閉鎖するだけじゃなく、事務所の方も

誰も キャンプ場には立ち入らないでください。

身の安全が保証出来ませんから」


これを聞いた怖がりの事務所のおっさんは

パッと明るい顔になり

オレに 手を合わせて感謝した。

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