オレらは 場所を、展望台の山から

オレの部屋に移した。

「話すならば 腰を据えて話そうではないか。

久方ぶりに 人里の酒でも飲みたいものよのう」

などと、榊がのたまったからだ。


あれからまず、祠の影にあったユズハちゃんの頭蓋骨の方を、身体の近くに戻した。

ここに遺棄した犯人が捕まった時に、供述と違う場所に遺体があるのは良くない。


榊が「まだ逝けぬであろうが逝く時のためだ」と、浪々と般若心経をあげ

朋樹が「明日にでも家族の元に身体が戻れるようにするよ」と、ユズハちゃんに言うと

ユズハちゃんは 少し笑って頷いた。


山を下る前に榊が 一鳴きすると、どこからか五匹の狐が出てきた。

榊が狐達に何かを知らせると、狐達はコクコクと頷く。

「疑いを持たれぬよう」と、展望台の駐車場からユズハちゃんの遺体がある場所までの、オレらの靴跡などの痕跡を消しておくらしい。

抜けているようで、割りとしっかりもしている。


帰りの車では、オレが運転席、助手席に朋樹

後部座席にユズハちゃんと狐の榊、という

訳のわからない感じで乗っていたが

ユズハちゃんの自宅マンション付近で、ユズハちゃんはいなくなった。

たぶん家族と 一緒に居たいんだろうと思う。


そしてソファーには、オレと朋樹

テーブルを挟んで榊がいる。


明るい部屋で見る榊は、光沢のあるクリーム色の毛並みをしていた。


日本酒とグラスを出すと、また 偽ユズハになる。「こうせねば器が持てぬ」とか 言って。

オレは、榊にはグラスじゃなく茶碗でも出そうかと思っていたが、グラスにしといてよかったと

なんとなく思った。


「いいけどさ... その姿以外になれないのか?」と聞くと、榊は少し考え

「これならば、どうであろう?」と、切れ長の眼をした美女に化けた。


赤い地に花模様という派手な和装をしているが、顔つきが どことなく狐の榊に似ている。


グラスに注いだ日本酒を「では」と

一口飲むと「おお... 」と 沁みた声を出した。

どうも 見た目の妖艶さと言動が伴わない。


「でさ、榊。さっき山で言ってた

山神がどうの って何なんだ?」


オレが聞くと、榊は コホンと咳払いをし

ソファーで居住まいを正した。


「此度、周辺六つの山を統べるのは

我等の種の者となったのじゃ」


へぇ...


なんか、全然わからん。

隣に座る朋樹も 似たような顔をしている。


「むっ、何じゃ

聞かせろと言うから話せばそのような... 」


「あっ 悪い悪い、今までは違ったのか?」


「ふむ。我等の種であったこともあるのだが

この頃は猛禽の類が治めておったのだ。

長は白鷲であったのう」


榊が言うには、ひとつひとつの山には

それぞれ山神がいるようなのだが

この辺りの展望台の山やキャンプ場の山を含む、六つの山の山神の長が、狐となったらしい。


「この辺りの山の山神って、人神じゃないのか?」


「ふむ。人型の者もおるにはおるが、人が知るような 神代の神ではないよの。

そのような神は、人が山の神としては祀っておらぬからな」


土地や山によって、山神は違うようだ。


人が祀っている場合は、その祀られた神が山の守護につくようだが

狩猟、鉱山、登山、農耕、林業など、山の用途によって祀られる神も違ったりする。


だが、人が祀っていない場合にも

山には山の神が存在する。

なぜなら 山には生命があるからだ。


「以前 この周辺の山には、今より田畑がたくさんあったのじゃ。

それだけでなく人々は、山菜や木の実、川魚、

獣肉や獣皮、山の恵みを受けておった。

人の暮らしも 今より山に近かったのじゃな。

人家も今よりずっと数多かったしのう」


その頃は、この辺りのほとんどの山の山神は

狐だったらしい。


山の神は、田の神という別の顔も持つ。

春、山の神は山を降りて豊穣の田の神になり

秋になると山に戻り、また山の神となる。


狐は 五穀豊穣を司る農耕の神と深い関わりがあるので、これらの山周辺に暮らしていた人々が

狐を神として祀っていたようだ。


「ところが、この百年ほどの内に人々は利便性を求め、平地を開拓し、山を降りたのじゃ」


確かに、まだちらほらと田畑はあるものの

もう山で暮らしている人は少ないようだ。


この辺りには狩猟が出来る山はなく、鉱山もない。かといって、登山家が挑むような標高が高く険しい山、といったような山もない。


元々、山神信仰が盛んな地域でもないので

その後は狐だけでなく、他の霊獣たちも山を守護してきたようだ。

その中でも力のある者が、周辺のいくつかの山の神の長となるらしい。


霊獣というのは、一般の動物とは違い

普通よりずっと長く生きたものや

修行したものが霊性を得て、人語を話したり特殊な力を得た獣... つまり榊みたいなヤツを指したり

龍や鵺など、有名で知られてはいるが

存在が あやふやなものや

鳳凰や麒麟などの神獣なども指す場合もある。


「人が 山から遠ざかると他の霊獣が力をつけ

長の座を我等の種にとって代わった。

巳神であったり、亥神であったりの。

だが儂らは、特には気にしておらなんだ。

他の種の者ともうまくやっておるしのう。

儂らは、今日のあの山... 人が展望台とやらを作った山で、細々とやっておったのじゃ」


ところが、最近霊獣となった狐が

六つの山の長だった白鷲を討ち取った。


白蘭という、五本の尾の狐らしい。


「えっ、五本って すごくねぇ?」

「榊だって 二本だもんな」


オレらが言うと、榊はムッとし

「確かに、儂よりも位も上じゃ」と

ぐいっと グラスに残った酒を空け

「白蘭はまだ年若く、ごく最近まで野狐であったのだが」と、首を傾げた。


白蘭という狐は、野心家なヤツのようで

再び、狐の栄華を求めていたそうだが

急激に力をつけた理由はわからないようだ。


「栄華、とは言うてものう...

崇め祀る人もおらぬのだ。名誉なことではあるが

実際のところは、儂らの種の仕事が多少増えるのみよ。他の山も気に掛けることになるしのう。

そういった事情もあって、空を飛ぶことの出来る猛禽の類にまかせておるのが良かったのだが...

白蘭の考えは いまいち解せぬ」


榊がグラスを差し出すので、日本酒を注いでやると、グラスを口に運んだ後

「兎に角の」と、また話し出した。


「白蘭が、あの山... キャンプ場と言ったか?

その山の神となり

六山を統べる長ともなったのじゃ」


「じゃあ、展望台の方は榊なのか?」


オレが聞くと「いや」と首を軽く横に振る。

違うのか...

そういえば 榊はまだ、人化けの術を完成させたばっかりだしな。


「で、人化けする理由は何なんだ?」


朋樹が聞くと「うむ。それなのだが... 」と

またグラスを口にし

オレに「鼠などは おらぬか?」などと聞く。


「ネズミって... いねぇよ。なんでだ?」

「つまみがあっても良いのう」

オレは 渋々立ってキッチンに向かった。


「山神に穢れがおこったと申したであろう?」


「おう、何なんだそれ」


冷蔵庫の中を見ながら 榊の話を聞く。

朝は気づかなかったが、冷凍庫に 一夜干しのアジの開きがあったので、それを焼くことにした。

でもこれ、いつのだっけ? まあ 大丈夫だろ。


「山神は、一年に十二の子を産むのだ」


一月に ひとりの子を産み

その子供たちも山を守護する、という。


「山の神は女神だっていうもんな」


朋樹が言うと、榊は頷き


「つがいの神もおるようだが、女神がほとんどじゃな」と、鼻をふんふん 軽くひくつかせた。


魚を焼く匂いが充満してきたので換気扇を回す。

オレも腹減ってきたな...

アジは 一尾しかないし、ピザでも取るか。


「白蘭も子を産んだのだが、うまくいかなんだ」


... ちょっと待て。

なんか、イヤな予感がする。


「死産とかだったのか?」と、朋樹が聞く。


榊は ため息をつき、軽く首を振ると

「呪い子が生まれたのじゃ」と答え

「四つ眼のな」と、付け加えた。

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