19


おっさん達から バンガローや事務所の鍵を借り、駐車場で おっさん達の車が出るのを見送る。

その間も、榊は 忙しなく話し続けていた。


「儂等は、白蘭に再び問うたのじゃ。

勾玉は何処か

この山の勾玉があるのならば出してみよ、と。

白蘭は 知らぬと言うばかりじゃ。

はて、証明する必要が何故あろうか などと。

そのうちに腹を押さえ、破水した。

また異形の子が生まれたのじゃ。

狐の顔に、獣毛が生えた人の身体をしており

一つ眼の子であった」


おっさん達の車が見えなくなったので

オレも普通に話す。


「そうか... でもなんで

また、刀なんか持ってるんだよ?」


「意思表示じゃ」と、榊は腰の刀を叩いた。


「狐の間では、儂や浅黄が出向くこと自体

それを意味するが

玄翁は武力行使も厭わぬ、ということじゃ」


「それでも 白蘭は答えなかったんだな」


「そうじゃ」


榊は眉間にシワを寄せ、ギッと歯噛みした。


「まるで相手にしておらぬ。

儂等ではなく、玄翁をじゃ。馬鹿にしおって...

白蘭は、玄翁が事を穏便に済ませようとすることも知っておるしのう」


ふん、と 鼻息を荒くし


「子が めきめき音を立て、骨を伸ばす様子も

降りた胎盤を食しながら見ておった。

子が逃げ出しても、おや と言うてのう...

おや じゃぞ? 腹立たしい!

儂と浅黄が追ったが、途中で隠れたのじゃ。

生まれながらにして術が使えるとは... 」


そうか、玄翁も言っていた。


前の子... あの白い四つ眼の獣女は、人が見かけたという噂を聞いても、狐らには見えなかった、と。


榊に確認すると、さっき おっさんが騒いだ時も

榊と浅黄には 子が見えなかったらしい。

厄介だな...


広場に戻り、朋樹や浅黄と合流する。


「玄翁には、白蘭の出産のことを報告しないでいいのか?」と、朋樹が聞くと


「羊歯も 一緒に来ておったのだ。

玄翁の元には、羊歯が走った」と

いうことだった。


「すぐに里から、応援の者等も来ようが

子を 早よう探さねばならぬ」


オレらは、二手に分かれて逃げた子を探すことにした。

朋樹と浅黄が遊歩道を歩き、オレと榊は森の中に入る。


辺りは 夕焼けに染まり

森の木々も影を長く伸ばした。


注意深く周囲を見るが、草むらも動かず

それらしいものもいない。


「なあ、応援の狐が来たところで

そいつらに白蘭の子が見えるのか?

榊達には見えないんだよな?」


「まだ妖狐でない狐であれば 見えるのじゃ」


それを聞いて安心した。

この広い山で オレと朋樹だけじゃ絶望的だ。


「白蘭側についてる狐はいないのか?」


「おるにはおるが、蓬と同様に

元は皆 里の者じゃ。

白蘭の身の回りの世話のために幾名かがこの山に入ったのじゃ」


「そいつらからは 何か聞けないのか?」


「聞いても答えぬ。

皆、白蘭を恐れておるようでのう」


捜しはじめて 一時間程経っただろうか

辺りは すっかり暗くなった。


一度、森を抜けて川辺に出る。

釣りをした川だ。


「この川の向こうに、白蘭はおる。

里のように 人には見えぬようにしてあるが」


前の、四つ眼の獣女に会ったのは

この川から 遊歩道に上がった時だった。


そいつは 一度、榊たちが里に連れて行ったのに

この山に戻って来た。


なんでだ? 母親を求めて?


でも、さっき生まれたヤツは

母親のいる その場から逃げた。


榊や浅黄から逃げたのだろうか?

まだ捕らえようと構えていた訳じゃないのに?

子が生まれて成長する間、榊や浅黄は見ていただけで、追ったのは子が逃げてからだ。


子は、この山で何か探してるのか... ?


だとすれば、生まれてすぐに何を?


川沿いを榊と歩きながら

子が探しそうな物がないかと 聞いてみる。


「この山で探しそうな物か。特には思い当たらぬが... 」


榊は 立ち止まり、秋の虫の声の中

蕭々とした川の流れを見つめながら

「先に生まれた 二匹の子は、宝珠を持っておらなんだ」と呟いた。


「あ? どういうことだ?

まだ妖狐じゃないからか?」


「それでも、元になる珠は あるはずなのじゃが

子等にはなかった。もちろん術も使わなんだ。

呪い子である故、そういったこともあろうと思うておったのだが...

だが、四つ眼の子については、どうであっただろう?

口から抜けたという魂魄以外に、白い珠のようなものは見たか?」


「いや。白い靄以外は何も見なかったぜ。

まだ宝珠が無かったんじゃないのか?」


「しかし身を隠すためには 術を使わぬことには...

里におる時は隠れることは なかったが... 」


なら、この山に入ると 見えなくなったのか。


「結界を張っている ってことは?」


「いや。結界は場に張るものよ。

子が結界の内に隠れておるならば、泰河や朋樹にも姿は見えぬ」


また榊と歩くが、川沿いの見える範囲には獣女も何もいない。

キャンプ場からは少し離れたようだが、左側の林の向こうに、山の道路の外灯が見える。

オレと榊は 林に入った。

一度あの外灯の道路まで出て、そこからまた

今いる川の方とは 逆の森に入ることにする。


「見つからねぇなぁ... 」

「うむ。山を降りてはおらぬと思うがのう」


林を抜け、道路まで出たが何もいない。


あの獣女にも、身体には白い獣毛が生えていた。

身体つきは 成人女性くらいはあった。

外灯のない森の中でも、近くにいるのなら

月明かりで 十分見つけられそうなもんだが...


「藤が轢かれておったのは、この辺りであった」


藤。元はこの山の山神で、白蘭の親代わりだった狐か。


坂の道路を少し登った先に自動販売機を見つけたので、そこで少し休憩することにする。


「榊、おまえ何飲む?」


「むっ、知っておるぞ。浅黄が缶を持っておった。山の道路や人里に設置してあることも知っておったのだが、儂は 買うたことはない」


「どれか選んで ボタンを押すだけだ」


「浅黄は、たいそう刺激があるものだ と申しておった」


そういや、ガソリンスタンドで浅黄が選んだのは炭酸飲料だったな。


オレが「ここからここまでが炭酸だ」と、自動販売機に並んだ缶を 手で示すと

榊は「ふむ」と、サイダーを選んで押した。

日が落ちると昼間とは違い、肌寒くなったので

オレは ホットのカフェオレにする。


榊は 自分の分を取り出し口から取った後に、

オレの分も取り出そうと 待ち構えて手を入れる。


「これは! 熱いではないか!」

「おう、そりゃホットだからな」


榊は缶を オレに渡すと、自動販売機をぴたぴたと

触る。「外側は 冷たくも熱くもないのう」


缶を開けてやると、まず中の しゅわしゅわする音を聞いている。

意を決したように 一口飲むと、切れ長の眼をぎゅっと閉じた。


「むう、なるほど... これは刺激的じゃ」


かわいいヤツだと思ったのは、ぐびぐび飲んで

盛大なゲップをするまでだった。


「失礼した」

「お、おう... 」


榊は着物の袖で口元を隠し、自動販売機の横の缶入れに 空き缶を入れる。


ガードレールに腰かける オレの隣に来て

「それは まだ温いのか?」と聞く。


「これは刺激はないぜ」と手渡すと、一口飲み「温いだけでなく甘い!」と缶を見つめる。

「しかし甘いだけでもない。味はまるで違うが、初めて酒を飲んだ時のようじゃ。なんというか、癖になる という感がある」


「まあ、そうかもな。普段はブラックだけど、

オレは 飲まない日は ねぇしな」


「ふむ。これは珈琲というのであろう?

これが豆の茶だな?」


「いや間違ってないけど、コーヒーはな... 」


豆を挽いてドリップしたもの、インスタント、ミルクや砂糖を入れたもの... と 説明していると

「泰河」と、朋樹の声がした。

自動販売機の向こうに、道路を下る朋樹と浅黄が見えた。


「まったく見つからんな」


朋樹と浅黄も それぞれに缶コーヒーを開ける。

榊は「ふふ」と少し得意気な顔で浅黄を見てから

「川の方にもおらなんだ」と、真面目な顔になった。


「だが 羊歯も玄翁に報告を済ませ、この山に戻った。応援の者達も山に散っておる。

更に、蓬の気枯れが癒えた故、慶空けいくうと共に白蘭の元に向かった。勾玉を取り戻すためだ」


浅黄が言うが、慶空というのは初めて聞く名だ。

それは 里で狐たちに武術を教えていた、でかい僧形の狐のことらしい。


蓬は、乱心して里に現れたヤツだ。

白蘭の側にいた狐で、白蘭が神社の勾玉を持って来させ、それを飲んだことも知っている。

白蘭は これでもう、勾玉について「知らぬ」などとは言えなくなった。


「一応な、キャンプ場の敷地内と遊歩道には

仕掛けしといたぜ。

邪なものが敷地内や遊歩道に入れば、置いて来た式鬼が発動して 結界で閉じ込め、オレに伝える。

今はそれを もう少し広範囲に広げてたんだ」


邪なもの、なぁ...

いちいち言葉に引っ掛かるのは、朋樹が言うように、オレが過敏になっているせいなのだろうか。


「とにかく探し続けねばならぬ」

「そうだな。山には狐たちが散っている。

一度キャンプ場に戻って、バンガローの周辺や

周囲の森の方を 徹底して探すか」


朋樹が 目の前の森を指差した。


「あそこ、なんかあるぜ。小屋みたいだな」


ガードレールの向こうのキャンプ場に登る森の中に、古い木の小屋があった。


「あれは 昔の猟師小屋だ」と、浅黄が答える。


ふと 火薬の匂いを思い出した。

猟師。それが出る夢をみた気がする。


「ちょっと寄って行こうぜ。

まあ、子が中に隠れてるってことはないだろうけど、確認がてらにさ」


オレらは、朋樹の後に続いて森に入った。

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