15


その後は やっぱり、史月に付き合うことになった。

街までドライブ、ゲーセンにカラオケ。クラブで飲み、最終的に喫茶店で コーヒーを飲んでいる。


「いやぁ、久々に羽伸ばしたぜ。

羽ねぇけどよー、ハッハッハッ!」


いるよな。こういうこと言うヤツ。


ゲーセンで取った でかい犬のぬいぐるみを片手に抱き、甘いカフェラテを飲む史月は ご機嫌のようだ。


「目が回るようだった... 」


浅黄は 上気した顔で言う。

史月に引っ張り回されただけなのだが、余程楽しかったようだ。


「ん? 浅黄オマエ、若いのに遊んでないのか?

まだ四、五百歳だろう?」


桁 違うよな。


「もうじき五百だ。あと二十年程で」


「それはいかん。世の中を知るということが経験だ。いざという時の選択にも繋がる。

これからは 俺が誘ってやろう」


尤もらしく言ってるけど

自分が遊びたいだけじゃねぇか...


「単なる不良オヤジだよな」

朋樹があくび混じりに言う。


「あっ、朋樹オマエ

ほんの数時間前とえらい違いだな!

ま、いいけど」と

史月はまた豪快に笑った。


ったく、狼に会えると思ったのに

蓋開けたら こんなだしさ...


「あ、そうだ!

オマエら、勾玉のことで来たんだったな」


思い出したように史月が言う。

そういえばそうだった。オレもちょっと忘れていた。


「あれ、六山で六個だと思うだろ?

七個あるんだぜ」


「えっ?!」


浅黄が驚いて立ち上がった。


「おいおい、座れよ」


浅黄が座り直すと、史月は

「四の山の、新しい長のことだろ?

一応、噂は聞いてたけどよ。よく話してみろ」と

テーブルの呼び鈴を鳴らして

チョコレートケーキを追加オーダーした。


「ふうん、 呪い子なぁ... 」


オレらが話す間に 史月はケーキを食べ終わり

また追加したエスプレッソを飲む。


「それとは関係ないかもしれんが

勾玉を六つ取り入れると、えらくパワーが付く

... とは 聞いたことあるぜ」


めちゃくちゃ関係ありそうじゃねぇか。


「早く言えよ、そういうことは」


オレが言うと


「白蘭の話聞いたの今なんだし、しょーがねぇだろ。それより泰河、約束守れよ」と

オレを指差した。

ゲーム貸してやる って言ったことか...


「この件が終わったらな」


「なっ... 」


「棲みかに 電気通ってねぇだろ。

定期的に充電が必要なんだよ」


また史月が わあわあ言い出しそうだったが

浅黄が「それなら、白蘭が急激に力をつけた理由がわかる」と、話を元に戻した。


「... ああ、勾玉って上下対極に繋げたら円みたいになるだろ? 二つで 一つに。

その 一揃えを三つ取り入れれば、霊性が格段に上がるらしいぜ。

山のバランスを保つために、山神たちは半分ずつ持つんだ。えらい昔に そう決められたらしい。

俺等は それを受け継いでるだけだが」


史月は 一度あくびをして、先を続けた。


「まあこれは、この辺りの山神は って意味だがな。他所よその山は知らん。

この辺りの六つの山は、元は 一つだったんだと。

神話の時代の話だし、よくわからんけどよ」


「じゃあ、残りのひとつは?」

朋樹が聞くと


「山の中心だ。つまり、街のどこかだな」と

エスプレッソの残りを飲んだ。


喫茶店を出ると、もう空が白んでいた。


「あっ!」


史月が立ち止まり、でかい声を出す。

「朱緒が産気ついた!」


「はぁ?」

「なんで分かるんだよ?」


オレらが聞くと「俺は鼻がいい」と答え

いきなり狼に変異した。


でかい...


前足を地面につけているのに

頭は オレの胸の位置だ。


そして、素晴らしく神々しい。

白銀の毛並みに 碧の眼。

これこそ見たかった狼の姿だが...


「史月、こんな街中で... 」

朋樹が周囲を伺うと


「オマエら以外の人間には見えん。安心しろ。

名残惜しいだろうけど、またな」と

犬のぬいぐるみを咥え

猛スピードで山へ駆け戻って行った。



********



朝日の中、隠れ里に戻ると

里は 夜に入ったばかりだった。


街灯のない里には、あちこちに狐火が灯り

季節外れの蛍が舞っている。

なんとも幻想的な様だ。


「おお、浅黄!」


玄翁と榊が、浅黄の格好に驚いている。


「似合わぬであろうか?」


「いや、良い! 素敵じゃ!」

「うむ、格好良いではないか。

儂も そういった帽子にしようかのう... 」


浅黄は照れながら、座敷で

史月に聞いた話の報告をした。


「成る程のう。

それでは、七つ目の勾玉というのは... 」


「あの神社じゃ!」


榊が 立ち上がって言った。


「娘の折りの!

あそこは 六つの山を対角に線で結ぶと

その交わる中心となるのじゃ!」


言うが早いか、榊は狐の姿になって

駆け出して行ってしまった。


「おい... 」


オレと朋樹も 慌てて出ようとしたが

玄翁に止められた。


「二人とも、浅黄も疲れておるじゃろう。

まずは湯に浸かり、よく寝ると良い。

榊は ああ見えてしっかりしておる。

まかせてよい」


屋敷の裏手には、露天風呂があった。


狐火の下で檜の湯船に浸かり、夜気に溶ける湯気と、ふわふわと近くを飛ぶ蛍を見る。

あの小川が 屋敷の裏手にも流れているらしい。


「小川の向こうは、結界の外だ。

こちらより半日進んでいる」


じゃあ 今ここは、向こうの昨日の夜ってことか...

史月の山に向かう前くらい だろうか?


向こうでは、17日の朝だったから

里では16日の夜だということになる。

逆に、17日の朝8時に里を出ると

向こうでは17日の夜20時、ってことだな。

時差ボケしそうだな...


湯上がりに座敷で冷酒を飲んでいると

榊が帰って来た。


「勾玉はなかった... 」


御使いの白狐にも聞いたようだが

祠の中にあったはずの勾玉は無くなっていた。


だが、白狐はたいして慌ててもいなかったらしい。「あれは元々、我が主君の物ではない」と。

そうかもしれんが...


「その 七つ目って、何なんだ?

神社の神の物じゃないし...

勾玉は 二つで 一セットなんだろ?

なんで、余分に半分だけあるんだよ?」


玄翁は オレの質問に「恐らくであるが」と

推測で答えた。


「片割れは幽世かくりよにあるのじゃろう。現世うつしよにはない。

七つめの勾玉は人に託されたが、人はすでに世に君臨しておる。

今以上に 人が力を手に入れ、秩序が乱れることのないように、片割れは 現世には存在せんのじゃ」


幽世


オレらが認識する いわゆるこの世とは

違う界を指すらしい。神々が住まうとも聞く。


「史月殿の言われたことが本当ならば

白蘭が揃えたのは二組じゃ。

我ら山神の勾玉は、対となる片割れが決まっておると聞く。

白蘭が身に取り入れておるとしても、一山と六山、三山と四山のものとなる。

史月殿の山... 五山に勾玉があるのであれば

ニ山には 片割れがないことになる」


「それなら」と、朋樹も聞く。


「なぜ、本来なら必要のない 七つ目の勾玉も消えたんだ? 使いようがないんだよな?」


だがこれは、玄翁にも わからないようだった。


「ともかく、勾玉は元の在るべき処へ戻さねばならぬ。

山の者たちのためにもそうあるべきものじゃ。

更に、これを機に

六山で争いが起こってもおかしくはない。

白蘭には 使者を出し、事の真偽を聴くこととするが、それだけでは... 」


呪い子が生まれる理由にはなりえない、ということか。わからんことが多すぎるよな...


朋樹のスマホが鳴った。


通じるのか? と、画面を隣から覗くと

真っ暗なままだ。


玄翁が、庭園の池の向こうの小山のひとつに

自分のベレー帽を投げると

池に小さな石のアーチの橋が渡り、帽子が落ちた小山のひとつだけに、ぽっかりと日差しが当たっている。


「あの場でなら、それも通じる」


朋樹が立ち上がったが

スマホの着信は切れてしまった。


「間に合わなんだか... 」


けど すぐに、オレのスマホが鳴ったので

縁側から降りて池の石の橋を渡り、ぽっかりとした 日差しの中に立つ。


スマホ画面を見ると、着信は 沙耶ちゃんからだった。


『泰河くん、ごめんね 朝から。

今、朋樹くんにも電話したんだけど... 』


「ああ、オレら ちょっと出てるんだけど

大丈夫だよ、仕事?」


『こないだのキャンプ場のことなんだけど

今日、祠を建てるらしいの。

それで、明日来てほしい ってことだったんだけど、なんだか胸騒ぎがして... 』


「わかった。明日 朋樹と行くよ。

終わったら、また沙耶ちゃんに連絡するから」


それで、電話を終わろうとしたが

『泰河くん』と、沙耶ちゃんが引き止めた。


『二人とも、気を付けてね 充分に』

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