12


部屋に戻ると、榊と露は いなかった。


「どこ行ったんだ、あいつら... 」


「ベランダの窓、開いてるぜ。

ここから出たみたいだな」


ここ、6階なんだけどな...


とりあえずソファーに座ると、テーブルを挟んで朋樹も座った。


「さっきのあれ、何だったんだろうな」

「さあ... でも胎児みたいにも見えたよな」


胎児? あれが?


形は、まあ そんな感じだった。

狭い所に 身体を丸めて収まっているような。

だが、腕や脚の長さや形は 大人のものだった。


そして、身体には白い獣毛が...


「白蘭ってやつの子か?」

「もしかしたらな」


すっかり冷めたカップのコーヒーを飲みながら考える。


山神は 一年に十二の子を産むんだよな?

一ヵ月にひとりずつ。


それなら、白蘭が次の子供を産むまでに

まだ半月あるんじゃないか?

今月はもう産んでいる。

オレらが会った、あの四つ眼の獣女は

「まだ生まれて半月」だと榊は言っていたし。

次に産むのは 来月の初めくらいだろう。


さっきのヤツは、体つきは大人だった。

あれが白蘭の子と考えるのは なんかおかしい。


オレが考えたことを言ってみると

朋樹も「でもなぁ... 」と、腕を組み

「あれは、幻視の類いだと思うんだよな。

落ちてきた時に結構な音がしたのに、誰も気づいてなかっただろ?」と言う。


コンビニの駐車場には 他の車も停まっており

店内に出入りする客達や、コンビニの前を通りかかる通行人も かなりいたが、確かに誰も気づいてなかった。

オレらにしか 見えてなかったみたいだ。


「だから、まだ生まれてない胎児で

これから生まれる子なのかもな。

また白蘭が身籠ったんじゃないか?」


「それが何で オレらのとこに来たんだよ?」


「そこまでわかんねぇよ。

けど、こないだの白尾の件で関わって

白蘭とオレらの間に、何か縁みたいなもんができたのかもな」


胎児のような あれは、こちらに顔を向け

片眼が見えた。

その眼を開けた時に 眼が合った。


ベランダでガサガサと音がし、窓が開く。


振り向くと、スーパーのビニール袋をくわえた榊と、その後から露が入ってくる。


榊は口を開け、前足を使ってビニール袋を床に落とし、オレらに「おお、帰ってきておったか」と普通に言った。6階なのに。


「腹が空いてのう... 鼠もおらぬし。

だがそこで、良いことを考えついたのだ。

儂は 人化けが出来る。

木の葉を金に変えることも造作ない。

後に金は 木の葉に戻るが... 」


「あ、おう... 」


露がソファーの朋樹の隣に飛び乗り、榊がビニール袋を引きずりながら オレの隣に座った。


袋の中身をテーブルに出してやるが

酒、稲荷寿司、マグロの刺身、唐揚げ、魚のフライ、味つけ済みの薄揚げ

余程気に入ったのか 焼いてあるアジの 一夜干し。


「お前等も食うては どうか?」


「あ、うん つまむけど

さっきコンビニの駐車場でな... 」


朋樹が 惣菜のパックを開けてやりながら

さっき見たものの話をする。


オレは、榊にグラスと 露に小皿を持って来て

酒を注いでやった。


唐揚げを 一つつまみ、なんとなくテレビを点ける。

どのニュースも、柚葉ちゃんの遺体発見と

容疑者の供述により殺人罪で起訴というのを

やっていた。


朋樹の話を聞いた榊は

「ふむ。白蘭の子である可能性が高いのう」と、人化けして グラスの酒を飲む。


「だがのう、儂にも 何故その子が

泰河と朋樹の前に出たのか わからぬのじゃ。

確かに、白蘭はもう孕んでおるかもしれんが

それもまだ儂の耳には入っておらぬ」


そうだよなぁ

何か意味はありそうだけど。


白蘭はまた、呪い子という子を産むんだろうか?

それは、さっき見た あれなのか...


「どうじゃ、二人とも

儂らの山で玄翁に会わせようと思うのだが」


榊は そう言うが、オレと朋樹は眼を合わせる。


「それ、展望台の山だろ?」


榊が ふむ、と頷き

マグロの刺身を食い終わった露が

朋樹の膝に乗って、毛繕いを始めた。


「こんな感じだし、たぶんオレらは

山に入れないぜ」


オレは テレビを指差した。


テレビ画面には 展望台の駐車場が映っており

パトカーなどの警察車両や、報道関係の車両が停まっている。

道を挟んだ獣道からは、制服や私服の捜査員達の姿が遠目に映し出された。


「あのむすめのものじゃな。

迷わず逝けたのであろうか?」


榊と露に、朋樹が柚葉ちゃん宅での話をした。

家族に思いを伝え、旅立ったことを。

榊は「それは安心じゃ」と頷き

切れ長の眼を細めて、稲荷寿司を口にする。


「しかし、山の道路は封鎖されてはおらぬ。

通行は出来るのであろ?」と

また稲荷寿司が入っている口元を手で隠しながら言った。

狐の時はさておき、人化けするとマナーは割りとちゃんとしている。


「まあ、テレビで見た感じだと、通行止めとかはしてないだろうな」

オレが答えると、稲荷寿司を飲み込んだ榊は

「ならば、行けぬことはない。心配するな」と笑った。


ニュースは天気予報へと変わったが、その後は

地域の小さなニュースなどを扱っている。


『ここで、変わったニュースが入りました。

○○県△△市の某スーパーのレジのお札の間に、木の葉が挟まれていたという... 』


「むっ、儂の術は 練金とは違うのでな」


うん、もうやるなよ。



********



部屋を出て、一度 沙耶ちゃんの店に寄ると

柚葉ちゃんの件を報告し、また朋樹と車に乗る。


榊と露が 先に展望台の駐車場にいるので

そこまで来いという。


「本当に大丈夫なのかよ」

「さあなぁ... 」


山を下る車の何台かとすれ違う。

時間は まだ22時を越えたところだ。


何度目かのカーブを抜け、木々のトンネルをくぐると、展望台の駐車場が見えた。

ニュースで見た時のように、何台もの車が停まっている。


「おい、あれ... 」


警察の車と 報道のバンの間の駐車スペースに

狐姿の榊と露が座り、露が手招きをしている。


「マジかよ... 」


減速しながら考える。絶対、止められる。

もう、行くだけ行って

アホな野次馬のフリをして素直に謝って帰るしかない。


ハンドルを右に切り、駐車場に入った。


「... あれ?」


駐車場にいる何人かの警察も、報道関係者も

まったくオレらの車に注意を払わない。

というか、オレらの車に気づいていないように見える。


榊と露がけたので、そのスペースに車を停めた。


「なんでだ?」


「結界の 一種だとは思うが... 」と、朋樹にも よくわからないようだ。


車を降りると「では、行くか」と、榊と露が道路を渡り、獣道へとガードレールの下をくぐる。

オレらも後に続き、道路を渡ってガードレールを越えてみたが、やはり誰からも何も言われなかった。


獣道から 楠の大木の広場に着くと、あちこちに警察がいたが、オレらに気づいている様子はない。


「榊、これは... 」


さすがに聞いてみると

「神隠しは知っておるか?」と、逆に聞かれる。

オレらが頷くと

「その 一種じゃな。天狗などに限らず、我等も使えるのじゃ」と答えた。


「神隠しにあったヤツは、こうして

その場にいるのか?」


「そのような場合もあるが、そうではなく

遠く離れた場所や、違う界におる場合もあるのう」


わからん...


朋樹が いろいろと榊に質問しているが

結界がどうの、故に重なった界がどうの と

オレは 横で聞いていても、やっぱりよく話がわからなかった。


楠の広場から、また獣道を抜け山頂に着いた。


柚葉ちゃんの遺体は、もう運ばれていたが

犯罪現場を示すテープや青いシートがなんとも生々しく見える。

もう全部済んで、オレは それを知っているのに。


山頂で榊が鳴き声を上げると

登って来た獣道とは反対の方向に

また獣道が出来た。


捜査員の真横を通って、その道に入ると

榊がまた 一鳴きし

山頂と新たな獣道にいるオレらの間を、木々が塞いだ。


振り向くと、獣道だと思っていたその道は

舗装されていない林道のような道になり

突然、木洩れ日が差した。


どういうことだ?

朋樹と眼を合わせる。


「榊、これは界が違うのか?」


朋樹が聞くと


「いや、それほど大袈裟なものでもない。

隠れ里と言えばよいかのう...

どうじゃ、美しいであろう」と

榊は 周囲を見渡した。


明るく穏やかな日差しの下

左右の森には 果樹を実らせた木々だけでなく

黄色や青の野の花が咲いて彩っている。


少し歩くと、前に小川が見えてきた。


川面は 日差しを反射して きらきらと輝き

川辺の緑の中には、白や薄紅の小さな花が咲く。


小川に架けられた木製の橋を渡ると

田畑が広がり、あちこちに家が建っている。


桜が溢れんばかりに咲き、かと思えば

若葉が眩しい木や、紅葉した秋の木々もある。


のどかさは、昔の山の風景なのだろうか?

それに様々な花や果樹で色を足した感じだ。


「儂等の里じゃ」


榊は、オレらの顔を見上げて

少し得意気に言った。


「すげぇな... 」

「うん、きれいだ... 」


まだ呆けているオレらに

「では、玄翁の元に向かうかのう」と

人化けした榊は、里の 一番奥にある屋敷を指差した。

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