「じゃあ、あの... 」


朋樹の言葉に 榊が頷く。


「お前達が先程、山で話しておっただろう?

白蘭の子よ」


あー... マジか...


オレは ため息をついた。


「つまみは まだか?」と榊に言われ、グリルで焦げそうになっていたアジの開きを皿に移す。

榊の前に出すと、器用に箸を使って食っている。


「ふむ、これは旨いのう!」


榊は感動しているが

「おう... 」と答え、その後は言葉に詰まる。


朋樹が オレと眼を合わせ、榊に向き直ると

「あのさ、榊」と

昨日の話をしようとしたが、先に榊が言った。


「屠ったか?」


オレらが頷くと、箸を動かしながら

「良い、気にするでない」と

アジの大きめな身を口にする。


「白蘭の子は 生まれ落ちた後、急激に成長するのだ。そして 一月程で朽ちる。

昨日のその子は、まだ生まれて半月よ」


あれで、か。どう見ても大人だったが。


だけど、子

まだ 子供だったのか...


榊は話し続ける。


「どの子も異形の姿で生まれ、一月程で朽ちていく。朽ちるとまた、白蘭の出産の時が来るのだ。

我等は、手を下せなんだ。

本来ならば、子も白蘭も苦しまぬよう我等の手で屠るべきなのだが、どうにも不憫でのう」


そうだ 考えてみれば

ひどい悪さをしたとかは聞いてない。


もしかしたら、獣女は必死に助けを求めていたのかもしれない...


陀羅尼を唱えていた時、炎の向こうで

獣女が泣いていたことを思いだし

ますます苦い気分になる。


榊は箸を置き、オレを見た。


「気にするなと言うても、無理なようじゃのう...

どのように屠ったのかも話せぬか?

先に生まれた 二匹の他の子等は、朽ちるまで我等が匿っておったのだが、

今後ずっと そうする訳にもいくまい。

現にその四つ眼の子は、我等から逃げ

そのまま隠れ仰せておった。

人にその存在を知られてしもうた」


「... 尊勝陀羅尼だ」


オレは 昨日の話をした。

順を追って。


そいつが 何か言っていたことも

殴ったことも 全部。


「子等の話は、儂等にも解らぬのだ。

ずっと何か言っておるのだ、あの子等は。

特に助けを求めた訳でもなかろう。

しかし、陀羅尼でのう... 」


オレが話し終わると、朋樹が朝の話をした。

祭祀を奏上すると、白い靄のような何かが遺体の口から抜けたことだ。


「神道式に送ってもろうたとは... 感謝する。

多分、抜けたそれは 魂魄であろう。

身を離れ、幽世に旅立つことが出来たのだな。

元より呪いをうけた子等よ。

尊勝陀羅尼が効くのは、そういう訳じゃろう。

陀羅尼で呪いを打ち消したからこそ、身に留まらずに旅立てたのじゃ」


榊の言葉で、少し救われた気がしたが

まだ もやもやとすっきりしないものが残る。


玄関でインターフォンが鳴った。

ピザが届いたようで、朋樹がソファーを立つ。


「泰河よ」


名前を呼ばれ、眼を上げる。

榊は 切れ長の眼を細めていた。


「おまえは哀れな者の魂を、哀れなままにしておかなんだ。良きことをした。

心の持ちようは ゆっくりと変えていけば良い。

礼を言う」


オレは 頷くことしか出来なかった。


「あっ」という朋樹の声がし、朋樹が玄関から戻ってくる前に

何故か 猫がリビングに入ってきた。

小振りな三毛猫だが、こいつにも尾が 二本ある。


「おや、露さん」


どうやら 榊の知り合いらしい。


朋樹が ピザの箱と戻ってきて

「するっと入ってきた」と猫を見ながら言う。

黄緑色の眼をしたキレイな猫だ。


「このような むさ苦しい処へ、よう参ったのう」


「おい!」


猫は 榊が座るソファーに飛び乗り

にゃあにゃあ言っている。


榊は ふんふん頷き「では、後程... 」と

猫にアジの開きの残りを咥えさせ、玄関のドアを開けてやりに行った。


戻ってきた榊に、朋樹が「今のは何だ?」と聞くと、榊は「頼み事をしておったのよ」と答え

「それは何じゃ?」と、ピザの箱を指差して

鼻をひくつかせる。


「ピザだ」と 答えて箱を開けると

「ふむ」と、一切れ取って口へ運んだ。


口許から、にゅーっとチーズを伸ばし

「ちぃとクドイのう」と言うが、どうやら気に入りはしたようだ。黙々と食べている。


オレらも ピザ食いながら

「なあ、榊。なんで人化けを... 」と聞くと

榊は 忘れていたらしく

「おお!」と 切れ長の眼を大きくし

「そうじゃ、話したつもりになっておった。

何故呪い子が生まれるのか、人里にて調査をするためよ」

そう言って またピザを 一切れ取った。


「山か、その白蘭ってヤツ自身に

何か問題がある訳じゃないのか?」


「それも もちろん調べておるが、今のところ

原因となるものが見当たらんのじゃ。

山で雁首揃えて右往左往しておっても 埒があかぬ。それで人里にも降りることになってのう。

狐の姿じゃと、人里では目立つ故」


しかし、呪いなぁ...

直接かけたヤツがいるのか、何かの因果によるものなのか。

山が忌み地 って訳でもねぇんだろうし

生まれてくるどの子にも 同じようにかかるなら

山に問題がある訳じゃなく、白蘭にかかっているんじゃないか と思うが...


「前の山神から、恨みは買ってないのか?

白鷹を討ち取った って言ってよな?」


榊はピザを噛みながら、少し考えていたが

「いや、考えづらいのう...

不意打ちなどをした訳でなく、山と長の座を賭け堂々と勝負した。

猛禽等も見ておって納得しておるからな。

まして、山から猛禽等を追い出した訳でもない。

白蘭と他数名が移り住んだだけであるしのう」と

三切れ目のピザに手を伸ばす。


「その勝負についても、儂らには 一切相談せなんだ。白蘭は、まったく突然に単独で事を進めよったのじゃ。

しばらくは他の山神に報告や話し合いにも追われてのう。大童おおわらわであったわ」


朋樹が「他の山神や同じ狐に 何か恨みを買うようなことはしてないのか?」と聞くが

それも 榊が知る限りでは 思い当たらないという。


「白蘭は野心が強く、勝ち気ではあったが

性根が悪いものではなかった。

野狐では慕う者も多かった。術に秀でておったしのう。

ただ、五つ尾に分れてからというもの

白蘭を恐れる者が増えた。

宝珠の気質が以前と何か違うのじゃ。

どんな術を使ったのやら... 」


宝珠、というのは、狐が術を使う時に

その力の源となるものだ。

修行によって磨かれていくが、人化けして人間の男を化かし、その精で磨くとも聞く。


また、人の心臓には人黄というものがある。

狐を眷属とする神には、農耕神とは別に

インドから渡って来た 元は夜叉の天女がいる。

この狐に乗ったこの天女の呪力の元は、人の人黄であるらしい。



榊は残りのピザを口に放り込むと、ソファーから立ち上がり

「では、行くか」と、指に付いたチーズの油を舐めて言う。


「どこに?」


オレが聞くと


「男のところよ」


そう言って狐の姿に戻り、玄関に向かった。

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