14


里で、酒や干し肉、反物など

狼の所へ持って行く土産の準備を済ますと

オレらは さっそく狼の山に向かうことにした。


榊と露は残るらしい。

なにも大勢で行かぬとも とか言っていたが

多分、狼が怖いんだろうな...

狐は 犬を怖がる。

狐憑きにも、犬や狼を祭る神社の神札が効く。


里の小川の橋を渡り、木洩れ日の道を歩く。

浅黄が 一声、鳴き声を上げると

山頂の木々が割れた。


「あっ!」

「あ、そうか... 」


辺りの闇に 月明かりが差している。

山頂は 深夜だった。

そういえば、隠れ里の道に入った時

いきなり昼になったんだよな...


「眼が慣れぬか?」


浅黄の言葉に頷くと、浅黄が口を緩く開き

口から あぶくを出した。

拳大程のそれが赤オレンジの灯りとなって獣道を照らしながら、オレらを展望台まで先導する。


そうだ、あの嫁入りの灯り...


浅黄に聞いてみると

それはやはり花嫁を花婿宅まで送る灯りだった。


「山の中腹の巣穴で暮らしていた者が

里に嫁入りしたのだ」


里には、狐であれば誰でも入れるようだが

好きで里ではない場所で暮らしている者も

いるらしい。


「あの里は、玄翁が同種の者達に呼び掛け

皆で協力しあって作ったのだ。

戦国の世の頃から、少しずつな。

俺や榊は、里で育った」


出来うる限りの強固な結界を張っているので

普段はないことだが、稀に人が迷い込むこともあるという。


「そういった時は、もてなした後

山の麓まで送っているが

最近は、山に入る者自体が少ないようだな」


展望台の駐車場には、まだ警察や報道の車が停まっていたが、ここに着いた時よりは減っていた。


浅黄は 初めて車に乗るようで

後部座席に座っても、山を下りるまで

「どのようにして動いておるのだ?」

「その丸い輪で方向を変えるのだな?」と

前に乗り出してきていた。


一度、コンビニで停まり

「前と席を代わってやろうか?」と

助手席の朋樹が言うと

「よいのか?」と、うきうきと交代する。


カップのホットコーヒーを3つ買って、試しに浅黄にも渡してみると

「苦いが、美味い。豆の茶なのだな」と、喜んでいた。


「で、どの山に向かえばいいんだ?」


オレが聞くと


「おお、そうじゃ。

白蘭の山の左隣に位置する山だ」と

遠くの山の影を指差した。


その山の方向へ向かって運転する間も

「夜であるのに、星が見えぬ程の灯りだ」と

浅黄は 車の外をキョロキョロと見回す。

「山から人里に灯りが増えていく様子は見ていたのだが、まるで昼のような場所もあるではないか」


「普段は 山から出ないのか?」


「俺は、武術に通じておるので玄翁の側に居るのが常なのだ。故に里におることが ほとんどだ。

玄翁と共に他の山へ行く際は、山から山へと駆ける」


ふうん... 玄翁の護衛なのか。


浅黄は、優しそうな顔立ちをしている。

見た感じは身体つきも細身だし、そんな感じに見えないけど、わからんもんだな。


「榊とは違うんだな」と、朋樹が言うと


「榊は 好奇心旺盛な跳ねっ返りでのう...

最近はよう、人里にも下りるのだ。

だが、術は そこそこに優れておる」と

自分の頭の狐耳を指でつまむ。

「俺も百年近く前にも 人化けの術はやったのだがなかなか上手くいかんのだ」


狼の山の麓の近くで、ガソリンを入れると

浅黄は車を降りて観察している。


「ひどい匂いだが、これが燃料なのだな」


オレは、浅黄に小銭を渡し

自動販売機で飲み物を選ばせてみた。

恐る恐る小銭を入れて、炭酸飲料のボタンを押している。

缶が落ちる音に驚いていたが、嬉しそうにジュースの缶を取り出した。


また山道に入ると、浅黄は名残惜しい様子で

遠くなった街の灯りを見ている。


「浅黄ってさ、化けた時

袴じゃなくて 洋服着れないのか?」


オレが聞くと、浅黄は

「洋装は、よくわからんのだ」と言う。


朋樹がスマホを取り出して、アプリでファッション雑誌を購入し「ここから選んでみろよ」と

浅黄にスマホを渡した。


「指で画面をスライドすれば、他のページも見れる」


浅黄は「おお... 」と感動し

熱心に スマホを見ている。


しばらくすると 浅黄が靄に包まれ、靄が晴れると

黒い薄手のニットに 黒いジャケット

ブラックジーンズと 黒いブーツ

狐耳を隠すためか、頭には黒いニットのキャスケットに着替えていた。


朋樹に「かたじけない」とスマホを返し

「どうであろうか?」と自信なさげに聞くが

こいつ、袴の時も思ったけど

めちゃくちゃかっこいいじゃねぇか...


「おっ! いいじゃん!」

「山にいたくせ、垢抜けてるよなぁ」


オレらが口々に言うと「そうか... 」と照れて

夜の窓ガラスに映る自分を見ている。


「帰りにまた、街通るから

どっか寄ってこうぜ」


「本当か?!」


浅黄は オレの言葉に、眼をキラキラさせた。



********



「そっちではない、右へ行くのだ」


山奥で浅黄が示した方向は、今は使われていない旧道だった。


他に車もいないので、そろそろとバックし

右の道に入ってみるが

たいして進まない内に通行止めの看板があり

前方には 石に塞がれたトンネルがある。


「トンネルの前で車を停めてくれ」


言われたとおりにすると

「ここからは歩くことになるのだ」と

浅黄が車を降りた。


車のトランクに積んでいた土産を持って

三人で 塞がれたトンネルの前に立つ。


浅黄は 一度、狐の声で長く鳴くと

一呼吸おき

「三の山の浅黄と申す。

大神様に御目に掛かりたい」と、宣言した。


途端にトンネルを塞ぐために積まれていた石が全て消え、トンネルの奥から声がした。


「狐じゃねぇか。よく来たな」


足音と声が近づいてくる。


「ん? 人もいるな。こりゃあ珍しい... 」


トンネルから現れたのは

2メートルはありそうな でかい男だった。


... こいつだ


腕や太ももに鳥肌が立ち

背筋をピリピリと何かが刺激する。


ウェーブがかった長い髪を後ろに束ね

シングルのライダースジャケットに

タイトな黒い皮のボトム、ショートブーツを

身に付けている。


鮮やかな 碧く鋭い眼。

意志の強そうな 濃い上がり眉に

高い鼻と大きな口、尖った耳。

いかにも狼男 といった顔立ちをしていた。


「三の山 ってことは、玄翁のとこだな。

しばらく見てないが

ま、俺んとこは普段誰も来ねぇしな... 」


トンネルの中から「シヅキ様ぁっ!」と

大量の足音が聞こえてきた。


出てきたのは、野犬の群れだ。


「史月様! また勝手にそのような...

客人の お相手は私共がいたしますと何度」


「あー、もうっ

暇なんだよ、俺は!」


狼男の史月が吠えると、野犬たちは 一同にため息をついた。


史月は 浅黄に歩みより、肩を抱く。


「なあ、アサギ... と言ったか?

俺に用があるんだよな?」


「あ、はい  玄翁の命で... 」


「ほらオマエら! 聞いたか!?」


なんか... 予想したのと違う...


「しかし史月様! 山神への用であれば

朱緒あかお様にも という事ではないのですか?」


野犬の言葉に、史月は止まった。


「朱緒、なぁ... 」


浅黄の肩を抱いたまま、史月は オレらに碧の眼を向けると

「俺んとこは、つがいなんだ。

だが、妻の朱緒は出産が近い。

俺だけで大丈夫だろ?」と、頷かせた。


野犬たちを振り返り

「そら見ろ、俺だけでいいってよ」と

無意味に高笑いをする。


「... では、史月様。

中へ お入り頂いたら如何でしょう」


「そんなことしたら、朱緒にバレるじゃ

いや、朱緒は休ませてやりてぇじゃねぇか」


うーん、なんか 雲行きが怪しいな...

朋樹も同じように感じたのか


「史月様、雨宮と申します。こちらは梶谷です。

本日は お目通り叶い、光栄にございます」と

丁寧に挨拶し

「こちらは、三の山の品々でございます。

お納めくださいませ」と、土産を渡す。


「ん? おお、すまんな」


土産を受け取った史月に


「ひとつ、聞かせていただきたいことがございます。こちらの山の祠の勾玉についてなのですが

無事に安置されておりましょうか?」と聞いた。


「勾玉ぁ?」と、史月は言うが

野犬の 一頭が、前に出て答えた。


「ございます。

他の山から不穏な噂を聞き、私と他数名が番をしております」


あるのか...


「それは安心いたしました。今後も

お護りいただきますよう お願いいたします」


「承知いたしました」


お 話が済んだ。


「それでは、これにて失礼いたします」


朋樹が結ぶと、史月がハッと気づき

「おう、済んだか! 行こう!」と

浅黄の肩を抱いたまま、オレの車へ歩き出した。


呆気に取られる朋樹に、野犬の 一頭が

「申し訳ない... キリの良いところで放り出されて結構ですので... 」と、ため息をつく。


オレも ため息をついて 車へ向かった。

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