こちらに背を向けているが、おかっぱの頭

白に紺のマリンボーダーの半袖シャツに

赤いミニスカート。白いサンダル。

一緒にここに来た 半透明のユズハちゃんとは違い、しっかりと実体がある。


目撃される方のユズハちゃんだ。

偽ユズハだな...


さっさと取っ捕まえてやろうと勇んで歩を進めかけると、朋樹がオレの腕を掴んで止め、人差し指と中指でオレのうなじをトンと軽く叩いた。


えっ? 動けねぇし! 何すんだ こいつ!!


まるで足の裏から根が張ったように、足が地面から離せない。


朋樹は人指し指を唇にあて

オレに 話すな、と 合図する。


「今 オレらは、さっきの広場の楠と同じ気配になってるんだ。相手は オレらに気づかねーよ。

ただし、触れるまではな。

落ち着けって、逃がしたくないだろ?」


そう言って、偽ユズハにそっと近づいていき

その背後に着くと、今オレにやったように 二本の指で軽くうなじを叩いた。


その後、朋樹が地面に手を置き

またぼそぼそと呪を唱えると、拘束されていたオレの足は自由になる。


慎重っていうか、めんどくさいやり方するぜ

まったく...


朋樹の隣につくと「おい」と、偽ユズハの肩に手を置く。

そいつは、突然動けなくなったことや

人が ふって湧いたことに焦っているようだ。


「なんなんだ、おまえ」


偽ユズハに言いながら、そいつの足元に視線を移すと、木々の間に ほぼ白骨化した遺体があった。

汚れて傷んではいるが、シャツもスカートも原形を留めている。


ただ、遺体には頭蓋骨がなかった。


朋樹に目を向けると 頷いた。

やっぱり ユズハちゃんか...


自分の遺体を見つめるユズハちゃんの横顔からは、何も伺い知ることは出来なかったが

苦い気分になる。


同時に、偽ユズハにだんだんイラついてきた。

何のつもりなんだ? こいつ

遺体の前で同じ姿になりやがって...


「おまえ、元々その姿じゃねぇだろ?」


偽ユズハは 答えずに黙っている。


朋樹が「元の姿に戻れよ。まあ、このまま永遠に縛っててもいいが どうする?」と 聞くと

どうやら観念したらしく、偽ユズハに靄がかかり始めた。


その靄の中で、そいつの身体が下に縮んでいき、四つん這いの形になったかと思うと

狐になった。


こちらに背を向けて座っている狐は、普通の狐より毛の色がだいぶ薄く、尾が 二本ある。


「人に化けれるくらいだ。

おまえ、喋れるんだろ? ここで何してんだ?」


狐は 横に首を振って何も答えない。


朋樹が狐の前に回り込む。


「この人を こんな風にしたのはお前か?

口は動くぜ。動かないのは足だけだし」


「おお... !」


朋樹の「口は動くぜ」に反応したようだ。

なんか 間抜けそうなヤツだな...


オレも狐の前に回り込んで、目の前にしゃがむと、朋樹の方を向いていた狐の眼がオレに向いた。


狐は コホンと咳払いをすると

「いかにも、これをしたのは儂である」と

答えた。


いかにも って...


「何の理由で殺した?

何気取ってんだ てめぇ... 」


また イラッとして立ち上がろうとすると

狐は「違う違う」と、ぶんぶん首を横に振る。


「無駄な殺生などしない!

ここに こうしてあった」


「埋められてたってことか?」


朋樹の問いに、狐は「いや」と言い

「棄て置いてあった」と 答えた。


「誰が棄てた?」と 朋樹が聞くと

「男じゃ」と 答え

続けて「儂は喰うただけじゃ」と 言った。


喰うた...


狐は オレと朋樹の顔色を見て

「肉を食すのは 人も同じではないか。

本人の了承も得た」と、慌てて言う。


ユズハちゃんの方を見ると、ユズハちゃんは小さく頷いた。許したのか...


「確かに例え死してはいても、同族を喰われたと聞いては 気分を害するであろうが... 」と 続けた。


まあ、仕方がない話ではある。


朋樹が「じゃあ、彼女の姿になることも

了承を得たのか?」と、聞くと

狐は また黙り、ユズハちゃんは首を横に振った。


「頭部はどうした?」と、オレも聞くが

狐は答えない。


朋樹が 地面に右の手のひらを付け

左の人指し指と中指を 右手の甲に重ねると

狐の身体の周りから何本も木の芽が出てきて

さわさわと音を立てて成長をはじめる。

狐を飲み込もうとするように。


細い枝先が狐の鼻先にかかった時に

「わかった、話す!」と、狐が折れた。


「まず、頭蓋は川で洗った。

ある術に使うために必要であった」


狐が話すには、人に化ける術らしく

頭に人の頭蓋骨を乗せ、空を仰ぐと頭蓋骨は落ちるが、これを続けていれば頭蓋骨が落ちなくなる。


狐によっては ここまでになるまで数年はかかるらしいが、ユズハちゃんを食べて何かしらの縁が出来たせいか、この狐の元々の資質のせいか

最初から頭蓋骨は落ちなかったようだ。


頭蓋骨が頭から落ちなくなると、北の七星を百夜仰ぎ見る。

こうしてようやく、人に化けられるようになるらしい。


「この術が完了するまで、辺りに結界を張った。邪魔をされたくなかったのだ。

術が成った故、頭蓋を返しに来た」


結界か... それでさっき、広場の楠の大木から

山頂までの獣道は見えなかったんだな。


狐は 周囲に伸びた枝を避けながら、鼻先で後ろの方を指す。

「頭蓋は、山頂の祠の影にある。

持ち主が現世で迷わぬよう、経をあげ

身体の方も運ぼうと思っていた」


説明が済むと、ユズハちゃんに

「すまなかった」と 詫びている。


朋樹が 左の手のひらを地面に置くと

狐の周りに伸びた枝が、するすると地面に沈んでいった。


狐は ほっとしているが、足はまだ動かない。


「じゃあ、ユズハちゃんの姿に化けたのは

何なんだよ?」


狐は ため息をついて

「山を下り、娘の骸を棄てた男を探していたのじゃ。娘には借りた頭蓋と食した肉の恩がある」と答えた。


なんだこいつ

ちょっといいヤツじゃねーか...


朋樹が 呪を解き、狐は 自由になると

一度伸びをして座り直した。

枝があたっていた鼻を前足で掻いている。


「余計な騒ぎを起こしたようじゃな。しかし

人里では この姿より、人の姿の方が目立たぬ故」


それが 行方不明の子の姿でないならな...

やっぱりどこか抜けているようだ。


「そういやさぁ、昨日のキャンプ場の...

狐みたいな尾が付いてたよな」


朋樹が 何気なく言った。


確かに尾があったな。

それで白尾とかって名前にしたんだし。


「四つ眼の獣女か」


オレが言うと、狐がピクッと耳を動かした。

こいつ、何か知ってるのか?


「山から降りてるのって、おまえだけか?

今日の朝、マンションの近くで 狐見たぜ。

昨日もこの山の中腹に狐火の行列見たしな。

狐の嫁入り、ってやつ」


狐は知らん顔を決め込んでいるようで

座ったまま、こちらには横顔を見せている。


「おまえら、何か企んでないか?

面倒臭いことしやがったら、オレらが狐狩りすることになるぜ」


この狐狩りってやつは

化け狐を、という意味だ。


狐というのは狸や貉に並び、人を化かすことで有名だ。

また、狐に憑かれると、排泄物を垂れ流したり

下品な言葉を吐き、信じれないような高さまで飛び乗ったりする。

予言めいたことを言うこともあれば、生魚やネズミなどを 生で食べる場合もある。


「... 人などに、我等の事情は関係なかろう」


狐は横を向いたまま、ぼそりと言った。


「そう言い切れたもんかなぁ?

おまえが化けれるようになったのも

人あってのことじゃねぇの?」


オレが言うと、狐は小さく うっ と呻く。


「だいたいなんで、人に化ける必要がある?

ユズハちゃんを遺棄した男を探すためって訳じゃないんだろ?

それは頭蓋骨を借りた礼で、人に化ける理由は

他にあるはずだ。

話すまで また拘束してもいいぜ」


朋樹が言うと、狐はため息をついて

「まず、おまえと言う名ではない。榊と呼べ」と、二本の尾で地面をパタパタと打った。


「齢三百になるというのに、小童こわっぱごときにオマエオマエと... 術までかけよって... 」と

ぶつぶつ言っている。


「わかったわかった。サカキ、な。

で、何 企んでるんだよ?」


オレが急かすと、榊は

「山神に穢れがおこったのだ」と 言った。

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