アンソニー叔父
あれが若い時の祖父なのだとしたら、とクリスは考えた。これは過去のジャスパー家の庭だ。だからどこか違うように思うのだろう。場所は同じでも、あれからかなりの歳月が経ったのだから。そしてあの少女は……。長い黒髪を見ながらクリスは思った。あの少女はイライザではないだろうか。
祖父が何かを言って、少女の側から離れた。美しい白バラを咲かせる木に近寄って、そこから一輪とった。そして再び少女の方へ行き、それを渡す。クリスはなんだか面白く思った。自分も今日、ローズにバラを贈ったのだった。誕生日だと聞いて、何かを贈りたいと思っていた。けれども何を贈ればいいのかわからなかった。たまたまローズと会い、そしてたまたま近くに咲いていたバラをあげたのだ。そういえば、祖父もイライザに花をプレゼントしたことがあると言っていた。これはその時の光景なのかと思った。
少女はバラを受け取ったらしい。ただ、相変わらず背を向けているのでその表情はよくわからない。祖父がまた笑顔になって何か言っている。どうやら少女はその贈り物を嫌がりはしなかったのだろうと、祖父の表情からわかった。そしてそこで、クリスはぱちりと目を覚ました。
部屋が明るかった。すっかり朝になっているようだった。クリスは起きた。ベルベットも目を覚ましてのびをしている。夢の中も現実でもベルベットは変わらない。そういえば、ベルベットは確かにあの庭に、過去のジャスパー家の庭にいたのだなあとクリスは思った。祖父がイライザに花を贈る光景も、ベルベットは本当に見ていたのかもしれない。
ちっとも姿は変わってないけど、意外と年寄りなんだなあとクリスはベルベットを見て思った。それを思うと少し切なくなる。考えてみれば、竜は飼い主と運命を共にするのだ。飼い主が死ねば竜も死ぬ。祖父が死んだ時点でベルベットが死んでもおかしくなかった。けれどもベルベットは生き残った。何故なのだろう。クリスは不思議に思うのだが、考えても答えが出るようなことではなかった。
それとも果たして、物識りそうなウェンディなら知っているだろうか。今度会ったときに聞いてみようかな、とクリスは思うのだった。
――――
それから数日後のこと、庭で仕事をしていたクリスはちょうどローズが歩いているところを見かけた。一人ではない。男性と一緒だ。背の高い、40半ばほどの男性だった。二人でジャスパー家の庭を歩いている。
ローズは楽しそうだった。笑って、男性を見上げている。男性もまた笑顔だった。穏やかで優しそうな笑顔。着ている物や歩く姿勢が若々しい。こんなに楽しそうなローズを見るのは珍しい、とクリスは思った。というか、今まで見たことがあっただろうか。何故か、クリスの胸の内がざわざわしてきた。あの同行の男性は一体誰なのだろう。
なんとなく木の後ろに隠れ、二人が行ってしまうのをそのまま見送るつもりだった。けれども、実際はそうはいかなかった。ベルベットが飛び出したからだった。二人のほうへ駆けていく。ローズが真っ先に気付いた。続いて連れの男性が気づき、驚きの表情になった。
「あら、クリスじゃない」
ローズはベルベットを見ていた目を上げ、近くの木から顔を出しているクリスを見つけた。クリスはいささか決まり悪くなり、仕方なく出ていくことにした。一緒にいる背の高い男性を見上げた。友好的な目をしている。
「君が竜の飼い主か」
男性が言った。多少甲高い、けれども落ち着いた声だった。間近で見ると、年がよくわからなかった。40半ばくらいだと思ったけれど、それよりも若々しく、目は生き生きとして少年っぽい。悪い人ではなさそうではある。
「そうよ。うちの新しい庭師なの。クリスよ。クリス、この人は私の叔父さん。父の弟よ」
「はじめまして。アンソニー・ジャスパーです」
男性はそう挨拶した。クリスは何故かほっとした。そうか、叔父なのか。なら、ローズが懐いているのも納得だ。
差し出された手を握り、こちらからも自己紹介をした。アンソニーは微笑んでいる。警戒心がたちまち解けるような気がした。そもそも何故警戒していたのか、とも思うが。
それからローズはベルベットも紹介した。アンソニーはこの白いふわふわとした竜に興味津々だった。幾分注意しながら、ベルベットに手を差し出す。ベルベットが大人しくしているのを確認して、その毛を優しく撫でた。アンソニーは言った。
「珍しいな。竜を見たことはあまりないんだよ」
竜はそんなにいる生き物ではない。アンソニーは観察するかのようにベルベットを見、ベルベットもそれをじっと受け入れていた。やがて満足したのか、アンソニーは立ち上がった。そして、ローズとクリスに挨拶をすると、去っていった。
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