欲しいもの

「父に用事があって今日は屋敷に来ていたのよ」


 アンソニーの後ろ姿を見送りながら、ローズは言った。クリスは尋ねた。


「近くに住んでいるんですか?」


 今までこのアンソニー叔父の存在は知らなかったが。まあ勤めている家のことをそんなに隅々まで知っているわけではない。


「そう。叔父は獣医なの。いまだに独身で……ちょっと変わった人。でものんびりとしていい人ね」


 アンソニーに向けるローズの笑顔を思い浮かべた。ローズはこの叔父のことが好きなのだろう。


「あの方も魔法士なのですか?」


 クリスは聞いた。ジャスパー家の人々は大体魔法が使えるはずだ。魔法の力によって動物を治したりしているのだろうか。けれどもローズは首を振った。


「ううん。叔父さまには魔力は全くないの。ジャスパー家には珍しい……のだけど、叔父さまは世間一般でいえば自分のような魔力のない人間が普通だから、とか言ってるわね。気にしてないみたい。そういうところも変わってるというのか、呑気な人よね」


 ローズが少し笑っている。愛情のある笑みだった。


「ところで」


 笑顔を引っ込めて、急にローズが話題を変えた。真面目な顔になっている。


「あの……この前はありがとう」

「この前というと」

「誕生日プレゼント、くれたでしょう?」


 少し照れているような、つっけどんな口調だった。クリスもつられるように恥ずかしくなった。プレゼントといっても、近くに咲いていた薔薇を贈っただけだ。もっともその薔薇は、自分とジェンキンズじいさんとで育てたものではあるが。けれども決して高価なものや珍しいものだったりするわけではない。クリスは少し後悔した。もっとよいものをあげればよかったかもしれない。


「……誕生日、いつなの?」


 ローズの、唐突な質問だった。クリスがきょとんとしていると、ローズが怒ったように再び尋ねた。


「あなたの誕生日よ。プレゼントもらうだけじゃ悪いでしょ。だからお返しをしなきゃと思って、あなたの誕生日に何か……」

「えっ、悪いですよ」


 お返し目当てで花を贈ったわけではない。クリスは遠慮したが、ローズはそれで納得するわけではなさそうだ。


「あなたがそう言っても、私の気持ちというのもあるの。で、いつなの?」

「秋ですよ」


 そう言ってクリスは誕生日を教えた。まだ当分先になる。ローズはその日にちを繰り返し、頭に入れたようだった。


「何か欲しいものがあったら、言ってちょうだい。あ、でもあんまり高いものは無理だけど」

「いえ、そうは言われても……」


 欲しいもの、と言われても急には思い浮かばない。とりあえず思いついたら教えると言っておいた。ローズは納得し、そして、屋敷へと戻っていった。


 意外と義理堅い、と残されたクリスは思った。恐らく真面目なのだろう、あのローズという娘は。欲しいもののことをあれこれと考えながら、クリスは仕事に戻った。本当に今は特に何も思い浮かばない。ということは、自分は満たされていて、幸せなのかもしれない。


 強いていえば……とクリスは考えた。ローズのことをもっと知りたい、と思う。誕生日の一日、一日の内の一時間ほどでも、ローズと一緒に過ごしてみたい。できればいろんな話がしてみたい。そこまで考えて、クリスははたと恥ずかしくなった。何を考えているのだろう、と思う。


 馬鹿馬鹿しい考えを追い払っていると、向こうからジェンキンズじいさんの呼ぶ声が聞こえた。クリスはそれに答え、そして、誕生日のことはいったん忘れ、じいさんのほうへ向かったのだった。

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