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「雨宮さん、昼間は 本当に失礼いたしました」


柚葉ちゃんの ご両親に頭を下げられ

朋樹は「いえいえっ」と恐縮している。


「無理もありません。

柚葉さんの ご冥福をお祈りします」


朋樹の隣で オレも頭を下げた。


霊視や除霊、浄霊を主としている朋樹は

遺族と こういう話をすることがあるが

今回は特殊なケースだと思う。


なんらかの事件の被害者家族のところへ行くとしても、それは 事件自体は解決をしていて

時間が経った後であって

被害者とその家族の話の中継をする感じだ。

今のように、事件解決の時に居合わせるという感じじゃない。


仕事仲間ということで オレも一緒にいるけど

とても言葉なんかないし、正直 帰りたかった。


朋樹は、昼間一人で

ここに霊視の報告に来ていた。


家族に被害者の情報が寄せられた、と

警察の耳に入れてもらい

山を捜索して、遺体を発見してもらうためだ。


だが「こちらから程近い小さな展望台がある山が視えました。残念ですが、もう... 」と

話したところ

「帰ってくれ!」と 追い返されたらしい。


その後、警察から 柚葉ちゃん宅に

容疑者確保と、朋樹が報告した通りの山で

遺体を発見した と 連絡があったようで

今度は 柚葉ちゃんの家族の方から呼ばれた と、ここに向かう車の中で聞いた。



柚葉ちゃんの母親は泣いていて

父親は座った膝の上で両手を握りしめている。


違う部屋からオレらがいるリビングに入って来た中学生くらいの女の子が、オレらを

いかがわしい と言いたげな眼で睨み

また バン と扉を閉めて廊下へ出て行った。


「あの... 」と、父親が口を開く。


「娘は、その... 苦しんだのでしょうか?」


これに答えるのが、一番つらいんじゃないかと思う。

朋樹には、その時のこと... 亡くなる間際のことはわかってしまう。霊視をすると 追体験として。


即死するような事故や

意識がない状態で殺害されたのではない限り

苦しくないことはないと思うからだ。


質問する側も、される側も

こうした推測は出来る。


もう 知っても仕方のないこと。


だが、遺された者は

知らなくてはならないことなのかもしれない。

自分の胸が潰れようと。


「いいえ、そのようなことはありません。

柚葉さんは頭部を打ち

その時は 気を失っていたのです」


朋樹は ありのままに答えた。

警察に知らされることでもあるからだろう。

柚葉ちゃんが気を失っていたから、追体験をした朋樹にも、犯人の男は視えなかった。


「柚葉は... あの子は...

あんな 山の中に、ずっと ひとり きりで... 」


母親の方は 途切れ途切れに話すのが やっとで

見ていられなかった。

本当に、なんでオレを呼んだかな...

うらむぜ...


「柚葉さんは、ずっと ご家族とおられましたよ」


朋樹が 本当のことを言うが、この場ではオレにすら、よくある慰めの言葉程度にしか聞こえない。


ご両親も無言のままだ。


「... お母様は

柚葉さんが帰られなくなっても ずっと

柚葉さんの机の上に 柚葉さんに宛てたメモを

置いていらっしゃいましたね。

“これは冷蔵庫に これはレンジに”、と

毎晩作っていた柚葉さんの分の食事の置き場所や、短い手紙を。

お子様たちが大きくなられてからは、夕方は お仕事で お忙しいようですね。

メモは、娘さん達とコミュニケーションをとるためのもので、ずっと習慣だったのですね。

8月の14日、一日だけ メモを置かず泣かれていた時、柚葉さんは とても心配されていました」


話を聞く内に 母親の顔色が変わり

パッと顔を上げて 朋樹を見た。


「お父様は、ベランダで煙草を吸われてる時

長年愛用されているジッポーライターを落とされましたね。手を滑らせ、ベランダの向こう側へ。

今は使用されていない鉢を重ねて置いてある場所に、落ちているようですよ。

柚葉さんは小さな頃、そのライターに触って怒られたことがあるようですね。あぶないから、と。

柚葉さんは、煙草は嫌いだけど、そのライターを大切にしている お父様は好きだと····」


父親が咽び泣き

声を出さずに ゆずは と、口を動かした。


「あの子は、本当に ここに... 」


母親の言葉に朋樹が頷いた。


突然、廊下側のドアが 派手な音を立てて開いた。


憮然とした顔で 柚葉ちゃんの妹が入って来る。

泣きたいのか怒りたいのか

わからない顔をして。


「そんなの、何の証拠も... !」と

紅潮した顔で オレ達を怒鳴るが

「風夏、やめなさい!」と、父親に 一喝された。


風夏ちゃん、と 呼ばれたその子は

涙ぐんで ふいと横を向く。


母親が 涙をハンカチで拭うために下を向き

父親がこちらに向き直る前に、朋樹が口の中で呪を唱え、オレの手を 指でタップする。


柚葉ちゃんが、風夏ちゃんの隣にいるのが見えた。

だけど、昨日までとは何か違う。

柚葉ちゃんは 柔らかい光に包まれている。


『... ふうちゃん ごめんね』


初めて聞く柚葉ちゃんの声は、風夏ちゃんの声とよく似ていた。


朋樹とオレ以外には、柚葉ちゃんの姿は見えず、声も聞こえていないが

風夏ちゃんは何かを感じたようで、横を向いたまま静止している。


朋樹が、柚葉ちゃんの話す言葉を

そのまま伝える。


「... ふうちゃんは、小さい頃から私になんでも張り合ってきたよね。

お姉ちゃんに出来ることは私にだって出来る!って。

いつも、ふうちゃんのこと

めんどくさがって 相手にしなかったけど

本当は ふうちゃんに、いろんなこと追い越されちゃうんじゃないかって、必死に頑張ってた。

かっこいいお姉ちゃんでいたかったから」


柚葉ちゃんの後ろに

ぼんやりとした 白い光の玉があって

それが すーっと空中を移動してくる。


「... 私がいなくなってから、私のCD、部屋から持ち出したでしょう?

ずっと貸してあげなかったスカートも。

その後は、いつもみたいに怒られたくて、泣いてたね」


白い光は オレの真横で留まる。


オレは、白い光に手を伸ばした。


「... 優しくない お姉ちゃんでごめん。

ケンカも、出来なくなっちゃってごめんね。

私の物 全部 ふうちゃんにあげるよ」


オレが その光に触れると、朋樹は口を閉ざした。



『ふうちゃんのこと、大好きだよ

ふうちゃんが生まれた日から、ずっと』


実際に、ここに 柚葉ちゃんの声がした。


オレらだけでなく

柚葉ちゃんの家族にも聞こえている。


柚葉ちゃんは 風夏ちゃんの頭を撫でた。


風夏ちゃんには

柚葉ちゃんの姿は見えてはいない。


でも、声を聞き

頭には優しい手の感覚を感じたようで

驚いて眼を見開くと、涙が溢れ出した。


『そして、パパとママが大好き

私が生まれた日から』


柚葉ちゃんは、両親の元へ歩いて来て

両親の手に自分の手を重ねた。


『私が話せるのは、これが最後

でも、ずっと見護ってることを忘れないで

いつか、また 毎日を笑って過ごしてほしい

私の大切な家族だから』


柚葉ちゃんは、オレらにも微笑みかけると

薄れるように空気に溶けた。



********



「鼻啜んなよ、うるせぇな」

「うるせぇ」


帰りの車で、オレらは めずらしく静かだった。


がっつりと胸を痛めてしまったオレは

朋樹に運転させることにした。


あんな場に呼びやがって

チクショウ...


「もう、ああいう場に呼ぶなよ」


オレが言うと

「必要性がなきゃ呼ばねぇよ」と返してきた。


必要性... 白い光のあれか?


朋樹が言うには、あの白い光は

柚葉ちゃんの想いらしい。

穢れが黒い靄を呼び寄せたように、家族に対する想いが光を呼んだ。


「光は おまえを選んだ。

選んだヤツが触れることで、柚葉ちゃんは自分の声で 家族に別れを言うことが出来たんだ。

光が見えるヤツが 必要だったんだよ」


「じゃあ、光がおまえを選んでたら?」と

聞くと、当然のように

「オレが触れてたな、そりゃ」と、朋樹が言う。


なんだそれ


じゃあ、やっぱりオレ

あの場にいなくても良かったんじゃねぇか

... と 言おうとした時、朋樹が

「柚葉ちゃんに会えるのは、もうあれが

最後だったんだよ」と言った。


なんだよ くそ

また鼻水出たじゃねぇか...


「コンビニで コーヒーでも買うか」


運転しながら前を見たまま言う朋樹は

完全に オレを気づかっている。

「おう」と答えたが、なんか気恥ずかしい

男二人でこんな空気はごめんだ。


ムリに話を変えようと、話題を頭から捻り出そうとしたオレは、榊が言ってた話を思い出した。

オレに混じってるらしい血の話。


「おまえさ

オレのことでなんか知ってることないか?

オレの血のことで」


朋樹は、コンビニに寄るために左折しながら

「はあ?」っと、結構でかい声出してオレを見た。


「いや、榊がさ... 」


榊がした話を聞かせると、コンビニの駐車場に車を停めながら「なんだよ、それは」と、軽く笑い

「知らねーよ... オレ、トイレ行くしよ。

ついでに コーヒー買ってくるわ」と

さっさと車を降りて行った。


あれ...  なんか焦ってないか?


ホットコーヒーのカップを 二つ持って戻ってきた朋樹は、もう いつもどおりで

助手席の窓の外から カップのひとつをオレに渡し、車に乗ると

「榊は まだ部屋にいるのか?」と聞く。


「ああ、露といるぜ」


オレが答えた時、ドン と

車のボンネットに 何かが落ちてきた。


一抱え程ある それは

白く いびつな球の形をしている。


よく見ると、何かが 頭を抱えるようにして

膝を立てた丸い体勢を取っていて

腕や足にうずめるようにしている顔を 少しこちらに向けた時、片眼だけが見えた。


その眼を開くと それは忽然と消えた。

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